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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第9章:魅了
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第112話 密林の古塔

 2017年11月3日

 申し訳ありません、予約投稿忘れで、投稿時間が遅れてしまいました。『黒の魔王』も合わせて、投稿いたします。

 不運にもサラマンダーと黒ティラノの争いに巻き込まれた後、僕は改めてこの異世界の危険性を再認識して、足早にジャングルを進んだ。

「……なんか、やけにゴーマが増えてきたな」

 すでに三度目となる、殲滅したゴーマ部隊の死体を見て思う。襲ってくるのがコイツらだと、今だとちょっと安心してしまう。やはり見知った相手というのはいいものだ。

 ともかく、同じような密林を歩いているというのに、猿共はすっかり姿を見せなくなった。その代りに増えたのがゴーマだ。それも、ちょっと前にこの面子で襲ったゴーマの狩猟部隊のように、より人間に近い姿の中型ゴーマを含んだ奴らだ。

 戦ったのは三度、だけど、先にこちらが発見して、上手くスルーしてきたことはすでに何度もある。かなりの範囲に、かなりの数の部隊が展開していることが分かる。

「いや、これはむしろ、奴らの住処に近づいてるってことなんじゃ……」

 ありえない話ではない。人型モンスターであるところのゴーマは、ゴブリンよろしく洞窟などに住居を構えて、集落を形成している生態なんじゃないのかと、安易な想像をしてしまう。どの程度の住環境なのかは不明だが、ともかく、猿以上人間未満の知能であろうゴーマは、どこかに生活拠点を築いているのは動物的に考えて間違いないだろう。

 スケルトンはどうにも、このダンジョンを形成する古代遺跡風の建造物の魔法機能によって生み出されているように思えるが、ゴーマはまず間違いなく、自然に生活しているタイプの魔物だ。だから、ゲーム的にリポップする召喚魔法陣があるのではなく、女子供を抱える集落がどこかにあるはずなのだ。

 だから、このゴーマと異常なエンカウント率を誇るのは、奴らの巣へ近づいているのではなかいという推測は、あながち的外れな妄想ではないと思う。

「正直、これ以上先に進みたくないんだけど」

 今はまだいい。最悪、戦闘になってもゴーマの小隊程度で後れをとるような戦力ではない。

 だがしかし、奴らの数も中隊、大隊規模、オマケに行く手を阻むように柵で囲われた砦のような拠点があるとすれば……いくらなんでも、たった三人で攻城戦は無理だろう。

 奴らが最大でどの程度の戦力があるのかは分からない。でも、地底湖に現れたジーラの大群を思うと、ゴーマだってアイツラと同じくらいに繁殖していてもおかしくない。

「でも、コンパスは真っ直ぐこっちを指してるしなぁ……」

 困ったことに、僕の唯一の道しるべたる魔法陣のコンパスが、来た道を戻るでもなく、迂回するでもなく、ひたすら真っ直ぐ前へと指し示したままなのだ。未来を信じて突き進め少年、とでも言うが如く、その矢印には揺るぎ無い。

 ちくしょう、お前の示す未来に嫌な予感しかしないから、こんなに二の足踏んでいるんだっての。

「はぁ、でも、行くしかないか」

 コンパスの他には、道を示すものはなにもない。つまり、この広い密林で完全に迷子ということになる。そうなると、もうダンジョンを脱出どころの話ではない。

 結局、僕はこのまま進み続けるより他はないのだ。

「……ガガ」

 悩みながらも密林を歩き続けていると、先頭を行くレムが敵影発見を知らせてくれる。

「またゴーマ?」

「ガガ、グ、グゴガ」

 いつもなら頷き一つくれるところだが、どうやら少しばかり様子が違うらしい。レムの言葉は相変わらず解読不能だけど、ニュアンス的に「見つけたのはゴーマだけど、その数と様子がいつもと違うですご主人様」と僕は勝手に翻訳した。

 とりあえず、レムの案内で僕自身が確認すればすぐに済む話だ。足音を立てないよう、息を殺してゆっくりと進み、僕はゴーマ部隊が展開しているらしい方向を木陰から覗き込む。

「うわ、あんな塔の遺跡があったのか」

 真っ先に目についたのは、大きな塔だ。あの地底湖でジーラ軍団を相手に籠城したのとよく似た形の塔である。けれど、ここにあるのは灯台のような地底湖塔と比べると、高さはさほど変わらないものの、その太さは倍以上もあって大きい。

