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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第9章:魅了
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第103話 姫野愛莉

 彼女の名前は姫野愛莉。どこにでもいる普通の女子高生……いや、野暮ったい眼鏡にそばかすの散った華のない顔立ちと、痩せてはいるが起伏に乏しい貧相な体型。単純に容姿だけでいえば、どちらかといえば普通以下の女子である。

 見た目もパッとしなければ、その経歴もパッとしない。学業成績だけは割と優秀な方だが、天才的でもなければ、熱烈な努力家でもなかった。特別な才能もなければ、家柄に恵まれているわけでもない。

 けれど、それが普通。誰もが特別な何かを持っているとは限らない。地球人口が70億を超えているのだから、70億通りの個性なんてものはあるはずないだろう。誰もが特別なオンリーワン。そんなフレーズに憧れるのは、ソレが現実離れした夢幻の類であるのだと、心の底では理解しているからに違いない。

 故に、姫野愛莉は普通さを恥じることは何もない。堂々とその普通さを、見栄を張ることもなく、ありのままに貫き通せばいい。それが分相応というもの。

 そして、姫野愛莉はその辺のことを、中学校を卒業した15歳の時点できちんと分かっていた、はずだった。

「な、な、何よ、このクラスは……」

 期待よりも不安ばかりが募った、新しい高校生活。白嶺学園に入学したのはすでに一年も前の話で、案ずるよりも産むが易しというように、これといったトラブルや悩み事もなく、平穏無事に一年生として過ごし終えていた。

 しかし、彼女にとっての波乱は、すっかり高校生活にも慣れて二年生へと上がると同時に発生する、クラス替えと共に幕を開けた。

「蒼真桜、レイナ・A・綾瀬、如月涼子、剣崎明日那、小鳥遊小鳥、夏川美波……」

 姫野愛莉が所属することになった二年七組、そのクラス名簿に並ぶのは、一年の頃からすでにして学園に名をはせる美少女達の名前。

「う、嘘でしょ……蘭堂杏子にジュリマリコンビ、木崎さんとセットで北大路瑠璃華もいるし、おまけに隠れファンの多い長江有希子ぉ……」

 学園に知れ渡るほど有名、とはいかずとも、クラスにいればそれだけで話題になる容姿の優れた女子の名前が、さらにクラス名簿に続いた。

「このクラス、女子のレベル高すぎぃ!?」

 意図的に選んだとしか思えないほど、学年の綺麗どころがほとんど全員、揃っている。蒼真桜を筆頭とした、それぞれ綺麗で可愛くて、それでいて個性的な美少女。そして蘭堂杏子以下、並み以上の容姿レベルを誇る女子達。

 そんな彼女達が勢揃いで顔を並べる二年七組の教室は、さながら大人数の国民的アイドルグループの控室も同然だ。何だお前ら、これから武道館でライブか。ああ、チクショウ、お前らの顔なら、そのまま制服姿でステージに上がって全国中継でも恥ずかしくないレベルだよ。

 なんて、冗談も冗談にならないほどの美少女揃い。いや、本当に、姫野愛莉にとっては、冗談ではない。

「ないわー、この人選はないわぁ……」

 文字通りに頭を抱えて、愛莉は悩んだ。

「ふっ、ふざけんなし! こんなクラスにいたら、ブスだけ浮くに決まってるってのぉ!」

 本来なら、女子クラスカーストの上位に君臨するべき美少女など、クラスに一人か二人。三人いるだけで、女子勢はあっという間に三国志が始まる。

 だというのに、二年七組はさながら美少女戦国時代。数多の美少女ひしめく群雄割拠の教室は、まるでキラキラ輝く宝石箱のよう。

 そして、もしも美しい宝石が整然と詰め込まれたケースの中に、河原で拾ったような小石が紛れ込んでいたら、どうなるか。

 あえて言おう。誰もが振り返る美少女の集団の中に、誰もが眉をひそめるブスが一人だけ混じっていたら、どうなるのか。

「マジでヤバいよコレ、どうすんの、私、友達一人もいないんですけどぉ……」

 幸いというべきか、二年七組の女子19名の内、自分を除いた全員が可愛いワケではない。知ってる名前と知らない名前が半々の残りの女子は、恐らく自分と同じかチョイ前後くらいの、平々凡々な容姿に決まっている。

