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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第8章:王の力
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第100話 地底湖塔の攻防(2)

「桃川、こんなんで大丈夫かな?」

 階段を上り切り屋上へ入ると、四方からズラっと鋭い岩の槍がお出迎え。一列並べば御の字だろうと思っていたけど、岩槍はファランクスのように、角度を変えて二列も立ち並んでいる。そして、その後ろには三メートルはありそうな、立派な土の壁がそびえ立っていた。

「おお、凄い! 十分だよ、よくここまで作れたね」

「うん、何か、急に早く作れるようになったから」

 ここにきて熟練度レベルが上がるとは。やはり、実戦に勝る訓練はないということか。

「っていうか、桃川、壁登れる?」

「大丈夫、これで何とか――」

 完全に入り口周りを塞ぐように壁は立っているから、閉じ込められた形になるけれど、僕には便利な触手があるからな。

「――よっ、と。結構、難しいな」

 どうにか、よじ登ることに成功。

 黒髪縛りを利用して、壁を登ったのは初めてだ。もっと上手くスイスイと登れるかと思いきや、意外とこれが上手くいかず……高さが三メートルそこそこで良かった。五メートルくらいだったら、ダメだったかもしれない。今度、練習しておこう。

「ねぇ、これ……そろそろ、来るよね」

 ジーラ共は着々と土壁を破っているのだろう。もう、すぐそこまで奴らのやかましい鳴き声が聞こえてくる。残った壁は、あと一枚か、二枚か。

 たった四人で、この最終防衛線を支えきれるのか。一体、ここだけで何分もつ。

「……見ての通り、僕らにはもう逃げ場はない。背水の陣ってヤツだ」

 たとえ一分ももたなかったとしても、僕は後悔しない。やれることは、全部やった。そして何より、蘭堂さん、野々宮さん、芳崎さん、全員が最善を尽くしたんだ。蒼真桜の、最悪のハーレムパーティの時とは違う。

 ここまで、みんなが頑張ったんだ。だから、後悔はない。でも――

「僕はこんなところで、死にたくないし、みんなが死ぬところも見たくない。だから、頑張ろう。最後まで、諦めずに」

 そうして、ついに奴らは現れた。

「ギョアっ!」

 ついに土壁を突破してきた、最初のジーラと目が合う。槍を手に、鱗を泥で汚しつつも、その無機質な魚の目は、確かな殺意を秘めて、僕を睨んでいた。

 舐めるなよ、魚野郎。死ぬのはお前らの方だ。

「これでもくらえっ、『石矢テラ・サギタ』ぁあーっ!」

 蘭堂さんが放つ渾身の土魔法が、吠えるジーラの顔面に突き刺さった、その瞬間。


 ドゴォオオオオオオンっ!


 とんでもない爆発音と共に、塔がグラりと揺れた。

「うわあっ!?」

 何だ、と思う間もなく、爆発音は二度三度、連続的に響く。そして爆発が起こる度に、塔が身震いするように、不吉な震動に襲われる。

 立っていられないほどではないが……それでも、この土壁の上で踏ん張っていることに意味がない、いや、むしろ危険だと僕は察した。

「みんな、壁から降りて!」

 すでに危険な予感はしていたのだろう。 野々宮さんと芳崎さんは転がるように壁から飛び下りていた。二人の天職能力なら、三メートルくらいの高さから落ちるなど、なんてことないだろう。

 けど、普通の身体能力な僕は、

「桃川、待って! 高い! ウチ、降りらんないよーっ!?」

 ああ、そうだ、魔術士クラスの蘭堂さんも、身体能力強化の恩恵はないんだ。

 落ちて足をくじくくらいならいいけど、万が一、頭でも打ったら大事だ。僕と蘭堂さんが安全に降りるには……

「逃げ足を絡め取る、髪を結え――『黒髪縛り』。蘭堂さん、来て!」

 耐久性が不安だったから、フル詠唱で黒髪縛りをロープ編み。今の僕なら大丈夫だと思うけれど――

「桃川ぁーっ!」

「むおおっ!?」

 すぐに意図を察してくれたのはありがたいけれど、だからって、真正面から抱き着かれると、なんだ、この、僕の視界を塞ぐ凄い柔らかいおっぱい、おっぱいだよ、コレ!

