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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第8章:王の力
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第97話 土魔術士の力(2)

 初めてのゾンビ戦に、蘭堂さんはぐったりしていたので、しばし休憩。

「……ねぇ、桃川」

「なに、蘭堂さん?」

 神妙な顔で、ポツリと話しかけてきた。もしかして、やっぱり戦うのは精神的にキツいとか、そういう悩みだろうか。

「なんか、新しい魔法、覚えたんだけど」

「ええっ、マジで!?」

 ゾンビとの一戦だけで、もう新魔法を授かるなんて。僕なんか、あの鎧熊を倒したって、獲得したのは『黒髪縛り』一つきりだったというに。

 いや、まぁ、『黒髪縛り』は僕が一番お世話になってる、万能呪術だけれど。

「へぇー、やったじゃん、杏子。何てやつ?」

「えーと、『石矢テラ・サギタ』、だって」

「名前からして、一番基礎的な攻撃魔法だね」

 委員長と蒼真桜の初期スキルに『氷矢アイズ・サギタ』、『光矢ルクス・サギタ』があったから、『石矢テラ・サギタ』も同じように、土属性の基礎となる攻撃魔法に違いない。

「ちょっと使ってみなよー」

「えー、またどうせゆっくり生えてくるだけでしょー」

「いーからやってみなってー、気になるじゃーん」

「まぁ、いいけどさー」

 ノリノリで試し撃ちを進める野々宮さんに乗せられて、蘭堂さんが渋々、両手を突き出し構えた。僕もその効果のほどは気になるので、黙って見学する。

「『石矢テラ・サギタ』」

 ビュン、ドッ、バキバキ、ドシーン――という擬音が、連続的に響き渡った。

 僕の目には、すぐ前に立っていた林の細い木の幹に、突如として穴が空き、そのまま支えを失った木が倒れていった、一連の動きが映った。何が起こったのか、それは理解できるけど、すぐに納得することは難しい。

「おおぉ、凄ぇ威力! やったじゃん、杏子!」

「え、えっ、今の、ウチがやったの?」

「そうだよ、だって、石の弾みたいのが、凄い速さで飛んでったし!」

 流石は騎士の天職持ち。僕には全く見えなかったけど、野々宮さんには、蘭堂さんが放った『石矢テラ・サギタ』が見えたんだ。凄い動体視力である。

「これなら、杏子も立派な戦力になるよ!」

「そ、そうかなぁ……なんかコレ、撃つの怖いんだけどぉ」

「ゾンビにでも向かって、バンバン撃てばすぐ慣れるって!」

「んー、そっか、そーだよねー、これでウチも、ちょっとは役に立てそうな気がする」

 普通に立派な遠距離攻撃魔法だ。このパーティには、普通に攻撃できる魔術士はいないから、蘭堂さんは貴重な戦力となるだろう。

「ありがとね、桃川」

「うん、強い魔法が手に入って、良かったね、蘭堂さん。おめでとう」

 純粋な感謝の言葉を送られて、僕はそう返したけれど……あれ、何でだろう、どうしてこう、納得いかないんだ。

「でもさー、杏子がこんな強い魔法撃てるんならさー、アタシらの中で、桃川が一番弱くない?」

「……そ、そうですね」

 はい、そうです、私が最弱です。

 すみません、蘭堂さんのこと、初期スキルのまま成長していない格下だと思って、実はちょっと調子に乗ってました。ああ、僕より弱い人がいるんだなぁ。最弱呪術師な僕も、ついに人を教える立場になったのだなぁ。

 そんな風に、驕っていた時期がありました。

「よし、それじゃあ蘭堂さんが強くなったことだし、張り切ってゾンビを撃ちに行こう!」

「ねぇ、桃川、なんか無理してない?」

「してないよ」

「ちょっと泣いてる?」

「泣いてない!」

 いいんだ、蘭堂さんが早くも立派に成長してくれて、速攻でパーティのお荷物を脱出してくれたのだから。

「ほら、早く、行こう!」

「んもー、分かったってばぁー」

「ぷぷっ、桃川、ガキすぎる」

 半ば呆れた蘭堂さんと、あからまさに小馬鹿にした野々宮さんを連れだって、僕は新たな練習台を求めて、歩き出した。

 いや、ほんと、悔しくないし!




