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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第9章:魅了
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第113話 使い魔達

「なんだ、桃川、お前だったのかぁ!」

 勝利で気分がいいのか、山田君は僕の背中をバンバン叩いて大笑い。痛いんですけど。

「おい、桃川、そのモンスターって……」

「これは僕の使い魔、みたいなものだから」

「ってことは、桃川の天職は魔物使いとか、そういう系か?」

「うわっ、コイツやっぱアラクネだべ。こんなの使えるってことは、もしかして桃川かなり強ぇーんじゃねーのか?」

 ひとまず、ゴーマ中隊の撃退を支援したことで、四人とは良好なファーストコンタクトをとることに成功した。僕の顔を見るなり、問答無用で襲い掛かって来ない時点で、最低限の課題はクリアといったところ。

「とりあえず、みんな無事で良かったよ」

「おう、まぁ、助かったぜ。今回は流石に数が多かったからなぁ……そういや、お前一人か?」

 上中下トリオは僕が従えるレムとアラクネが珍しいのか、ちょっと距離をとりつつ、あーだこーだと騒ぎながら盛り上がっていた。自然と、会話は山田君だけとなる。

「ちょっと、事故って仲間とはぐれてしまって。今は一人なんだよね」

「そうか、なら、俺らと行こうぜ。この辺はゴーマの巣が多いし、ゴーヴもかなり増えてきやがったからな。進むのが厳しかったんだよ」

 ゴーヴって何だろう。まぁいい、後回し。

 そんなことよりも、向こうから仲間になることを求められるとは都合がいい。僕は最弱天職であるところの『呪術師』の自分をどう上手に売り込むか、ということにばかり意識が向いていたけれど……ピンチを救っただけの戦力をすでに見せたワケだから、わざわざ言葉で伝える必要もないほど、僕の価値は伝わっているということか。

 思えば、僕も強くなったものだ。まぁ、戦力の大半はレムとアラクネのお陰だけど。僕個人に限定すると、前よりもちょっとずつマシになってきたかな、といった程度。

「山田君は、みんなでダンジョン攻略を目指しているっていう方針でいいのかな?」

「当たり前だろ、クラスメイト同士で殺し合いするワケにはいかねーだろ。それに今は……まぁ、そんなことより、どうなんだよ、桃川」

「ああ、ごめんね。勿論、仲間になるよ。僕も一人じゃ不安だったし、早くみんなと合流したいと思っていたんだ」

「よっし、決まりだな!」

 びっくりするほどすんなりと、僕のパーティ入りが決まってしまった。

「お、桃川、やっぱ仲間になんのか」

「魔物使いだからな、期待できるんじゃね?」

「これでゴーマの砦も攻略だべ!」

 上中下トリオも、快く僕のパーティ入りを認めてくれた。

 いつも、これくらいすんなり決まれば楽なんだけれど。そんなことを思いながら、四人と握手を交わして歓迎されている、真っ最中の時だった。

「きゃぁああああああああああっ!」

 いきなり、何の脈絡もなく、あまりに唐突に、甲高い少女の悲鳴が響きわたった。何だ、と思う間もなく、反射的に僕の視線は悲鳴の発生源へと向いてしまう。

 そこで、今度は僕が、悲鳴をあげそうになった。

「なっ、なんで――」

 そこにいたのは、男なら誰でも守ってあげたくなるような、小さな少女だ。目の端に大粒の涙を浮かべて、恐怖に泣き叫ぶのは、金髪碧眼のアンティークドールのような超絶美少女。

 そう、僕を見て悲鳴を上げるのは、紛れもなく、レイナ・アーデルハイド・綾瀬であった。

「いやぁああああ! 魔物、魔物だよ! 助けて、エンちゃん!」

「ガァオオオオオオオオオオオオオっ!」

 その咆哮を聞いたのは二度目。だが、登場シーンを見たのは初めてだった。

 攻撃魔法でも放つかのように、中空に大きな円形の魔法陣が浮かび上がる。これまで見てきた魔法陣は、ただ光っているだけだったが、コレが陣を描く図形と文字は、全てメラメラと燃える炎のラインで描かれていた。