 自分一人だけが場違いなブスとして、光り輝くように侮蔑の視線を集めることはあるまい。

 だがしかし、相対的に並みレベルの容姿の方が少ないこのクラスにおいて、自分の顔面偏差値では悪目立ちしがちなことに変わりはない。

「こ、こんなクラスで下手に孤立しようもんなら……ゴクリ」

 いわゆる『ボッチ』と呼ばれる孤立現象にも、程度の差ってものがある。

 致命的なまでにクラスメイトの相性が悪く、教室の空気は最低、文化祭すらヤル気にならないクラスなら、ボッチも乱立し、友人グループがあっても大人しいものだ。実に退屈でつまらないクラスなら、一人でいることもさほど苦痛にはならない。

 だがしかし、学園ドラマのような理想的なほどに明るく元気で活気の溢れる、美男美女の集まるクラスであったなら……そこは正に、ボッチにとっての地獄であろう。リア充達の天国が光り輝くほどに、ボッチの孤独地獄にはより色濃く暗い影が差すのだ。

 そんな生き地獄に耐えられるほど、愛莉の精神は図太くないし、悟ってもいない。

 高望みなんてしていないはずだけれど、身の丈以上を望まなければ、この二年七組という奇跡のクラスにおいては、自分はきっと孤独のボッチ地獄へ真っ逆さま。華やかな美少女達が戯れる楽園の片隅で、暗く寂しい禁断の森を形成すること確実。おい待て、ふざけんな、そこは封印されし呪われた場所じゃねぇ、私の机だ!

「いやいやいや、マジでないわソレ。待って、でも、七組で私がこの先生きのこるには……」

 クラス名簿を血眼になって見つめながら、必死に打開策を考える。

 考えろ、考えるんだ、姫野愛莉。このまま何となく、何の考えも策もなしに二年生を始めたら、お前は絶対にボッチだゾ。

 何となくの流れだけで慣れ合えそうな平均レベルの連中は、軒並み知らない名前ばかり。知ってる名前でも、一年の頃には全く関わり合いのなかった、他のクラスの女子である。

 自分の適正レベルではあるものの、彼女達だけですでに友人グループを形成している場合、新参者として入り込んで行くのは、コミュ力低めの愛莉には難しい相談だ。

「か、賭けにでるしかない、かなー、なんて」

 平均レベルの女子グループ参加に失敗すれば、愛莉は学園生活二年目にして無事死亡。首尾よく成功したとしても、この超ハイレベルな二年七組において、平均グループにいることはそれなり以上にコンプレックスとの戦いとなるだろう。

 成功しても茨の道。最悪の場合、あの女子グループよりも、桃川の方が可愛くない? とか、男子にさえ可愛さで敗北するという辛酸を舐めることになるかもしれない。

 桃川小太郎は一年の時も同じクラスだった。童顔チビのくせにちょっと髪の毛長くしているせいで、下手な女子よりも可愛らしく見える、一種の男の娘である。奴の中性的な顔立ちを、生意気でムカつくと見るか、猫のようで可愛いと見るかは、人によって大きく好みが別れるところだが……ぶっちゃけ、愛莉の容姿レベルを超えた魅力が桃川にはあるので、割と本気で女子のプライドが危うい死活問題に直結する。これでいっそ、レイナのようなハーフで美少女、みたいに見えるほどの超絶美少年だったなら、むしろ喜んで敗北も認められたというものだが、小太郎の微妙なラインの男の娘ぶりが、事態を深刻化させていた。

「いや、賭けよう……私、覚悟決めろよ」

 遥か高みに設定された、二年七組女子の容姿レベル。バカ高い上限だけでなく、桃川という平均未満の女子のプライドクラッシャーな、微妙な男の娘の最低容姿ラインまでが存在することで、愛莉に更なるプレッシャーがかかる。

 どうせ、これまで通りで行っても、平穏な生活とは程遠い環境となる。ならば、目指してやろうじゃないの、少しでも上に、クラスカーストの高みへ!

