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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第9章:魅了
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第117話 野宿

「あぁ……ごめん、ちょっと休ませて……」

「魔力切れか、桃川。まぁ、しゃーねーべ!」

 息も絶え絶えな僕の気持ちを分かってくれるのは、トリオの中で唯一の魔術士クラスである下川だけだった。

 そう、僕は現在、絶賛魔力切れ中である。

 勿論その原因は、ラプターの死体を利用して、一頭はそのまま『怨嗟の屍人形』として再生し、もう一頭はレムの強化素材として投入したからだ。同時にやるもんじゃなかったよ。

「これ、魔物使いっつーか、ネクロマンサーってやつだよな」

「スゲーな、マジでそのまま蘇ってるし。いやでも、何か黒っぽくなってっから、ゾンビっぽくはあるな」

 そんな上田中井の前衛コンビから感想を貰っているのは、『怨嗟の屍人形』と化したラプターである。

 姿は全くそのままだけれど、やはり色は黒っぽく変わっている。元々が緑の迷彩柄だったから、黒と灰色でシティ迷彩みたいな色合いだ。カラーリング的には、こっちの方がカッコよく見える。

「クルル」

 大人しいと、こんな鳴き声なのか。スリスリと鼻先を僕に擦り付けてくる仕草は、ペットらしくて可愛らしい。

 まぁ、中身はレムなんだけど。

「スケルトンの方も、ちゃんと進化してんだなー」

 下川が感心したように、ラプター素材で強化を果たしたレムを見る。

 胴、腰、手足の各所には緑色のスケイルアーマーのような鱗状の装甲が形成されている。前のレムに比べれば薄い防御だが、何もないスケルトン骨格そのままよりは遥かにマシだろう。

 手首にはカマキリブレードと同じように、ラプター最大の武器である大きな鋭い爪が装着されていた。足にもラプターの爪が生えている。

 ここだけ見れば、順当に素材を取り込んだ予想通りの仕上がりといったところだが……驚くべき追加点は、何と尻尾が生えていることだ。

 ラプターよりもやや細いが、長くしなやかに揺れ動く尻尾が、レムのお尻、もとい骨盤からニョッキリ伸びているのだ。

 ひょっとして、取り込める部位が多くなる、みたいなレベルアップを果たしていたりするのだろうか。グレードダウンしたせいで、また「ガ」しか発音できなくなったレム本人から、直接話を聞けるワケがない。いつか、流暢にお喋りできるまで進化する日が来るのだろうか。

 そんな未来がちょっと楽しみでもあり、僕のご主人様評価が明らかになるのが怖くもあったりする……と、先の話は置いておこう。

「ひとまず、これで大分マシになったよ」

「でもよ、前に連れてた奴の方が強そうじゃね?」

「強かったよ。アレは素材が良かったからね」

 とはいえ、全てが無に帰した、ってワケでもなかった。

 レムがブレスでやられる直前にジュリマリの槍と斧を回収した時に、僕は地面にキラリと光るモノを見つけた。それは、真っ赤に輝く鱗……そう、サラマンダーの竜鱗である。

 流石の防御力と耐熱性能を誇る竜鱗は、ブレスに飲まれてレムが消滅しても、コレだけは残ったようだった。これ幸いにと回収し、そして、今回のラプター強化と一緒に放り込んでみた。

 オマケに、僕がジャングルの中で遭遇した、サラマンダーとサンダーティラノの大喧嘩の跡地から回収した、それぞれの鱗の欠片も使用している。

 結果として、赤と黒の鱗は、レムの左手に小さな盾のようなモノとなって構築されていた。防御力はかなりのモノなんだろうけど、これだけ小さいと使い道が限られるだろう。でも。何だかんだで戦闘慣れしてきた今のレムならば、上手く使ってくれるはず。いやぁ、死んでも経験値は引き継がれるって、素晴らしい仕様だよね。