 そんな目立つ巨大な人工物であるのだが、この鬱蒼と生い茂る密林のせいでここまで近づくまで全くその存在に気づけなかった。塔の周囲は不思議と木々が生えずに開けた平地になっており、だからこそ、そこにゾロゾロと集まっているゴーマ達の姿もよく見えた。

「なんだ、もう誰か戦っている」

 どうやら、この密林の塔に観光目的で訪れているのではないようだ。奴らは明確に、何者かと激しい戦いを繰り広げている。

 まぁ、何者か、といっても……あれはどう見ても、クラスメイト以外の何者でもないのだが。

「クソっ、ヤベぇ!」

「ちょっ、数多すぎだろ!?」

「もう無理だべコレ!」

 百には届かないまでも、何十体もの数を擁するゴーマ中隊を相手に、わざわざ開けた平地で戦いを挑んでいるお馬鹿さんは、三人の男子。かなり切羽詰っているのだろう。悲鳴染みた情けない叫びが、そよ風に乗ってちょっとだけ僕の耳にも届いた。

「上中下トリオか。まだ一緒にいるなんて、アイツらほんとに仲良いな」

 上田、中井、下川、の男子三人組。通称、上中下トリオ。別名、樋口と愉快な仲間達。奴の取り巻きポジションのような奴らだ。

 彼らの話は、ああ、そうだ、蒼真悠斗があのハーレムメンバーと一時的に離れる原因となった事件で聞いたのだった。転移の直前に襲い掛かり、小鳥遊小鳥を下川の水魔法で攫おうとしたところを、飛び出した蒼真君が助け、そのまま置き去り……女の子を助けて置き去りになるとは、僕とは比べ物にならないほどカッコいい理由である。

 そんなことよりも、あの勇者蒼真と敵対して三人とも無事でいられたことの方が驚くべきだろう。流石に蒼真君も、殺人には大きな抵抗があったということか。そうでもなければ、三人もいてこの程度の数のゴーマ相手に苦戦を強いられている実力で、蒼真君から逃げられるはずもない。

 とりあえず、話からすでに下川は『水魔術士』というのは判明していた。そして、彼らの決死の戦いぶりを観察する限り、上田は『剣士』で中井は『戦士』だと思われる。

「おい、テメーラ! もっと気合いいれろや、コラァ!」

 数に押されてヘタれはじめた三人組を、僕の耳にもはっきり届くほどの大声で怒鳴り散らしている、一人の男子がいた。

「アレは、えーっと、確か……山田君、だっけ」

 いかにもキャッチャー体型といった感じに、坊主頭の芋っぽい顔は、どこかステレオタイプの野球部員を思わせる。実際、野球部で、ポジションはキャッチャー。

 僕が最初に見つけた高島君も同じく野球部だったけど、山田君とは別に仲が良かったワケでもないし、ピッチャーとキャッチャーでバッテリーを組んでいるワケでもない。

 まぁ、同じ部活でクラスメイトだけど、特に絡みはないっていうのは、よくあるよね。僕も同じ文芸部でも長江さんとは事務連絡以外に話もしない関係の薄さだったし。ウチの文芸部、男子と女子でちょっと距離があるんだよね。

 そんなことより、三人を激りながら、単身で果敢にゴーマに応戦している山田君のことだ。

 いつかのメイちゃんを思わせる、大振りの斧を手に戦う姿は『戦士』の天職だと思われるが……同じ『戦士』の中井と比べると、随分と実力に差があるように感じる。というより、戦い方、立ち回りが異なる。

 それは、短い間だけど、すぐ傍でその戦いぶりを見た『戦士』の芳崎さんとも、異なるように思える。何だ、何がこんなに違うんだろうか……

「あっ、そうか、攻撃を全て受けているんだ」

 戦士は斧をメインとして、重量武器を軽々と振り回すパワーに優れた天職だ。その一撃はゴーマなど容易に頭を割り、体を真っ二つにする。だが、凄い腕力を誇っていても、刃物で刺されば負傷はする。だから、敵の攻撃は普通に避けるか、武器で受け止めるかの二択となる。

 だが、山田君は学ランすら脱ぎ捨てた、ちょっと汚れた白いタンクトップ姿だというのに、まるで鋼の全身鎧でも着込んでいるかのように、その身で平然とゴーマの攻撃を受け止めているのだ。

