第102話 天道VS横道
横道は激怒した。
「テメぇらはいつまでクラスカースト頂点のつもりだよ、このカスが! いいかぁ、この異世界では俺が主人公なんだ、お前らみたいなテンプレDQNキャラはいいからさっさと蹂躙されとけよ! っつーか、今やる、俺が蹂躙する、復讐タイムキタコレ! 蘭堂ぉ、テメぇのバカみたいにデケぇ爆乳をぉおおおっ、喰い千切ってやるぜぇあああああああああああっ!」
狂ったような絶叫と共に吐き出されたのは、矢のように飛んでゆく、長い舌であった。人間のモノではない。カエルのように長い舌は真っ直ぐ伸び、塔へ退避しつつある杏子の体へと迫る。
舌の先端は拳大に膨らんでおり、そこから無数の棘が生えている。黄色くヌメっているのはただの唾液ではなく、麻痺毒液。肌に触れれば、たちどころに身体能力に影響を及ぼす。
あるいは麻痺の効果よりも、横道が繰り出す異形の舌で舐められる、生理的嫌悪感の方が人にとっては重大な影響かもしれない。
物理的にも精神的にも毒である、魔物のカエルの舌は狙い違わず杏子の体へ――
「お前の相手は俺だ。間違えんなよ」
射られた矢を掴むような早業で、龍一の右手は飛んでゆく舌先を掴んでいた。
「ンギィッ! いっ、いっでぇーっ!?」
舌が容赦なく握り潰されそうになる、その寸前でヌメりを利用して手から脱することに成功。どうにか、双葉芽衣子にやられた時の二の舞にならずに済んだ。
「このぉ、いきなりヒデぇことしやがる! 舌はデリケートなんだぞぉ!」
「ちっ、いきなり汚れちまった。素手じゃなくて、良かったぜ」
軽く手を振って、指先についた毒の唾液を飛ばす龍一。その右手には、いつの間にか黒い手甲が装着されていた。
「んあぁ? なんだよ、その手は、ガントレットかよ!」
「さぁな。コイツも、最近出せるようになったばかりのもんだから、俺もよく分かんねぇ」
継承スキル
『王鎧』:王に相応しい鎧を拵える。
どうやら、『王剣』の鎧バージョンらしいことは、すぐに分かった。強いて違いをあげるとするなら、素材の質をそのまま反映する『王剣』とは異なり、『王鎧』は最初から黒い金属製の装甲が形成されるという点だろう。
それと、スキルが成長しなければ、全身を覆うまで鎧は作り出せない。まだ習得したばかり、具体的には、小太郎が杏子を連れ回してレベルアップに明け暮れていた頃、広場でゴロゴロしている内にいつの間にか授かっていた。
特にキッカケもなく得た新たな継承スキルだが……この鎧はなかなかに強力である。まだ右手の肘までしか形成できないが、それでも拳一つで、地底湖ボスである大ワニの一番厚い甲殻を叩き割れるほどだ。
「ちいっ、防具なんか使ってんじゃねーぞチキン野郎が!」
「しょうがねーだろ、ちょっとお前は素手で殴りたくねぇからな」
ここまで汚らしい風体の相手と喧嘩をするのは、いくら天道でも初めての経験である。特に潔癖というほどではないが、誰だってクソした後の便器に触れたいとは思わない。
今の横道は、あのゴーマの方がまだ清潔感のあるファッションしてると思えるほどに、酷い姿である。
「人のことを汚物扱いしやがってぇ……そぉーゆうナチュラルな差別がイジメってのを引き起こすんだよこの社会のゴミクズがぁーっ!」
我が身を省みることなく、もっともらしいことを叫びながら、横道の怒りはさらにヒートアップしていく。いよいよ本気で殺意を抱いたのか、背負った大剣の柄に手をかける。
急激な前傾姿勢は大猪を彷彿とさせ、次の瞬間には爆発的な猛ダッシュで駆けてくると予想できた。いや、恐らく横道の突進は予測以上のモノとなる。
短く太い両足だが、筋肉が膨れ上がったように太さを増し、さらに足の裏からは本物の大猪の蹄が現れていた。上靴を履いているように見えたが、どうやらゴムの靴底はとっくに抜けてしまっていたようだ。
「今こそ俺はぁ、このクラスカーストという腐った制度に反旗を翻すぅ! かぁ、くぅ、ごぉ、しやがれ天道ぉおおおおおおおおおおおおおっ!」