「おい、そろそろ日が暮れそうだぞ」

「マジかよ、もうそんな時間か」

 思えば、結構歩いてきたからね。決して僕が休憩を長引かせているワケではない。

「これは今から戻っても、塔に着く前に暗くなるべ」

「野宿するしかないね」

 僕が言うと、トリオは一様に「うげー」といった表情。僕だって別に野宿したいワケじゃないさ。でも、沈みゆく太陽なんて誰にも止められないじゃない。

「ちいっ、しゃぁーねーな、覚悟を決めてやるか」

「おう!」

「で、野宿って何すればいいんだべか。テントも何も、俺ら持ってねーけど」

「ここがジャングルで良かったよね。その辺で雑魚寝しても、温かいから風邪はひかずにすみそうだよ」

「ウッソだろおい、マジかよ罰ゲームじゃねーかーっ!」

 これまでダンジョンサバイバルとか言いつつも、妖精広場という安全地帯に甘えていたツケが回って来たな。

 まぁ、僕も初めてなんだけどね、野宿。精々、ジャングルのど真ん中でも快適に一晩過ごせるよう努力しようじゃないか、皆の衆。




「みんなー、お風呂沸いたよー」

「ヒャッハーぁ! 風呂だぁーっ!」

 湯気が煙る熱々の『魔女の釜』の中へと、ザバーンと飛び込んで行く裸の男が三匹。

「あぁ……ヤベぇ……」

「ヤベぇ、めっちゃ沁みる……」

「やっぱ風呂は日本人の心だべ」

 一瞬にしてグデーンと溶けるように湯船の中でダラける上中下トリオ。ひとまず、桃川銭湯に満足してくれたようで何よりだ。

 野宿をするにあたって、僕らはとりあえず河辺をキャンプ地にすることに決めた。どんどん日が沈みゆく中で、良さそうな場所を探す時間もなさそうだったから。

 で、右も左も分からない真のサバイバル素人である僕らだけれど、どうやら今の僕の能力をもってすれば、意外と快適に一晩過ごせることに気が付いた。

 その成果の一つが、トリオが仲良く沈んでいるお風呂である。

 すでに『魔女の釜』の沸騰機能でほどよい温度のお風呂代わりにできることを知っている僕は、さらに大きめに作れば複数人も同時に入れる大浴槽だって作れるのだ。水はすぐ傍の川にある。まぁ、結構な大きさの浴槽に川の水を入れるのが大変だったけど、その辺はレムとトリオに肉体労働してもらった。

 バケツがないって? 大丈夫、みんなズボンは履いてるし。

 ズボンの裾を思いっきりギュッと縛って袋状にすると、意外と水って入るもんなんだよね。

 で、釜の中にイッパイとなった水は、勿論、底が見えないほどドロドロに濁った泥水でしかない。到底、湯だったとしてもこんな汚水に肩まで浸かるのは御免だが、そこは多機能にして万能な『魔女の釜』の力が発揮される。

 そう、コイツは中に入れた水の濾過もできるのだ。

 この汚い泥水を、フルに機能を使って濾過濾過&濾過。小学生の頃、下水処理場だか浄水場だかに社会科見学に行って、濾過の仕組みを勉強したような気がする。その曖昧な知識が役立っているのかどうかは不明だけど、ひとまず、これで綺麗な水にすることに成功したのだった。

「なぁ……俺が水魔法使えば、一発で水をイッパイにできたんじゃないべか?」

 そこまで作業が進んだ時に、水魔術士下川がポロっと零した一言。無言で下川をバシバシ叩き始める上田中井コンビを背景に、僕は心の中で謝った。ごめん、完全に忘れてたよ。

 ともかく、こうして湯船を満たす水が用意できれば、あとはスイッチ一つみたいなお手軽さで給湯が可能。こうして、熱々のお風呂が完成ってワケだ。

 さて、トリオが汗と涙と無駄な努力の結晶であるジャングル風呂を堪能している間に、僕は夕食を作ることにしよう。おっと、入っている間に『魔女の釜』を乾燥モードで回しておいて、バケツ代わりにしたズブ濡れズボンは乾かしておいてあげよう。ついでに、熱と圧をベストな調整でかけると、アイロンがけもできたりする。失敗したらゴメンね。

 さて、僕ができる料理といえば、鍋だけである。『魔女の釜』でぼたん鍋を作った時と同じように、とれた肉をぶつ切りにして入れるだけ。

 流石に都合よく大猪は現れなかったけれど、実はアイツの肉はまだ残っている。大猪、というだけあって奴の体はデカかった。それだけ食える部分も多い。仕留めてから一週間以上は経過しているけれど、食べるのは僕一人で、見た目通りに小食な方。食い尽くすはずがなかった。