「ただいまー」

「あっ、おかえりー、どうだった?」

「杏子、マジで凄くなった」

「ええっ、ウソォ!?」

 第一回目にして大成功すぎる結果を収めた、蘭堂さんのレベル上げ作戦を終えて、僕らは妖精広場へと戻ってきた。野々宮さんは早速、留守番組みである相方、芳崎さんへと元気よく報告している。

「蘭堂さんは、行かなくていいの?」

「あー、そんな元気ないわー、寝る、すぐ寝る」

「もしかして、魔力切れが近い?」

「や、そういうのじゃなくて、精神的に疲れた感じだから」

「なるほど、初陣だったしね」

 ちょくちょく確認はしたけど、やはり蘭堂さんは何度も土魔法を行使しても、魔力の消耗を感じることはないと言っていた。だから、今すぐ横になりたいという疲れは、単純にあちこち移動した体力的な面と、初めての戦いの連続という精神的な面によるものだろう。

「桃川は平気なの?」

「うん、ちょっと歩き疲れたくらい」

「一番騒いでたのに、よくそんな元気あるね」

 最初のゾンビダッシュをはじめ、ちょくちょく、危ない場面があった。いきなり沼からジーラが飛び出たりとか。思ったよりゾンビが集まって来たりとか。

「まぁ、そういうのは、慣れたから」

 焦りはするけど、本気で死の危険性を意識するほどのピンチではない。いつも、これくらいの難易度ならいいんだけど。

 できれば、もう命を賭けた死闘なんてのは、樋口との戦いを最後にしたいものだ。

「ふーん……桃川、やっぱ強いよね」

「今はもう、蘭堂さんの方が強いよ」

 お世辞抜きで、そう言い切れる。『石矢テラ・サギタ』を手に入れた蘭堂さんは、一気に魔術士として即戦力と化した。

 ゾンビをトラップで始末し、『石矢テラ・サギタ』を習得したあの後、僕らは沼地でゾンビ相手にひたすら試し撃ちを行った。

 その結果、蘭堂さんの『石矢テラ・サギタ』は、委員長の『氷矢アイズ・サギタ』と同じく、非常に使い勝手がよいと判明した。むしろ、攻撃力だけなら蘭堂さんの方が確実に高い。

 作りだされる石の矢は、見た目は、円錐形である岩槍を、より小さく細くしたような感じ。矢というより、ライフル弾のような形状だ。

 で、そんなモノが目にも止まらぬ速さ、あくまで、常人の動体視力である僕から見て、であるが、ともかく、高速で飛ぶ。射程も弾道も、それなりに安定している。流石に、マシンガンみたいに連射はできないけれど、五秒に一発は撃てる。習熟すれば、発射間隔はさらに縮まるし、威力や射程、命中精度も向上するはずだ。そして、消費魔力コストも軽い。

 正直、隙がない。今や蘭堂さんは、コッキングアクションで装填する、弾数ほぼ無限のライフル銃を装備しているに等しい。

 土魔法の神様は、どうしてこの『石矢テラ・サギタ』を初期スキルに入れなかったのだろうか。どう考えてもデカいタケノコ同然な『岩槍テラ・クリスサギタ』よりも、『石矢テラ・サギタ』が先に必要だろうと。とんでもない無能采配か、スキルセットを間違えたドジっ子か、あるいは、蘭堂さんみたいなギャル系女子は嫌いなのか。