 これが『精霊術士』レイナの持つ、火の霊獣を呼び出す魔法陣か。

 そして燃え盛る火炎の魔法陣の向こう側から、サーカスで火の輪潜りでも披露するかのように、『エンちゃん』と呼ばれた炎の獅子が飛び出したのだ。

「うおっ!?」

 と、驚きの声を上げたのは僕も、男連中四人も同じ。だが、どうにもピンチに陥っているらしいのは僕一人だけのようだ。

「ちょっ、ちょっと待って!?」

 レイナの登場はまったくもって意味不明だが、それでも彼女の叫び声とエンちゃん召喚の指示からして、レムとアラクネを襲ってきた魔物だと誤認しているらしい。

 和気あいあいと僕らが会話している雰囲気からして、敵じゃないってのは一発で分かるだろうがこの間抜け! と罵倒する余裕もなく、僕は制止の言葉を投げかけるにとどまってしまった。

 そして、その誤解を解こうとする常識的な対応を、僕は直後に後悔することとなる。

「グゥオオオオっ!」

 獰猛な唸り声を置き去りに、火の霊獣エンはアラクネへと飛び掛かっていた。

「シャオっ!」

 凄まじい勢いの飛び掛かりを、すんでのところで回避。だが、アラクネは避けただけで、糸を吐こうとはしていなかった。

 反応できないほどの超高速ではなかった。アラクネの性能ならば、蜘蛛糸の一つでも吐きかけて牽制できたところだけど――相手は野生の魔物ではなく、クラスメイトが繰り出す霊獣。そして、今の話の流れから、アラクネは、正確にはその意思を司るレムは、迫りくるエンを明確な敵と定められず、攻撃するのを躊躇したのだ。

 つまり、自分の身を守るよりも、主である僕の立場を考えた、ということである。

 しまった。まさか知能の発達が、こんな時に判断を迷わせることになるとは。

 いや、違う。

 レイナのパニックぶりを見て、気づくべきだった。それが演技なのか、それとも本気の天然なのか、どちらにせよ、コイツは平気で同じクラスメイトである僕の身の安全など省みず、自分だけ逃げ出すために転移魔法陣を横取りするような女なのだ。

 だから、僕なんかが「待て」と言ったところで、彼女が聞く耳をもつはずがない。

 きっと、レイナにとって僕はとんでもなく無価値な存在だ。ただのクラスメイトどころか、好きでも嫌いでもない、そもそも興味がない、いっそのこと存在を認識していない。路傍の石コロ程度にしか、僕のことを思ってないかもしれないのだ。

 要するに、僕は判断を誤ったってこと。僕が最初にすべきだったのは、レイナの姿を目にした瞬間、有無を言わさず黒髪縛りで拘束することだった。

「レム! 構うな、アラクネを援護――」

 己の迂闊さを呪いつつ、瞬時に思考を切り替えて指示を飛ばす……だが、遅きに失した。

「グガアアア!」

 エンはライオンサイズの巨躯でありながらも、猫のように素早く身を翻すや、赤く燃える爪先を逃げるアラクネへと叩き込んでいた。

「シャッ、ァア!」

 人型の上半身を、無理矢理にでも捻っていたが、避けきれずに右腕を肩ごと抉られていた。なんて威力だ。アラクネだって大型の昆虫にあるべき分厚い甲殻を持っているというのに、そんな装甲などものともせずに腕ごと砕け散っていた。