 余った肉をそれだけの時間放置していれば、当然傷むに決まっているけれど、『魔女の釜』という万能調理器具があれば、あっという間に干し肉を量産することができるのだ。まぁ、使える調味料は塩しかないので、ちょっと塩辛いし、やっぱり猪の獣臭さも完全には抜けきらない、完璧とは言い難い出来栄えだけど。うーん、塩抜きが足りなかっただろうか。

 ともかく、貴重なタンパク源として僕はそれなりの量の大猪の干し肉を持っている。今回はコレを出血大サービスで振る舞ってしんぜよう。

 あと、川辺でとれた豚みたいな顔したブサイクな蛙もあるので、コイツも使う。だって、『直感薬学』が食べられるって言うから……

 ともかく、まずはこのブタカエルを捌くところからいってみよう。

 レムもラプターアーマーで強化されたことだし、任せておけば猪の時のように上手く捌いてくれそうだけど、今日は僕も自分で挑戦してみた。蛙なら、こういうのの練習にもちょうど良さそう。

「銀髪断ち」

 普通にナイフや包丁で捌くつもりは毛頭ない。呪術の練習も兼ねて、この鋼線同然の『銀髪断ち』を使って皮を剥ぎ、肉を切る。

「うーん、やっぱりそう簡単にはいかないか」

 手足がある蛙は、いざ剥いでみると色々とつっかえてしまった。メイちゃんみたいに慣れてる人は、こういうところを上手に裂いていけるのだろう。

 多少不恰好にはなったけど、切れ味鋭い銀髪によって、何とか捌くことはできた。

「ご飯できたよー」

 生焼けと寄生虫にだけは注意して、しっかり火を通して鍋を仕上げる。今日の道中で採取してきたバナナ芋と、食べられるらしい山菜が数種類あるので、コレを入れてみた。味付けは基本であるゴーマ産の岩塩に加えて、これも今回採取してきたハーブみたいなのを入れて、ちょっと風味を変えてある。

 この赤い実の粉末は、見た目通りに辛味のある香辛料となってくれた。唐辛子ほど辛くはないけど、臭いもクセもなくていい感じだ。

 そうして、オリジナル要素の増した、桃川流ぼたん鍋(中辛)の完成である。

「おぉ、美味ぇ!」

「肉なんか食ったの久しぶりだよマジで」

「桃川、お前マジでスゲーよ!」

 胡桃オンリーの生活を過ごしてきた彼らにとって、肉が食えるというだけでご馳走としては十分すぎる。ちょっと獣臭い猪と、普段は口にしない蛙、という現代の日本人にとってはやや抵抗感のある肉でも、彼らは何も気にせずガツガツと食べていた。

 きっと、適当な獲物を焼いて食べようと思ったことはあるだろうけど、異世界の怪しい生き物を食べずに、安全が保障されている胡桃だけで凌いできたのは賢明だろう。

「それじゃあ、僕は寝床を用意しておくから」

 先にさっさと美味しいところをいただいて食事を済ませていた僕は、鍋で盛り上がる三人を背景に、ベッドの作成に勤しむ。

「蜘蛛糸縛り」

 そのままジャングルの湿った地面に葉っぱを引いて寝転ぶのはちょっと御免な僕としては、蜘蛛糸でハンモックを作るのは当然の選択だろう。

 寝心地も保証できる。

 粘着性さえなくなれば、蜘蛛の糸は柔軟で触り心地は良い。実際、やろうと思えば蜘蛛糸で服を作ることだってできる。ただ蜘蛛は肉食で共食いとかも平気でするから。蚕みたいに養殖しにくいから誰もやらないらしいけど。

「よしよし、いい感じだな」

 ハンモックを吊るすための木は幾らでもある。適当に見繕って、蜘蛛糸を張りまくる。以前と同じ失敗はしない。ハンモックの張り方も編み方も、バッチリだ。

「おおー、いいぞーコレ」

 その沈み込むような柔らかな寝心地に、思わずだらしない声が漏れてしまう。やっぱり、コイツを味わったら、もう妖精広場の芝生で雑魚寝には戻れないよね。

 一晩保てばいいので、耐久性はそれなりで。『永続エタニティ』があれば一度作ればそのまま使い続けられたけど、コレがなければ僕の触手は時間経過で魔力を失って消えてしまう。