 まぁ、こうして無事に魔術士の基本攻撃を習得できたのだから、よしとしよう。

「ねぇ、桃川、ちょっと来て」

「なに?」

 相変わらず噴水で座って、煙草を吸おうかどうか悩んでいる天道君。蘭堂さんの成長ぶりを、素直に喜びながら話している、ジュリマリ。彼らからちょっと離れた端っこの方に、僕らは座り込んだ。

「ありがとね、桃川」

「お礼なら、最初に聞いたよ」

「ううん、土魔法のことじゃなくて、や、それもあるけど……ジュリとマリのこと」

 ああ、もしかしなくても、気づいていたのか。

「桃川がさ、二人に何か言ってくれたんでしょ」

「うん。あの二人が、あからさまに蘭堂さんのこと避けてたのは、見てればすぐ分かったから」

 女子グループの友人関係なんて、僕にはさっぱり分からないけれど、流石に一緒に行動していれば、分かる。

 蘭堂さん、野々宮さん、芳崎さん。三人は同じギャル系の女子として、クラスでは仲良くしていた。蒼真グループを除けば、女子のグループでは中心的で、最も目立つ三人組だった。

 それが、僕が合流した時から、二人は一度も蘭堂さんと話しているのを見ていない。

「蘭堂さんはこれまで、正直、お荷物だったからね。苦労して二人が戦ってきたことを思えば、快く思わないのは当然だよ」

 理解はできる。だが、それではいけない。

 少なくとも、天道君以外のメンバー全員が協力体制を確立できなければ、この先のダンジョン攻略は怪しい。本当に、仲間内の不破で揉めるなんて、もう御免だ。

 僕らが相手にするのは、この先も間違いなく待ち構えているだろう、強力なボスモンスター。そしてボス以外にも、いつ何時、予想外の強敵や大きな群れが出現するか分からない。

 困難を乗り切るためには、結束力は必要不可欠。でも、その結束というものが、ただ黙っているだけで手に入るようなモノじゃないってことは、僕はもう嫌というほど理解している。

 だから、僕はなけなしのコミュ力を振り絞って、二人と交渉し、根回しをした。

 二人と蘭堂さんの不仲は決定的。だが、それをどうにかしなければ、未来は暗い。

 だから、感情ではなく、第三者の僕は、理を持って二人を説いた。実際、頭を下げて頼んだだけ、だけど。

「二人の気持ちは分かる。でも、僕はせめて同じパーティにいるなら、仲間として最低限の協力は必要だと思ったから――」

「ううん、そうじゃない。それもあるかもしんないけど、一番の理由じゃないんだ、そんなのは」

 はぁ、と物憂げな溜息を一つついてから、彼女は言った。

「二人とも、天道のこと好きだから」

「……蘭堂さん、もしかして、天道君と付き合ってた?」

「天道とは、たまに話すくらいだったかな。でも、アイツとフツーに話せるってだけで、嫉妬しちゃう子も多いんだよね」

 確かに、天道君は蒼真君と違って、誰に対しても愛想がいいわけじゃない。どうでもいいと思う人物に対しては、徹底的に無関心だろう。

「野々宮さんと芳崎さんって、元々、天道君のこと好きだったの?」

「や、二人は彼氏いるから。ジュリは三組に、マリは別な学校の男、大学生とかだったかな」

 今更、あの二人に彼氏がいることには驚かない。むしろ、いて当然だろう。

「二人が言ってたけど、この状況で天道君に惚れない方が、おかしいよね」

 二人がどこまで真剣に彼氏と付き合っていたのかは分からない。けれど、二年七組のメンバーではない以上、最早、その彼氏くんは遥か遠い過去の人。ここは魔法の異世界で、地球の日本とは次元レベルで隔絶されているのだから。