「行くよっ!」

 身長差があるから、蘭堂さんが正面から僕を抱きしめれば、当然、僕の頭は彼女の胸元に当たるわけで。で、蘭堂さんの胸元といえば、無防備なんだか挑発してんだか分からないけれど、ブラウスの隙間から晒される褐色の深い谷間を見れば分かるように、そのバストは非常に豊かで、メイちゃんを除けばクラスで一番で、ソレが今、僕の顔面にあるわけで。

「――ぷはぁ! はっ、はぁ……走って、蘭堂さん」

「うん!」

 気が付けば、無事に床へと着地を終えていた。

 今、僕は物凄く幸せな体験をした気がするけれど、もうさっきから頭の中で生存本能がガンガンとレッドアラームを鳴らしている。一刻も早く、入り口から離れなければ――


 ズドォオオオオオオオオオオっっ!


 突如として背後から襲った灼熱の衝撃波と轟音で、僕はゴロゴロと石の屋上を転がった。

「痛っ、たぁ……」

 振り向き見れば、僕らが最終防衛線だと意気込んで待ち構えていた入り口から、巨大な火柱が立っていた。轟々と燃え盛る紅蓮は、間違いなく、塔の下からここまで、貫いていることだろう。

 つまり、塔の中にひしめいていたジーラの大群は……

「――よう、お前ら、無事だったか」

「キャァーっ! 天道くぅーん!」

「天道君、マジ助かった、ありがとぉーっ!」

 僕はよろよろと屋上の淵まで歩いて、下を覗き込めば、そこには黒焦げとなった大地と、その真ん中に堂々と立つ天道君の姿があった。

「……ありがとう、天道君。危うく死ぬところだったよ」

「ツイてたな、桃川」

 天道君に皮肉は通じない模様。ボスを倒し、ジーラを焼きつくし、一仕事終えた気分なのだろうか。彼の口には、例の煙草ワイルドセブンがくわえられていた。

「天道ぉー、ありがとねー、でも髪焦げそうになったし、もっと気を付けれ!」

「あー、悪ぃ」

 流石は蘭堂さん。堂々と天道君にクレームをつけられるのは、彼女しかいない。これで次回から、助けに入る時は気を遣ってくれればいいんだけど……

「桃川もさ、ありがと」

「僕は別に、蘭堂さんの方がMVPだよ」

 石弾での遠距離攻撃に、土壁によるバリケード。今回の戦いにおいて、最も貢献度が高いのは蘭堂さんに違いない。

「ウチは桃川の言う通りにしただけだし。多分、ウチらだけだったら、フツーに死んでたよ。や、桃川いなかったら、ジュリとマリともヨリ戻せなかったし、もっと前に死んでるわ」

 あはは、と今だからこそ、そんな風に冗談として笑えるのだ。

「ありがちな言葉だけどさ、みんなが頑張ったから、ってことだと思う。誰が欠けても、生き残れなかったよ」

「うんうん、そーだよね。でも、ウチが一番、桃川に感謝してるってのは、ホントなんだから――」

 不意に、蘭堂さんが近づいた。フワっと鼻に香るいい匂いに、ドキっとした時には、唇が重なっていた。

「んっ!?」

 え、なにこれ、キス? これが、僕が、蘭堂さんと、ありえない、なんだソレ、めっちゃ柔らかいんですけど!

「――へへっ、初めてだった?」

 ああ、サキュバスって奴がいたのなら、こんな顔で笑うに違いない。蘭堂さんの浮かべる悪戯っぽい微笑みに、僕は脳みそが溶けるかと思った。

「なっ、な、なんで……」

 夢のような時は一瞬にして過ぎ去り、僕は何が起こったのか理解してから、ようやく言葉を発した。なんとも情けない、キョドった台詞である。ええい、心臓がドクドクとうるさい。