「だ、だ、大丈夫……木崎さんは、ガチレズだけど超絶お人よしだから、大丈夫なはず……」

 愛莉の狙いは、木崎茜の一点張り。彼女とは一年で同じクラスであり、なおかつ、多少ながらも交友関係があった仲だ。茜にとっては、彼女の朗らかな人柄による広い交友関係のごく一部に過ぎない愛莉との関係性。しかし、二年七組に理想的な居場所を作るためには、彼女のグループに収まるのが最善であるとの結論を愛莉は導き出した。

 木崎茜は一年の頃では間違いなくクラスカーストの最上位にいる女子生徒だった。垂れ目の温和な可愛らしい顔立ちに、バレー部のエースを張る恵まれた長身、そのくせ、胸も尻も大きく女性的魅力が満ちている。そして見た目を裏切らない心優しい性格と、細かな気遣いの出来る、とても良い子。割と捻くれた性格だという自覚のある愛莉をしても、木崎さんマジでいい子だなー、と素直に認められる人格者だ。

 そんな木崎茜の友人グループにいられれば、この二年七組においても頂点は無理でも、並み以上の立場があるのは確実。

「北大路瑠璃華の扱いにさえ気を付ければ、木崎さんは問題ないはず」

 木崎茜が冗談抜きの本物のレズであり、そのお相手が幼馴染の北大路瑠璃華である、というのは当人だけが内緒だと思っている、公然の秘密というやつだ。直接、本人に問いただした者はいないのだが……一年間も二人の関係を見ていれば、それが事実であると確信するしかない。アレはどう見ても、ただのバカップルです。本当にありがとうございました。

 ともかく、北大路瑠璃華とは当たり障りなく接してさえいれば、木崎茜は素晴らしい人格者のままでいてくれるし、こんな自分でも受け入れてくれるとの打算が愛莉にはあった。

「あー、でも、あの子がくっついてくると、容姿レベル倍増だから、私の他にブス担当が欲しいなー」

 晴れて同じクラスとなった、茜と瑠璃華が四六時中くっついているのは確定。北大路瑠璃華は、茜とは対照的に小さく可愛らしい容姿に特化した、ロリータ型の美少女である。タイプの異なる美少女が組めば、華やかさは二倍以上。愛莉の石コロぶりも磨きがかかる。いわば、二年七組で起こっている容姿カースト問題が、今度は友人グループで発生するということだ。

 そうでなくとも、茜と瑠璃華のバカレズカップル空間に、自分一人だけ友達面して居座るのは最悪の居心地だろう。

「あー、ないわー、これは何としても、もう一人いるなー」

 クラス名簿を見ただけで、ああだこうだと一人勝手に散々悩んだ愛莉だったが……とにもかくにも、彼女は賭けに勝った。というより、実に上手く、都合よく、事が運んでくれたのだ。

「あ、私は双葉芽衣子。姫野さん、よろしくね」

 学年最大、最重量を誇る大横綱ブタバ、もとい双葉芽衣子を、料理部で一緒だからと北大路瑠璃華がお気に入りのクマのぬいぐるみにでも抱き着くようにしながら、友人グループに引っ張ってきたお蔭で、愛莉の最後の懸念も晴れた。

 白嶺学園最強のデブ女であるところの双葉芽衣子が仲間内にいれば、自分の凡庸さなど隠れて目立たなくなる。木崎茜、北大路瑠璃華、姫野愛莉、双葉芽衣子。この四人組みを見た時、人は茜と瑠璃華の麗しい百合カップルに微笑むか、芽衣子の規格外の巨体を嘲笑うか。劣った容姿に向けられる嘲笑の的、それを愛莉は双葉芽衣子という盾を得たことで、都合よく回避できるという理屈。

 自分の立場を上げるために、可愛い友人が欲しい。

 自分の立場を下げないために、醜い友人が欲しい。

 なるほど、姫野愛莉は確かに、普通以下の女子である。

 自分が傷つかないために、単なる保身のためだけに、誰かを見上げて、見下して。利己的な損得勘定で得た安寧の中で、それを省みることもなく、認めることもなく、無意識に無自覚に自己肯定の正当化。

