人間の宝物
人間とは、随分お喋りな生き物らしい。勇者一行は驚くほどに騒がしい一団だった。落ち付きのないフラムとリアが魔物に遭遇しては楽しそうな悲鳴を上げ、ヘリオドールがそれに茶化しながら参加する。いまいち真剣味に欠ける三人をユノが苦笑しながら諌め、アルバは寡黙に仲間達を見守っていた。
その光景は、私にとって奇妙、と言って差し支えのないものだった。彼らはとにかく無駄口が多い。雲の形が美味しそうだの、道端に咲く野花が可愛いだの、一々そんなことをあげつらっては足を止め、驚くほど些細な事で笑い合っていた。
魔族では有り得ない事だ。魔族は力こそ全てであり、誰もが上へ昇り詰めるという野心を抱き、腹に一物抱えている。裏切り下剋上は当たり前。そんな世界で、おしゃべりに興じるような酔狂な者は少なかった。会話をすることで、相手を追い詰めようとする者ならいたが。
「ヴィオラー!」
最早聞き慣れた明るい声で、リアが駆け寄ってくる。港町に着いたはいいが、目的の島に向かう為の船がなかった。無人島へ向かう為の定期船が存在しない事自体は、想定内であったらしい。アルバの知り合いだという元船乗りを紹介してもらうことになったのだが、この元船乗りが船を出す為の条件を提示してきた。町から東に進んだ先の炭坑跡にある、宝を取って来て欲しい、というものだった。早速その炭鉱へと向かい、魔物を倒しながら道を進み、炭鉱の奥を根城にしている一等強い魔物を倒して、何とかその宝を手に入れる事が出来た。今日は船旅の用意をし、明日この町を発つ予定だ。
「見てみて!髪飾り!可愛いーっ」
旅に必要な物を買いに行き、リアに引きずられるままに雑貨屋に立ち寄れば、彼女に水色の花飾りを髪に付けられた。その際に触れたリアの指に、少々居心地の悪さを感じる。人の体温は、驚くほどに熱かった。
「突然髪に差し込まれれば、ヴィオラさんがびっくりしてしまいますよ」
リアの体温に驚いていたのだが、ユノには突然の行動に驚いたように見えたのだろう。ユノは彼女らしい落ち付いた微笑みを浮かべている。リアは十五歳の少女で、ユノは十七歳と二つ年上らしい。その為か、ユノはどこかリアの保護者として振る舞っているようだった。
「あ、そっか!ごめんね、ヴィオラ」
「いや、構わない」
はにかみながら笑うリアは素直にそう口にして、他の雑貨に目を向ける。その彼女の背後で、別の用事を済ませに行っていたはずのフラムが店内に入ってくる。こっそりとリアの背後に近付くフラムは、私と目が合うと人差し指を立てて自身の唇にあて、全く気配に気づいていない彼女の肩を叩いた。
「なーに見てんだよ、リア!いつもは色気より食い気の癖に!」
「わっ!びっくりしたー!もう、フラムったら驚かさないでよ!」
悪戯っぽく笑うフラムにリアは唇を尖らせて抗議したが、怒りを持続させることなく、すぐに可愛いでしょー?と様々な雑貨を彼に示す。私はその斜め横で、リアに付けられた髪飾りをこっそり商品棚に戻した。
「船乗りさんの宝物、とっても素敵だったから憧れちゃった」
リアは少しだけ頬を染めてそう呟く。フラムはそれに同意し、ユノはそんな彼女達を微笑んで見守っていた。
元船乗りが交換条件とした宝は、亡き妻への求婚の際に彼が送った髪飾りだった。白く輝く石があしらわれたそれを彼の妻はとても大切にしていたが、あるとき魔物に襲われ、それを奪われてしまったらしい。光り物を好む魔物は少なくない。妻は老い、亡くなるそのときまでその髪飾りへの未練を語り、夫である船乗りへ謝罪を口にしていたそうだ。
確かに綺麗な髪飾りだった。光り物を好む人間の少女が憧れるのも容易に想像が付く。しかし、珍しい宝石が使われている訳でも無い。どれほどの価値があるものかとアルバに尋ねてみたが、やはり特別高価でも貴重な物でもないようだった。それなのに、