 錆びたナイフや槍が体をかすめていっても切れない。棍棒で叩かれても、全く揺るぎなく、矢を受けても刺さることなく弾いてしまう。

「蒼真桜の『聖天結界オラクルフィールド』みたいな、いや、こっちは純粋な肉体強化って感じかな」

 何にせよ、山田君にはゴーマの攻撃を無効化するほどの硬い防御を宿す能力があるということだ。攻撃が通じないなら、回避する必要もない。そして、当たっても痛くないから、怖くもない。

 そりゃあ、三人よりも果敢にゴーマの群れに突っ込んで暴れ回れるワケだ。

「オラっ! ウラァ! ああ、クソっ、キリがねぇ!」

 無敵の防御を誇る山田君だけど、攻撃に関しては普通の『戦士』並みといったところか。ダメージこそないものの、次々と押し寄せるゴーマを前に、勢いが押され始めている。

 上中下トリオも敵の猛攻の前に士気はダダ下がりで、味方が頼りないこともあって山田君にも焦りが見えた。この防御力も、永遠に効果が続くパッシブスキルではなく、時間制限やダメージ上限なんかの条件がある能力だったら、解除した瞬間に滅多刺しだろう。

「おいおい、マジで無理だろ!」

「死ぬ、死ぬって!」

「これもう逃げるしかねーべ!」

「バカヤロぉ! 俺達が逃げるワケにはいかねぇんだよ!」

 クラスメイト四人とゴーマ中隊の戦いは一進一退の攻防。いくら劣勢とはいえ、戦闘天職の持ち主が四人もいて、ゴーマ相手に完全敗北はないはず。だが、このまま戦い続ければ上中下トリオの誰か一人くらいは犠牲になりそうな、ギリギリの戦況だ。

「どうするか……」

 一も二もなく助太刀に飛び出さない僕は、人として最低のクズだろうか。もし、そんなことを大真面目で怒鳴りつける奴がいたら、ソイツは温い現代日本社会に染まり切った平和ボケのマヌケ野郎である。

 このダンジョンでクラスメイトと出会う時は、最大限に警戒するのが当然だ。果たして二年七組の生徒達が、この状況下で敵となるか味方となるか、全く分からないのだから。まして僕は、蒼真君や天道君のように、どんなピンチも切り抜けられるほど強力な力を持っていない。万が一、樋口のような危険思想に染まっていた場合、僕は再び人間クラスメイト同士で命がけの死闘を繰り広げることになるだろう。

「正直、あの面子に関わりたくないけど――」

 樋口の取り巻きであるDQN仲間の上中下トリオは、普段の学園生活でもお近づきにはなりたくない人種だ。すでに小鳥遊小鳥を拉致しようとした前科もある、性犯罪者も同然。

 野球部の山田君も、クラス内での評判はあまり良いとはいえない。同じ野球部だけど高身長フツメンの高島君のことを、あからさまにやっかんでいたのは、特に関わりの無い僕から見ててもそれとなく感じたくらいだし。

 少なくとも、僕と仲良くできそうなタイプじゃないというのは間違いない。

「――けど、どうせ接触するなら、ここで助けに入った方がマシだよね」

 この広大なダンジョンで出くわしたということは、彼らも僕のコンパスと同じ方向に導かれているはずだ。つまり、ここから先は、彼らが寄り道でもしない限り、進む道は同じというわけ。

 彼らの後ろをこっそりついていって露払いしてもらう、という作戦はなかなかに魅力的だけれど……万が一、バレて敵対されると厄介だ。それに、盗賊でもない僕が、つかず離れずの絶妙な追跡ができる自信もない。

 小賢しい真似をして反感を買うよりかは、ここで堂々と助けに入ることで、僕の善良さをアピールすると同時に、恩を売りつけた方が得だろう。

 彼らはあまり上手な戦い方ができているとは思えないけれど、天職がもたらす戦闘能力そのものは本物だ。僕がソロで進むよりも、彼らとパーティを組んだ方が戦力的に充実するのは間違いない。

 それに、すでに彼らが四人組になっていることは、脱出の三人制限もあまり枷にはならないはずだ。僕が加入して五人になった場合、切り捨てられるのは二人。一人を捨てるよりも、二人捨てる方が難しい。当然、二人は徒党を組んで決死の抵抗をするからに決まっている。