「ウチはさ、二人のどっちが天道と付き合ってもいいし、二人とヤっても、別にいいじゃんって思う。天道のこと、狙ってるワケじゃないし」

「じゃあ、素直に二人を応援してあげれば、それで良かったんじゃないの?」

「うん……でも、結局、ウチも天道に頼ってた」

 それは、悪いことなのだろうか。確かに、蘭堂さんは一工夫して、適当な雑魚モンスターを倒していれば、きっと『石矢テラ・サギタ』を習得できていた。でも、それはあくまで結果論であって、あの微妙な土魔法だけで、魔物と戦って倒せ、というのは中々に酷な話。それも、さして戦力に余裕もなく、先行きも全く分からない、転移したばかりのダンジョン攻略序盤では。

「あの二人より、ウチは天道とちょっとはマシな仲だから。ヤバい時も、天道はウチのこと守ってくれると思ってた。でも、だからって、本気で天道とくっつこうってほどの気持ちもなくて……二人のために、天道と距離をとる勇気もなくて……あはは、ウチ、最低だよね」

 もし、蘭堂さんが本気で天道君を愛しているのだと宣言するなら、二人と対立はするだろうけど、筋は通る。でも、二人の恋路を応援するというだけのために、あえて天道君と疎遠になると、今度は自分の命の危険もある。

 筋を通すためだけに、命はかけられない。だから、曖昧で優柔不断な現状維持。

「蘭堂さんが、悪いとは思わない。でも欲を言えば、二人ともっと、ちゃんと話し合っていれば、理解してもらえたと思うよ」

 だって、僕なんかが仲裁に入っただけで、二人はまた元通りに、蘭堂さんと接するようになったのだ。あの二人だって、本気で蘭堂さんのことを憎んでいたワケじゃない。

「うん、そう、だよね……」

「そうだよ。二人も蘭堂さんのこと、本当はずっと、気にかけていたはずだよ」

「うん、うん……でも、ウチ一人じゃダメだった……それに、桃川が一緒になった時、ウチ、ちょっと嬉しかった……今のウチと同じ、誰にも気にかけてもらえない、ダメな子仲間ができたって」

「あはは、やっぱり僕、そんな風に見えた?」

 樋口との戦いが終わった後の僕は、精根尽き果てて、そりゃあもうみすぼらしかっただろうから。魔力が付き、武器もなく、レムもいない。あの時ばかりは、完全に無力だった。

「ごめんね、桃川。ホントに、ごめん。ウチ、自分のことばっかりで、ダメなまま、弱いまま、変わろうなんて思いもしなくて……そんなウチと桃川は同じだなんて、勝手に見下して」

「いいよ、別に。僕、蘭堂さんが話しかけてくれるだけで、嬉しかったから」

「ううん、結局、ウチは何もできなかった。『石矢テラ・サギタ』を覚えて強くなったのも、ジュリとマリと、また普通に喋れるようになったのも……全部、桃川のお陰だから」

 ここまで素直に謝意を表されると、流石にちょっと、いや、かなり気恥ずかしい。

「自分のためでもあるから……でも、どういたしまして」

 蘭堂さんの感謝が本物なら、それを素直に受け取るべきだ。別に、僕はツンデレキャラで売ろうとは思ってないし。

「ふふふっ、マジでありがとね、桃川。アンタ、思ってたより、ずっといい男だよ」

「そう思うんだったら、頭撫でるの止めて欲しいんだけど」

 ねぇ、これ完全にいい男扱いじゃなくて、子ども扱いだよね。僕、ちょっと蘭堂さんとフラグ立ったかもとか、一瞬、期待しちゃったんだけど。

「あははっ、いいじゃん別に。なんか桃川見てると、ウチのチビ共のこと、思い出しちゃって」

 ああ、うん、分かってたよ、僕のこと、男として見てないなってことは。

 恨むべきは、やはりこの童顔と身長か。へへっ、所詮、男は見た目ってことね。

「はぁ……別に、いいけどさ」

「そんな拗ねるなってぇ、うりうり!」

「んあぁー、やめれーっ!」

 そんな風に、僕は嬉しさ半分、がっかり半分で、蘭堂さんとひとしきりじゃれ合ってから、その日は一旦、就寝となった。

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