 でも、今の僕なら上手く魔力を込めることで、ある程度の時間は維持できるような質で、『黒髪縛り』シリーズを発動させることができるし、おおまかな持続時間を狙って作ることもできる。さらに習熟できれば、より長く維持できるようもなるし、より正確な持続時間に合わせることもできそうだ。

「うーん、吹きさらしってのもアレだから、もうちょっと作り込んでみるか」

 就寝までの時間と魔力には、まだ幾ばくかの余裕がある。ハンモックは上手くできたけど、吹きさらしだとやっぱりどこか落ち着かない。屋根と壁が欲しいところだけど、蘭堂さんじゃなければ魔法建築は難しいだろう。

 だから、ここはハンモックと同じように、蜘蛛糸を織ってテント代わりに広げることにしよう。ジャングルだから、普通の羽虫もブンブン飛んでいるし、テントの方は普通に粘着糸にして、少しでも虫を防げるようにした方がいいだろう。

「うん、結局ただの蜘蛛の巣になったけど……まぁ、いいか」

 僕がアラクネに囚われていた巨大な蜘蛛の巣を思い出すような、白い蜘蛛糸の壁が四方に張り巡らされた感じで完成してしまった。これを見たら、きっと中には蜘蛛型モンスターが巣食っているに違いないと思われるだろう。

 どうせ、来たとしてもゴーマだけだろうから、別にいいけど。

「それじゃあ、おやすみー」

「うおお……ヤベぇ、これヤベェ……」

「俺、ハンモックで寝るのってちょっと憧れてたんだよなぁ」

「これもう芝生の上で寝れなくなるべや……」

 柔らかな蜘蛛糸ハンモックに寝転んで、上中下トリオはすぐに眠りの世界へと落ちて行った。

 熱い風呂に入り、美味い飯を食って、綺麗な寝床で眠る。サバイバルとは何だったのか、というほど快適な野宿になったもんだ。

 思えば、『直感薬学』で食料を見分け、『魔女の釜』で風呂も料理もできるようになり、『蜘蛛糸縛り』で寝床を作れる。呪術師って、実はどんな環境でも快適な生活を提供する、素晴らしい天職なのかもしれない。これはもう、呪われているというより、恵まれている。

「さて……これだけ良い思いをさせてやったんだ。明日から、少しは僕の話を真面目に聞いてくれるようになるだろう」

 半分は行き当たりばったりだったけれど、僕が三人を快適に野宿させてあげたのには、そういう思惑も半分くらいはあった。

 彼らはまだ、僕のことを何となく成り行きで仲間に加わった奴、程度の認識。話をしたとしても、どこまで真面目に聞いてくれるかは分からない。

 けれど、僕が彼らに明確な利益を提供する相手であると認識させれば、自然とその対応の姿勢も変わってくる。お互いに対等か、いや、できればそれ以上の関係性の構築が望ましい。多少のお願いくらいなら、すぐに聞いてくれるようになってくれれば、このパーティで僕も随分とやりやすくなる。

 僕の他に、一体誰が風呂と料理と寝床を用意できるというのか。それが手に入るというのに、誰が妖精広場だけの味気ない胡桃と冷たい水浴びと芝生の雑魚寝という生活を続けられるのか。

「仲良くやっていけるといいな」

 明日のことは明日に考えよう。ということで、僕もおやすみなさい。

 見張りはレムに任せておけば大丈夫だろう。

 いやぁ、本当にジャングルのど真ん中で最低限に健康的で文化的な生活をさせてくれる、呪いの神、ルインヒルデ様に感謝だよ。ありがとうございます。これからは、もっとまじめに信仰したいと思います。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ルインヒルデ様がありがたい存在だと思えたことです。
[気になる点] サークルクラッシャー・クラッシャー小太郎、爆誕なるか…!? 無敵の呪術でパーティーをまとめあげる…!? [一言] 衣食住を桃川が征す…!(なお戦闘力)
[良い点] 姫プ待ったナシ!
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