 女の友情など、所詮はそんなモノ。訳知り顔でそう言う者もいるかもしれない。

 しかし、それを当たり前だと豪語して、そんなモノを友情だと勘違いしているならば、その精神性は気高いものではないだろう。捻くれた性格と自嘲し、冷たいリアリストと驕る、ただ捻じ曲がっただけの性根に過ぎない。

「はぁー、良かった……これでとりあえず、七組でもやっていけそうだわー」

 顔はイマイチ、体は貧相。おまけに心根もほどほどに濁っている。

 姫野愛莉は、普通以下の女子であった。




「あぁ、うぅうええ、あああぁあああ……」

 涼やかに清水が湧く妖精広場の噴水、その傍らで、姫野愛莉は滂沱の涙を流しながら嗚咽を漏らし、おまけとばかりにゲロも吐いていた。

 泥で薄汚れたセーラー服に、ボッサボサに飛び跳ねた髪の毛。あまり身なりに気合いを入れている方の女子ではない愛莉をしても、「ないわー」と言わしめる酷い有様だが、現在の状況――そう、突然の異世界召喚からのダンジョンサバイバルにおいて、自分の見た目など気にしている余裕など一切ありはしなかった。

「む、無理……マジで無理、こんなの絶対無理だからぁ……」

 嫌な予感は最初からしていた。やった、憧れの異世界召喚ファンタジーだ、これで私も王子様とか執事とか騎士とかに囲まれて超絶イケメン逆ハーレム爆誕! とか、いくらなんでも理想と現実を混同するほどバカではない。

 しかしながら、いざ本当に見知った教室から、見覚えのない石造りの部屋に放り出され、さらには魔法の力――天職『治癒術士』を授かれば、期待しちゃう。もしかして、本当に私だけの素敵な異世界ファンタジー始まったのでは、と。

 そして、その期待は始まりの部屋から出発して、三分もしない内に木端微塵に打ち砕かれる。

「ゲブラッ! ゼバッ、ウバァアアアアアアアアアアッ!」

 ゴーマ、という魔物の名前を知ったのは、泣きに泣いて、胃の中のモノを全部吐き出して、呆然自失として数時間の時を過ごしてから、ようやく思考が再起動した後になってからのことだ。

 ともかく、愛莉はゴーマと出会ってしまった。そして、この異世界ダンジョンの現実を知る。

 生で見る魔物の、なんと恐ろしいことか。ゴキブリのような黒く滑った肌の人型生物。キモい、あまりにキモすぎる。そして、血走った眼で、涎をまき散らし、錆びついた刃物を振り上げて、一直線に襲い掛かってくるのだ。

 そんなの、女子高生じゃなくても耐えられない。ピストルを所持している現役警察官でも、果たして発砲して反撃できるかどうか。

 だから、『治癒術士』の初期スキルに含まれていた攻撃魔法『光矢ルクス・サギタ』を持っていても、愛莉には一発たりとも放つことはなく、ひたすら絶叫を上げて、無我夢中で逃げ回ることしかできなかったのも致し方ないだろう。

 魔物と戦う覚悟も固まらない内にゴーマと出くわしたのは不運だったが、最初のエンカウントから逃走し、妖精広場に辿り着くことができたのは、幸いであった。

「終わったー、私の人生、完全に終わったー」

 呆然自失のショック状態から回復し、魔法陣情報をチェックして、ひとまず水を飲みながら妖精胡桃をポリポリ齧っているのだが……冷静になって考えても、自分にダンジョン攻略など不可能だとしか思えなかった。

「なんで異世界に来る奴はみんなチートなのか、分かったわー」

 ある日突然、剣と魔法の異世界にやって来た普通の女子高生が、ドキドキワクワクの素敵な大冒険、勿論イケメン達の逆ハーレムは標準搭載、な作品を幼いころからそれなりに嗜んでいた愛莉からすると、「またチート、またご都合主義、いい加減にしろテンプレ作品め」などと馬鹿にすることもあったものだが、いざ自分が巻き込まれてみれば、理解せざるを得ない。