「あ、ごめん、イヤだった?」

「い、嫌じゃない、けど……」

「けど? 彼女いるとか? 好きな子いたとか?」

「いや、彼女もいないし、別に好きな人がいるワケでも――」

「なら、いいじゃん」

 うん、いいのかもしれない。満面の笑みでそう言い切られると、心の底から納得できた。

 そうだ、いいに決まってる。ファーストキスの相手が蘭堂さんなら、一体なんの文句があるというのか。

 だいたい、付き合ってもいるワケでもないのにキスするなんて、けしからん! とかいう思想でもないだろう。だから、蘭堂さんが軽い気持ちで僕にサービスしてくれたというのなら、深い感謝の気持ちと共に、ありがたく受け入れようじゃあないか。

 えっ、蘭堂さんが僕に惚れたという可能性? ないない、そこまで期待しちゃうのは、実に愚かなことだよ。これで相手がメイちゃんだったら「うわっ、マジで僕に惚れた!?」とか思うかもしれないけど、まぁ、蘭堂さんのキャラ的に、キス如きであたふたしている僕なんて……やめよう、なんか虚しくなってくる。

 というワケで、これは素敵な思い出の一ページということにしておこう。

 そう結論づけても、ああ、ちくしょう、恥ずかしすぎて、蘭堂さんの顔、マトモに見れないんですけど!

「ねぇ、桃川、ウチさ――」

「えっ」

 蘭堂さんが何か言った、と思って視線を上げるが――何も、見えなかった。

 僕の視界は、白い……何だこれ、糸?

「――んんっ!?」

 僕は何かに捕まった。蜘蛛糸のような真っ白い粘着質な糸の束で、僕は自分が拘束されたのだとすぐに気づいたのは、『黒髪縛り』を愛用しているからこそか。

 白い糸は僕の全身を一息で覆いつくし、全く身動きがとれないまま――急に足が床から離れる。一気に空を飛んだような感覚。けど、これはただ、引き寄せられているんだ。

「桃川っ!?」

 目元に糸がかからなかったのは幸いだった。僕は凄い勢いで引っ張られていく最後の瞬間に、初めて見るほど必死な蘭堂さんの顔を見た。

「――ぐうっ!」

 二秒か三秒か。そんな浮遊感を経験した直後、固い地面にドっと体を打ちつけ、苦痛の声を漏らす。十重二十重と厚く巻きついた糸がクッションになったお蔭か、怪我をするほどではなかったけれど。

 そうして、一本釣りのように捕まった僕は、ようやく捕食者の姿を見た。

「キシシ、キシ、キシキシキシキシ」

 それは、白い糸の持ち主に相応しい、立派な蜘蛛であった。

 巨大でタランチュラのような外観だった『ルーク・スパイダー』とは異なり、背丈は人と同じ程度。だが、異様なほどに細長い八本の足と、大きく膨らんだ腹部から、そのシルエットは女郎蜘蛛に近い。黒と黄色の不気味なカラーリングも、実にそれらしい。

 けれど、蜘蛛の胴体に繋がる上半身だけは、やけに人らしい形状をしている。固そうな黒い表皮に覆われた、女性、らしきラインを描く。心なしか胸元は丸く膨らんでいるようにも見えるし、腰も細くくびれている。けれど、同じく真っ黒い表皮を被った頭は、赤く輝く八つの目と、大きく裂ける口元と鋭い鋏角を備えて、実に化け物然としていた。

 蜘蛛の下半身に人の上半身を持つアラクネって、大抵は人の部分が美人のお姉さんじゃないのかよ――そんな筋違いの不満を抱いたところで、僕の視界は再度吹きつけられた蜘蛛糸によって、完全に潰されたのだった。

 目も見えない。体も動かない。仲間とは一気に引き離されて、レムさえ傍にいない。

 あれ、もしかして僕、ここでゲームオーバー?

「……っ!?」

 その瞬間、雷に撃たれたような衝撃と鋭い痛みが全身を駆け抜ける。ああ、噛まれたんだ。そう認識したものの、あまりの痛みに、僕の意識はもう――

 2017年8月11日

 ついに『呪術師は勇者になれない』も100話です。ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます! しかし、まだまだ先は長いので、きっと200話もその内に越えるかと思います。

 それでは、これからも『呪術師は勇者になれない』をどうぞよろしくお願いいたします!

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