「何故、彼の妻はそれほどに執着し、彼もまた、取り戻そうと躍起になっていたのだろう?宝と呼ぶにも些か安価すぎる」
疑問をそのまま口に出せば、じっと三人に見つめられた。ユノは困ったように微笑んでいるが、フラムとリアは怪訝そうに眉を顰めている。自分のそれが、人間にとって失言に当たると、そこでようやく理解した。
「どうしたの?ヴィオラ。そんなの決まってるじゃない」
ねえ、と同意を求めるリアの言葉に、フラムはこくこくと勢いよく首を縦に振って同意した。
「大好きな人がプレゼントしてくれた物だからだよ。愛情いっぱいで、お金じゃ買えない宝物だよね」
ユノが、リアの言葉を肯定するように彼女へ微笑み掛ける。素敵だよな、とフラムは意気揚々とその言葉に応えた。やはり、それは人間独特の価値観らしい。私には分からない。金にでも変わると言うのなら、実に分かりやすかったのに。
旅の途中で無駄な物を買う訳にはいかない。惜しむように数々の雑貨へ視線を向けるリアを宥め、待ち合わせをしていた町の中央広場へ向かえば、ベンチに一人腰掛けたレドがまた何かを口一杯に頬張っていた。その向かいに呆れたような目をしたヘリオドールがしゃがみ込んでいる。更にその隣では、いつも寡黙なアルバにしては珍しく、苦笑のようなものを浮かべて立っていた。
「あ、おかえりー!ヴィオラちゃん、こいつ大丈夫?やたら口の中に突っ込みたがるんだけど」
胡乱な目でヘリオドールが見上げてくる。視線をレドへ向ければ、彼はこちらを見上げたままむぐむぐと口を動かし、やがてゆっくりとそれを呑みこんだ。
「もっとゆっくり食べられないのか」
「そう言われましても、俺にはとりわけ急いでいるつもりはありません。………っは!」
まるで閃いた、とでも言うように声を上げたレドが、器用にも無表情のまま目を輝かせる。ろくな事を口にしないときの前触れだな、と悟った。
「これはもしや、ゆっくり食べられない俺に、ヴィオラ様が手ずからゆっくりと食べさせて下さるという前フリ………」
「誰がするか」
「ご遠慮なさらず」
「えっ!それだったらヴィオラちゃん、俺に、も…………うそうそうそうそ!うそ!ユノ、嘘だから!」
「ふふふ、ヘリオドール様ったら。私は何も言っておりませんわ」
ひい!とユノの楚々とした微笑みに悲鳴を上げたヘリオドールは、軽やかにレドが腰掛けるベンチを越えると、ベンチとレドの後ろに隠れた。
「隠れるくらいなら口を慎めばいいのでは?」
「おまえは息を止めても生きてられるか?俺にとってはそれくらい当たり前の事なんだよ」
「ヘリオドールは女の人を口説かないと生きていけない病気だもんねー」
レドとヘリオドールの会話に、笑い声を上げながらフラムが加わる。レドは自然に二人との会話を続けていた。私にはそれが、とても奇妙な物として映った。
レドは人間でありながら、私の下で、つまり魔界で生きて来た。彼と同じ種族である人間は他におらず、私以外の魔族は彼を暴力の対象以外で構うはずがない。私以外の生き物と会話をするレドを、ほとんど初めて見たのだ。
こうして見ると、レドはよく見掛けるどこにでもいるような人間だった。少々表情が無さ過ぎるのは難点だが、自然と人間に馴染んでいる。
彼は人間だ。それは当然の事であるのに、とても奇異な事として感じられた。彼がまだ、十にも満たない子どもであったときから、レドは人の営みから外れ、私のペットとなったのだ。
不意に思い出すのは、そのときの彼の顔。そういえば、私はあのときも不思議で不思議で仕方がなかった。
どうしてこの人間の子どもは、絶望したとでも言いたげな顔をしているのだろう、と。