 甘く優しい文明社会である現代日本で生まれ育った女子高生が、もしも異世界に飛ばされたならば、自分自身がチート能力者になるか、チート級の保護者がいなければ、生きていけないのだ。

 モンスターと戦うなどとんでもない。敵などいなくても、ダンジョンなんて場所を延々と歩いて探索するのも難しい。リアルの世界でも、山やら洞窟やら密林やら、未開の地を探検するには、相当の装備や物資といった準備、さらには本人のサバイバル技能といったスキルも求められる。

 素人を危険なモンスターが闊歩する異世界に放り出しておいて、生き残れ! というだけでも無理なのに、魔物を倒してダンジョンの最奥を目指せ! などとは無茶ぶりもいいところだ。

「っていうか、回復職でソロはないわー」


微回復レッサーヒール』:負傷を微かに回復させる、光の治癒魔法。


光矢ルクス・サギタ』:光属性の下級攻撃魔法。


閃光フラッシュ』:目が眩むほどの強い閃光を放つ。


 以上が、愛莉の授かった『治癒術士』のスキル構成である。

 天職の基礎となる治癒魔法に、最低限の攻撃手段としての『光矢ルクス・サギタ』、多数を相手にしても目くらましで逃走などのアシストにも使える『閃光フラッシュ』と、その性能だけで見ればバランスのとれた構成ではある。実際、試しに放ってみた『光矢ルクス・サギタ』を見れば、なるほど、コレが命中すればあの恐ろしくキモいゴーマだって倒せるだろうと思えるほどの威力。

 しかし、立派な武器があっても、本人がそれを駆使して戦えるかどうかは、また別の問題である。確信を持って言える、姫野愛莉は次にゴーマと相対しても、決して魔法で反撃することはできない。

「だって私ぃー、女の子だもーん」

 甘ったれたクソみたいな言い訳はしかし、紛れもない事実でもあった。どこにでもいる普通以下の女子高生に、命をかけた魔物との戦いなんて、できるはずがないのだ。

 力はあるが、戦いはできない。

 妖精広場という安全地帯はあるが、脱出するにはダンジョンを進むしかない。

「いや、だから無理だから、こんなRPGの初期能力みたいな力でやっていくとか、普通の女子の私には無理なんだってぇ……」

 戦うことも、進むこともできない。けれど、死にたくないし、帰りたい。

 理解する。自分自身の能力だけでは、決して乗り越えることはできない事態に直面していると。

 そういう時、姫野愛莉はどうするか。普通の、普通以下の女の子は、どうするのか。

「うっ、うぅ……うううぅ……」

 決意も覚悟も持たない日本人の女子高生は、泣くしかない。泣いて、絶望するしかない。

「うぅううう、あぁあああああ!」

 そうして、生きるための戦いを放棄した者から、このダンジョンという環境では死んでゆく――はずだった。

「誰か、誰かいるの!」

「ハッ!?」

 声が聞こえた。男の声。一瞬、自分が現実世界の教室に戻ったかのように錯覚した声は、間違いなく、クラスメイトの男子の声だから。

「あっ……えっと、姫野さん、だよね?」

「えっ、あっ……中嶋君?」

 現れたのは、クラスメイトの男子、眼鏡のフツメン、中嶋陽真であった。

「あの、なんか凄い泣いてたみたいだけど、その、大丈夫?」

「な、中嶋くぅうーんっ!」

「うわぁっ!? ちょ、ちょおっ!?」

 一も二もなく、愛莉は中嶋へ抱き着いた。泣きながら、それでも、さっきのようにショックのあまりに鼻水もゲロもまき散らすような無様なモノではなく、か弱い女子を演出するための、大袈裟ながらも可愛らしい泣き方で。

 果たして、二人の出会いは運命なのか。絶望の中で死にゆくだけだった愛莉の元に、中嶋陽真という一人の男子が現れたことで、一筋の希望が灯ったことは事実である。

 よっしゃあ! 男子キタ! これで勝つる! さぁ、か弱い女子の私を守るために、キリキリ戦いなさいよ中嶋陽真!

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[良い点] 小太郎が思っていたよりも、男の娘だということです。
[一言] なというお腹BLACK
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