ドン、と足元の地面が爆ぜると共に、凄まじい速度で横道が走り出した。丸い体が一直線に疾走してくる姿は、さながら砲弾。
そして、人間大砲な勢いで迫る横道を前に、天道はピクリと眉をひそめた。
「やっぱ殴れるほど近づきたくもねーわ」
漆黒のガントレットを纏う右手に、俄かに炎が灯る。掌の上に形成された拳大の火球は、軽く放り投げる様な動作とは裏腹に、200キロの剛速球を繰りだすピッチングマシンが投げたような速度でもって放たれた。
「はぁ、火ぃっ!? なんでっ、ナンデ火ぃいいいいいいいいいいいいいいいっ!」
火球が直撃し、絶叫を上げながら火だるまとなって横道は転がる。
「熱っちぃいいい! 熱っ、アッツァアアアアアアアッ!」
「なんだ、意外と元気じゃねーか」
全身火傷で死亡確実と思えるほど、激しい炎に全身が包まれながらも、地面を転がり回る横道はリアクション芸人のように威勢よく声を上げ続けていた。
そうして、その内に炎は消えて、一見すると黒焦げになったように思える姿だったが、
「熱っちいだろこの馬鹿! 火耐性スキルなかったら死んでるわぁ!」
ガバリ、と勢いよく起き上がった横道は、黒こげになった学ランを脱ぎ捨てる。激しい炎によって原型をとどめぬほどボロボロとなった学ランだが、その下から現れたのは横道のたるんだ体ではなく、赤とオレンジと黄色のグラデーションを描く毛皮であった。
「随分と立派な毛皮を着こんでるじゃねーか。いや、着てるんじゃなくて、生えてんのかよ、ソレ」
火の粉を噴く赤い犬の魔物と同じ毛皮と思われるが、横道が纏うのはソレを材料にしたコートではなく、間違いなくその体から直接生えていた。
魔法でもなければ、武技でもない。強いて近いものを上げるのなら、素材を取り込んで形状を変化させてゆく、小太郎の泥人形レムであろうか。
「ぶふっ、ぶへへぇ……そうさぁ、コレが俺に与えられた最強の力、喰らった魔物の力を奪う『スキルイーター』だ!」
「喰らった魔物の力を奪う、か……はっ、どっかで聞いたような能力だな」
「そうさぁ、主人公に与えられるテンプレ能力だっ、けっ、どっ! リアルでこの力を得た俺は世界最強のオンリーワン! チート無双でハーレム王に、俺はなる!」
「あー分かった、分かった、それじゃあ世界最強のハーレム王さんよ、さっさとかかって来い」
喧嘩はまだ、終わっていない。むしろ、ここからが本番。
炎の魔法を耐えてみせた横道だ。どうやら、倒すにはいよいよ接近戦をするしない。汚いのは嫌だが……それでも、コイツと戦り合うのは楽しそうだと、ようやく気が乗って来たところだ。
「イキってんじゃねぇぞ、天道ぉ! 俺が喰らってきた真の力っ、見せてやるぜぇえええぁあああああああああああああっ!」
叫びながら、大きくバンザイをするような格好の横道。すると、メキメキと音を立てて、毛皮に覆われた背中から、まるで翼でも生えていくかのように、急激に盛り上がっていく。
毛皮を割き、少しばかりの血飛沫を上げて背中より飛び出してきたのは、一対の腕。
右は、鋼の甲殻を持つ野太い腕。ナイフのように大きく鋭い爪が並んだ、鎧熊の腕である。
左は、鮮やかな緑色の細腕。しかし、その肘関節から先は、鋭利な大鎌と化す、ナイトマンティスの腕だ。
人間でありながら、毛皮に覆われ、背中から鎧熊とナイトマンティスの腕を生やし、合わせて四本腕と化した横道は、最早、魔物と呼ぶべき姿であった。
「へぇ、意外と似合ってるじゃねーの。教室で寝たフリしてるお前より、今の方がカッコいいぜ?」
「ぬわぁあああああああっ! 俺の孤高をぉ、馬鹿にしてんじゃあぁねぇぞぉ、天道ぉおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
さりげなくクラスでの振る舞いをディスられたことで、さらに横道の怒りが燃えあがる。再び両足はパンプアップされ、爆発的な勢いで天道へと飛び掛かって行く。
今度は、火球に正面からぶつかっても、そのまま突っ切ってこれるだけの勢いがあると、天道は察した。