「よし、行こう、レム」

 考えた末に、助太刀することを決断。

 そうと決まれば、行動は早い。相手はすでに戦い慣れたゴーマ。少しばかり数は多いが、目の前の敵に集中して、容易に背後を突ける状況だ。実は超強力なボスゴーマが混じってるとか、増援で大軍が現れるとか、イレギュラーがなければ危なげなく対処できる。

「広がれ、『腐り沼』」

 まずは、群れるゴーマ中隊の背後に『腐り沼』を展開。平地になってしまうから、いつもよりも広めに。

 馬鹿なゴーマは全員、決死の応戦を繰り広げる男子四人に集中していて、すぐ後ろにドロドロの毒沼が出現したことに気づく奴は一人もいなかった。まぁ、沼が発生するにあたって、特に音とか臭いが出るわけじゃないし。呪術の発動は、いつも静かなものだ。

「近い奴から順番に行こう――『黒髪縛り』」

「シャアアアアアアア!」

 僕とアラクネとで、部隊の一番後ろをウロウロしている奴から糸で攫って沼に引きずり込む。

「ブゲェっ!? ギョァアアアアアアア!」

 全身を酸で溶かされて絶叫を上げるゴーマだが、激しい戦いの音と興奮に呑まれているせいか、その悲痛な叫びもすぐに仲間には届かない。

 結局、五体ほど毒沼の犠牲になった辺りで、ようやく自分達が背後から襲われていることに気づいたのだった。

「気づいたところで、意味はないけどね――『蜘蛛の巣絡み』」

 より大人数を拘束するために、粘着質の蜘蛛糸で編んだ網、形も質もより本物に近づいた『蜘蛛の巣絡み』に切り替える。アラクネも本物の蜘蛛の糸の網を飛ばして、こちらに気づいて向かってくる奴を優先的に捕らえている。

「グガァアアアア!」

 そこで、毒沼を堂々と突っ切って、レムが突撃していく。蜘蛛の巣に捕らわれ、間抜けのように転んでジタバタしている奴らに、素早く、鋭く、刃を振るって致命傷を刻んで行く。

 僕とアラクネの蜘蛛糸コンビによる妨害と、目の前で暴れ回るレム。ゴーマからすると、まずはレムから狙わざるを得ない。

 けれど、毒沼からつかず離れずの立ち回りを崩さない上に、僕とアラクネの援護を受けるレムを、ゴーマの雑兵如きでは、そう簡単に打ち破れない。奴らは数こそ多いが、無理に突っ切るにはあまりに痛すぎる毒沼が邪魔をして、たった一人の敵であるレムを攻めきることができないのだ。

 もし、中隊規模の数をフルに生かして攻め続けたなら、この毒沼と蜘蛛糸の不利を覆して圧殺することもできたかもしれないけれど……お前らの敵は、僕らだけじゃあないだろ?

「おおっ、何か、勢い弱まった?」

「おい、奴らの後ろで誰か戦ってるっぽいぞ!」

「チャンスじゃね?」

「よっしゃあ、お前ら、一気に押し返せ! 流れに乗るんだよ!」

 僕の後ろの奇襲は、どうやらうまい具合に挟撃へと化けてくれたようだ。

 最前線の攻めにまで背後の混乱が影響を与えた結果、ゴーマ軍団は最初の勢いを目に見えて失った。真ん中ら辺にいる奴らなんて、前の敵を攻撃すべきか、後ろの邪魔者を攻めるべきか、決めかねてちょっとウロウロしている。

 すでに奴らの指揮官となるゴーマは討ち取られてしまったのだろうか。勢いだけで攻め続けた集団が、その勢いを失えば、烏合の衆へと逆戻り。

 そして、逆に攻め立てられる立場となれば、ゴーマは弱い。

「ンギィ! ヴェェアアアア!」

 ほどなくして、そんな悔しそうな叫び声をあげながら、ゴーマは散り散りに敗走していった。

「おぉ、勝った」

「あぁー、マジで死ぬかと思ったぁ」

「つ、疲れた……もう魔力ねーべや」

「よっしゃああああああああああ、俺達の勝利だ! ザマァみやがれ、雑魚のゴーマ野郎が!」

 山田君の勝利の雄たけびが一際うるさく響いて来るけど、僕にとってはここからが本番である。

 さて、この面子を相手に、上手く取り入ることができるかどうか……

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