 エンが一撫でしただけで、この有様だ。真っ向から戦っても、勝機はない。

「やめろ、レイナ! 山田君、誰でもいいから、早く彼女を止めてくれ! アレは敵じゃない!」

 僕の叫びで、ようやく事態を飲み込めたのか、ハっとしたように山田君以下、上中下トリオが「レイナちゃん!」と呼びかけたが――

「きゃぁーっ! 怖いよう、早くやっつけて! ラムくん!」

 仲間達、多分だけど、山田君らの呼びかけを一蹴するかのように、けたたましい雷鳴が轟いた。

 それはすなわち、二体目の霊獣の登場を意味する。

「キョァアアアアアアアっ!」

 眩しく輝く雷光の魔法陣から飛び出したのは、紫色の大きな鷹だった。鮮やかな紫の羽には、バチバチと紫電を纏っている。

 ラムくん、と呼ばれていたコイツは、どう見ても雷属性担当だ。

「くそっ、レム、アラクネ! とにかく逃げろ!」

 エン一体だけでも勝ち目が見えないのだ。ラムもエンと同等の能力を有すると考えるべきだろう。ただでさえ勝てないのに、敵の戦力が二倍になった。

 もうレムとアラクネが生き延びる道は、逃げるより他はない。

 僕の意図をこれ以上ないほど察してくれただろう。アラクネは無事な頭と尻からありったけの蜘蛛糸をバラ撒きながら、猛然と後退。レムも多少は牽制になるかと、退きつつナイフと剣を投げつけていた。

「やっちゃえ、エンちゃん! ラムくん!」

 けれど、そんな幼稚な掛け声一つで、炎の獅子と雷の大鷲は、いよいよ本気になったかのように、その身から凄まじい気配を放った。

 ヤバい、この肌にビリビリくる感覚。蒼真悠斗が光の剣撃を放った時と、天道龍一が塔を焼いた時、それぞれに感じ取った、大きな魔力の気配だ。

「レムーっ!」

 僕の叫びをかき消すように、エンとラム、大きく開かれた口腔から、渦巻く火炎と、閃く雷光のブレス、としか言いようのない強大な攻撃魔法が迸った。

 密林へ向かって一目散に逃げることしかできないレムとアラクネは、その巨大な炎と雷の二重螺旋に飲み込まれて――跡形もなく、消滅した。

「あ、あ、あぁ……レムが……僕の、レムが……」

 過去最高の性能を誇ったレムだった。天道君の魔物素材を惜しげもなくつぎ込んだ一品。僕だけでは、もうあのクオリティの素材を収集するのは不可能だろう。

 アラクネだって、ギリギリで助けに間に合ったレムが不意打ちを決めて、奇跡的に倒せたようなものだ。もう一度、奴を見つけて倒せるかと言えば、かなり難しい。

 呪術師の僕が現状で揃えられる、最高の戦力だった。レムとアラクネ、両方揃っていたから、僕はソロでもここまで来れたんだ。

 そんな二人を、僕は……こんな、こんな下らない誤解で、失ってしまったというのかっ!

「ふぅー、よかったぁ、ありがとね、エンちゃん、ラムくん」

「グルル」

「キョア」

 耳がとろけるような甘い声をあげながら、レイナは駆け寄った二匹の下僕をニコニコ笑顔で撫でていた。あの驚異的なブレスをぶっ放す強力なモンスターであるはずのエンとラムは、主であるレイナの手で撫でられるたびに、気持ちよさそうに目を細め、甘えるような声をあげていた。

「く、そ……レイナぁ……」

 無自覚の勝者と、全損の敗者。分かっていたことだけど、改めて、それをまざまざと見せつけられたような気がした。

 何の罪悪感もなければ、樋口のような悪意すらなく、僕へと理不尽な仕打ちをするレイナに対する怒り。そして、最大の戦力を一瞬にして失った絶望。

 血の涙でも流れそうなほど、今、僕の腸は怒りと悔しさで煮えくり返っている。

「んんー? あっ、桃川くんだ! ねぇねぇ、どうしたの、何で桃川くんがここにいるのー?」

 その怒りをギリギリで抑えていた心の蓋を、レイナは鼻歌混じりで蹴飛ばすかのような、言葉であった。

 そんな気はしていた。けれど、コイツは、本当の本気で、今の今まで僕がこの場にいたことを認識していなかったとでもいうのか?

 気づかなかったのだから、レムとアラクネを魔物扱いで消し飛ばしたのも無罪チャラになると?