「死ぃ、ねぇ、やぁ――『大一閃』ぅうううううっ!」
猛ダッシュから大ジャンプ、人の両腕で握った大剣は大上段の構えから、必殺の武技が解き放たれる。そのスピード、パワー、たとえなまくらの剣であったとしても、人間を縦に真っ二つにするだけの威力を秘めていることは明らか。
「――出ろ、『王剣』」
横道の必殺『大一閃』を、黄金の輝きと共に虚空から引き抜かれた、真紅の大剣が受けた。
衝突、刹那、激しく散る火花。
しかし、火竜を征して得た王剣を握る天道の体は揺らがない。両手持ちで武技を放った横道に対し、天道は抜刀した格好のまま、右手一本だけで剣を握っている状態であった。
「デブなだけあって、重いな」
「ぐっ、く、クソがぁ、片手で止めて調子乗ってんじゃねぇぞぉ、コラぁっ!」
渾身の武技をあっさり受け止められたことに、正直、かなり動揺はする。
だが、今の横道は剣一本を頼りにする剣士ではない。人の体の制約を越えて、さらに二本の魔物の腕を持つ横道にとって、剣術と武技など、自身の戦闘能力のごく一部に過ぎない。
剣を止めた格好の天道。すかさず、そこに鎧熊の爪とナイトマンティスの大鎌を叩き込む。
「おっと、流石に四本腕となると、迫力が違うな」
素早く身を翻し、王剣を両手で握った天道は、合わせて四本の腕から繰り出される攻撃を的確に弾いた。
横道が持つ大剣よりも、さらに刃が大きく、幅も広い、重厚かつ長大な王剣だが、天道はそんな大型武器を軽々と振り回す。
「ちっ、いっ、喰らいやがれ!」
「この程度の早さと手数じゃあ、喰らってやれねーな」
大剣と爪と鎌、三つの武器が一人の相手から同時に繰り出される、嵐のような連撃を前にしても、天道は涼しい顔のまま。
横道は自分の能力を十分に活かしている。熊とカマキリの腕も、自由自在に動かし、まるで最初からある本物の自分の腕であるかのようだ。大剣による太刀筋も、なかなかに鋭い。天道でも、生身で直撃すれば容易に肉も骨も断ち切るだろう。
「くそっ、当たれっ、オラっ! オラオラオラオラっ!」
「おいおい、速さばっかに集中してっと、パワーが落ちるぜ」
横道の力は脅威に値する。だが。恐れる必要はない。
なぜなら、その攻撃は実に単調。武技といっても、所詮は決まったモーションでのみ、威力が上がるだけの大技。モノによっては、溜めさえ必要とする。横道の攻撃を見切ることは、天道にとっては容易いことだった。
こういうヤツを相手にすると、改めて、剣術という技を修めている、蒼真悠斗の強さを実感する。
「はああっ!? おい、今の絶対当たっただろ!」
「さぁな、残像でも斬ったんじゃねぇのか?」
剣と爪と鎌で、嵐のような猛攻をしかける横道だが、天道はどこまでも余裕の表情で攻撃を捌き続ける。
横道は人間離れした姿に見合った、凄まじい力がある。しかし、そこに技はない。ただ真っ直ぐ、どこまでも正直に、狙った場所へ、狙った通りに攻撃がくるだけ。動作の隠蔽やフェイントなど、そういった駆け引きが一切なければ、あとはもう、反射神経とそれについてくるだけの体があれば、避けられない道理はない。
「お前は、この辺が限界か――」
その時、防御と回避に徹して、一方的に攻撃を受けるがままだった天道が、初めて剣を振るった。
武技でも何でもない、横薙ぎの一閃。
「んあっ?」
しかし、輝く真紅の軌跡を残す斬撃は、横道が生やす熊とカマキリの両腕を、肘から断ち切っていた。
「あぁああああああああああっ! う、腕ぇ!? 俺の腕がぁああああああああっ!?」
「いや、お前の腕じゃあねーだろ」
果たして生やした魔物の腕に神経は通っているのかどうか、よく分からないが、一瞬の内に二本の腕が飛んでショックを受けているらしい横道へ、天道はツッコミ代わりに蹴りを叩き込む。
軽く放った回し蹴りは、横道の脇腹に直撃。
「んぎぃいいああああああああああああああああああああああああああああっ!」
横道はたまらず、地底湖いっぱいに響くほどの大絶叫をあげながら、その場に倒れてもんどりうった。
「痛がりすぎだろ。体は脆いのか?」
「い、い、いっ、痛ぇ……イデェよぉ……ち、ぢくしょぉ……折角、治りかけ、だったのにぃ……」
不運にも、そこは最近ようやく塞がりつつあった、小太郎の呪いの傷を受けた箇所であった。
「古傷か、悪ぃな」
悲痛なほどの呻きをあげながら、さめざめと涙を流してマジ泣きの横道に、天道は冷たく声をかける。
「まぁ、結構楽しめたぜ」
すでに、戦いは終わったとでも言うように王剣を黄金の粒子に変えて消えてゆく。
「ぜぇ……はぁ……く、くそぉ……この傷がなけりゃあ、お、お前なんて、俺の本当の力で――」
「じゃあな、横道。たまには水浴びくらいしろよ」
最早、言葉を交わすつもりもないと、一方的に天道はトドメの蹴りを放った。長い足から繰り出される、華麗かつ強烈な回し蹴りは情け容赦なく、古傷が開いて血が滲む脇腹に再度クリティカルヒットした。
「いぃいいぎゃあああああああああああああああああ!」
壮絶な悲鳴を上げながら、横道の丸い体が吹っ飛んで行く。100キロ近い肥満体だが、超人的な脚力による回し蹴りで軽々と五メートルは宙を舞い、さらに勢いのままに地面を転がり――ドボーン! と、激しい水音を立てて、地底湖へと落ちて行った。
「天道くーん、終わったの?」
「ってか、横道、死んだの?」
戦いの終りを察して、塔に一時避難していたジュリアとマリアが戻ってくる。杏子はまだ入り口の辺りで、警戒していた。
「さぁな、根性がありゃあ、生きてるだろ」
龍一が横道にトドメを刺さなかったのは、彼にとってこの戦いはちょっとばかり激しい喧嘩であって、何が何でも命を奪わなければいけない殺し合い、ではないからだ。
せめて男子クラス委員長の『召喚士』東真一が使役したドラゴンほどの戦闘能力がなければ、確実にトドメを刺そうと思えるほどの危機感は覚えない。かといって、こちらを本気で殺そうと襲いかかって来た相手ではあるから、倒すにあたっても命は奪わないよう配慮してやる義理もない。
これで死んだなら、横道はそれまでの男だったということ。今の龍一にとっては、この敗北を糧に、更なる力を得てリベンジに来てくれる方が、喧嘩のし甲斐があるとさえ思えた。
「それじゃあ、行くぞ。もう変な邪魔が入んねー内にな」
この地底湖では、ボス以外に大量のジーラに攻められたり、蜘蛛の魔物に小太郎が攫われたり、横道が喧嘩をふっかけてきたりと、イレギュラーが多すぎた。流石の天道も、これ以上の突発イベントは勘弁してくれと、やや疲れた表情である。
そして、それはジュリアとマリアも、転移するために魔法陣へとトボトボ歩いてきた杏子も全く同じ。
むしろ、彼女達の方が疲労感は色濃い。特に杏子はジーラとの激しい戦いを経たせいか、否、彼女の心残りは、初めて失った仲間についてのみであろう。
「桃川……ごめんね……」
天道が掲げるコアによって、適切に発動した魔法陣が輝く中、杏子のつぶやきだけを残して、彼らは転移の光の中へと消えて行った。
「――ぶはぁ! はぁー、ああぁー、しぃ、死ぬかと思ったじゃねぇかクソ、天道テメぇこら、よくもやりやがったなぁーっ!」
すっかり転移を終えた後、地底湖の水面から横道が這い上がって来た。
全身ずぶ濡れなのは当たり前、だが、すでにその体から魔物の腕も毛皮も消えており、姿は素の人間のもの。
しかし、すでに学ランはなく、湖から這い上がる途中でズボンも靴も脱ぎ捨てた結果、横道はほぼ裸。唯一残る衣類は、股間を覆う黄ばんだブリーフ一枚きり。
人の姿ではあるものの、実に変態的な格好へと成り下がっていた。
「って、いねーのかよ! くっそぉ、天道の野郎ぉ、さっさと転移して勝ち逃げ気分かよぉ!」
どれほど鼻息荒く憤ったとしても、すでに当事者が存在しない以上、どこまでも虚しく横道の叫びは地底湖に響くのみ。流石に八つ当たりのしようもなければ、怒りの発露も長続きはしない。
「ちいっ、仕方ねぇ、今日のところは見逃しといてやるぜ。命拾いしたな、天道」