「ふざけるなっ! レイナ、お前のせいでぇえええええええええっ!」

 僕は自分自身の弱さなんて忘れて、とぼけた顔のレイナ・A・綾瀬へと掴みかかっていた。

「キャアアアっ!?」

「ガァウ!」

 しかし、当たり前のことだけど、僕が彼女の胸倉を掴むよりも先に、まだ召喚されているエンによって取り押さえられる。コイツに圧し掛かられるのは二回目だ。

 くそっ、痛い……けど、この程度の痛み、明確に出血を伴うような傷がないせいか、エンにダメージが入っている様子はない。もしかして、精霊だから物理無効だとか。

「ああっ、くそ、離せ!」

「いやぁ! なに、怖いよ! エンちゃん!」

 体は押さえられても、怒りを収めない僕の反応に、レイナがさらに悲鳴を重ねる。そして、愛らしいご主人様を泣かせる不逞の輩を始末しようというのか、僕の背中にかかる重圧が急激に増した。

「ぐっ、が、あぁ……」

 あっ、ヤバい、とあまりの痛みによって、この辺で僕の正気が戻りかけてくる。

 なんて馬鹿なことをしたんだ、という後悔は、か弱い女の子であるレイナに対してマジギレを決めたことではなく、単に自分の弱さも忘れて掴みかかったことだ。怒りをぶつけるというのなら、呪術師の僕は拳で訴える以外の方法でなければいけないのだった。

 大猪の牡丹鍋でも振る舞って、アカキノコの毒を盛るとか、そういうやり方じゃないと、屈強で忠実なボディガードに守られているレイナを害することなどできない。

 けれど、何もかも忘れて殴り掛かろうとした、僕の怒りもまた、本物だった。まだまだ自分の感情を抑えられるほど、大人にはなりきれないらしい。

 でも、その未熟の代償がこの屈辱的な拘束と痛みだというのなら、あんまりだろう。ああ、くそっ、マジで痛い、そろそろコイツの爪先が、背中に食い込み始めた。

「やめるんだ、綾瀬さん! それ以上やったら、桃川君が死んでしまう!」

 唐突に聞こえた仲裁の言葉は、山田君のものでも、上中下トリオの誰でもない、また別の男子の声だった。なんだ、まだ誰かいたのかよ。

「やだ、やだ! だって、怖かったんだもん!」

 涙を浮かべて叫ぶレイナ。いや、何で襲ってるお前の方が泣いてんだよ。

「落ち着いて、綾瀬さん。君の力はとても強力なんだから、加減を誤れば簡単に人を殺してしまう。もし、事故とはいえ綾瀬さんがクラスメイトを死なせてしまったら、蒼真君はとても悲しんでしまうよ!」

「あっ、ユウくんが……そ、そうだよね……」

「そう、そうだよ。大丈夫だから、さぁ、桃川君を離してあげて」

「うん……戻って、エンちゃん」

 その一言で、急に背中の重圧と鋭い爪の痛みは消えうせる。

「山田君、みんなも、綾瀬さんを連れて、先に広場に戻って欲しい。少しショックを受けているようだから、みんなで慰めて、落ち着かせないと」

「おっ、そうだな。よし、そういうことなら俺に任せろ! レイナちゃん、さぁ、行こう!」

 そうして、俯くお姫様を気遣う騎士のように、いや、そんな上等なもんじゃないか。ともかく、無理のある甘い声でなにやら優しい言葉を発しながら、山田君以下男子四人組みは、塔の中へと去って行った。

「大丈夫かい、桃川君? すぐにボクが治癒魔法をかけるから――『微回復レッサーヒール』」

 ああ、背中がボンヤリと温かくて、気持ちがいい。確かにこの感覚は、治癒魔法のソレだ。

 ひとまず台風の目であるレイナがいなくなり、背中の痛みも一気に和らいだことで、僕はようやく、五人目となる男子へと面と向かい合うことができた。

「あ、ありがとう、助かったよ、ヤマジュン」

「いや、ボクの方こそ、もっと早く止められていたら、こんな大事には……ごめんね、桃川君」

 そうして、心の底から申し訳なさそうに謝ってくれる男子生徒は、山川純一郎君だ。通称、ヤマジュンというストレートな仇名で呼ばれる彼は、何というか、二年七組の良心とでもいうべき、不思議な魅力のある男なのだった。

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レイナは教科書通りのサイコパスの姿ですね。
レイナと剣崎と桜は最後まで嫌いだったな
[一言] 弱者の皮を被った加害者は美少女であったとしても、醜悪極まりないと思いました。
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