とりあえず、そういうことにしておいた。
「それにしても、あの野郎ただの『水魔術士』じゃねぇのかよ、騙しやがって」
天道は最初に水の壁を作る魔法を使い、次に炎の魔法を放ち、最後には赤い大剣を取り出しては、自分と真っ向から切り合いをした。天職『戦士』の初期スキルを引き継ぎ、今や数多の魔物の力を取り込んだ自分の力は、接近戦でも負けないパワーとスピードを誇ると思っていたが、天道はかなりの余裕を持ってこちらの攻撃を凌いでみせた。
天道が持つ水と炎の魔法、そして大剣による近接戦闘能力。その力は、現実として認めざるを得ない。
「剣も魔法も使えるってことは……なるほど、奴の本当の天職は『魔法剣士』だな」
何もないところから、赤い大剣を取り出したのも、いわゆる一つの空間魔法とか、そのテの類だとアタリをつける。
「ちっ、アイテムインベントリーとか、便利な魔法もらいやがって……許せねぇ、復讐されるだけのクソDQNキャラのくせに、俺が持ってねぇチートがあるなんて!」
この異世界で、チート能力持ちは自分一人だけ。その思考は最早、たんなる希望を通り越した、信仰とさえ呼べるほどの強烈な思念と化している。
「へっ、へへ……まぁ、いいか。チートはチートでも、俺は成長チートだから、要するにコレはあれだろ、強敵DQNキャラをぶっ殺して、更なる高みへ登る的な展開だな。今回のは負け確のイベントバトルってことだろ?」
強力な能力を持つ誰かがいるということは、すなわち、ソレを自分のモノにできるということでもある。強敵の出現は、能力を喰らう、眷属『食人鬼』にとっては脅威であると同時に美味しい獲物でもあるのだ。
「最近は大した能力も喰らってねぇからな。あの天道を殺りゃあ、しばらくは最強……はっ、ってことは、男を食わなきゃなんねぇってことか!? うわー、マジかよ萎えるーグルメの俺が男肉とかマジありえないんだぜー」
食人へのこだわりをのたまいながら、しばらく独り言が続く横道だったが、ふとした拍子に当初の目的を思い出す。
「っと、そうだ、あんなクソDQNのことより、小太郎きゅんの匂いを追わなければ」
急にキリっとした表情で気持ちの悪いことを言いながら、横道はこの地底湖へ現れた時と同じように、手をついた四足となって、豚の様な鼻を地面に近づけた。
「くっそぉ、派手にバトったせいで匂いが消えかけ……むむっ、こ、これはぁ!」
ドタドタと四足歩行のまま、かすかな臭いを辿って横道は地を這うように駆けてゆくと、そこには、一本の槍が落ちていた。
「クンカクンカ……うーん、これは間違いねェ」
何の変哲もない鉄の槍、だが、どうやらコレは小太郎が使っていたモノらしい。恐らく、自分の脇腹を刺したのと、同じ槍。
そんな因縁のついた槍を、上から下まで舐めるように鼻をつけて嗅ぎまわると――ベロリ、と本当に横道は舐めた。
「ふへへっ、コイツは小太郎きゅんの味だぜぇーっ!」
ベロベロと長い舌を振り乱し、絡ませ、恐らく小太郎が握っていただろう柄の部分を味わう。当然、味など錆臭い鉄でしかないのだが、ほんの僅かに小太郎の匂いが残っているというだけで、横道を狂わせる。
地面に落ちて土や砂がついているにも関わらず、横道は一心不乱に柄を舐めまわし、小太郎の血を口にしたあの時の快楽を思い出してはもだえる。言葉にならない奇声をあげながら、横道は槍を思う様に涎でドロドロにし、ついでに、酸を吐く赤い蟻の魔物を喰らって獲得した酸性の唾液で槍が溶けるまで、その奇行は続いた。
「ぜぇ……はぁ……あー、堪んねぇ……喰いてぇ、小太郎きゅんを喰いてぇよぉ……」
酸で溶け落ち原型を留めぬ槍を放り投げ、横道はクスリでもキメたように虚ろな顔と覚束ない足取りで、ゆっくりと歩き出す。
「あぁ……腹ぁ、減ったなぁ……」
そうして、餓えに狂った『食人鬼』は、さらにダンジョンの奥地へと進んでゆくのだった。
第8章は今回で最終回です。
次回はクラス名簿を更新します。第9章の話は、クラス名簿の次からになります。




