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美しい悲劇とは



 死を恐れる気持ちは、私にとって全ての原動力となっていた。少しでも生存率を上げる為に、あらゆる知恵や知識を詰め込み、限界まで身体を鍛えた。当然魔法の腕も磨き、今では魔王陛下の右腕と揶揄されるほどだ。もっとも、全能たる陛下には右腕など必要ないのだが。私は陛下にとって、替えの利く消耗品だ。


 そんな魔族である私が、魔法の使用を制限したところで、人間に遅れを取るはずがない。純粋に肉体だけで手合わせをしても、組伏せる事は容易だった。


「これでも私は頼りないか?」


 フラムが勇者であり、彼らが勇者一行であると悟った私は、すぐに同行を申し出た。しかしまあ、レド曰く未だ十代にしか見えない小娘がそんな事を希望したところで、快く承知してくれるはずがない。人間とは難儀なもので、安易に他人を危険に晒す事を躊躇うらしい。足手纏いになれば見捨て、盾が一つ増えたとでも思えばいいものを。


 そこで、私は自ら試験を希望した。勇者一行に同行するに当たり、私は非力かどうか、その目で確かめろ、と迫った訳だ。結果、私はヘリオドールと組み手をする事となり、あっさりと彼を組伏せた。


「ヘリオドールが旅の仲間に女の子を増やしたくて手加減した、とかじゃないよね?」

「してねえよ。くっそ、いてぇ」


 フラムの言葉は心外だった。命を守る為に油断は何よりもの大敵だ。例え人間でも、特に彼らは勇者一行と謳われる人間の中でも精鋭である為に、見下げて隙を見せるつもりはない。しかしだからと言って、人間が矮小で脆弱な存在である事は純然たる事実であり、手加減されて得た勝利だと言われる事は十二分に私の誇りを傷付けた。


「ヴィオラ様」


 そんな私にレドが近付き、この手を掴んでヘリオドールを組伏せたままだった私を立ち上がらせる。起き上がったヘリオドールはふてくされたような顔で身体の土埃を払った。


「怖い顔をしては幸福が逃げますよ」

「いつも不気味な顔をしたレドにだけは言われたくないな」

「何をおっしゃいますか。こんなに愛くるしいペットに向かって」


 おまえのどこが愛くるしい、といつも通り気持ち悪い事を口にするレドへ呆れて反論した。一つ溜息を吐き、レドの手を払ってヘリオドールへ声を掛けた。


「すまない。怪我はないか?」

「身体は擦り傷程度だ。問題は心だな。俺の心は甚く傷付いた。これはもう、ヴィオラちゃんが優しく慰めてくれる他………」

「ヘリオドール様、手当てを致しましょうね…?」

「おい……おい、待てユノ。顔が怖い。笑顔が異常に怖い!」


 おおよそ文句のつけようのない、魔族である私から見ても完璧だと理解出来る微笑みを張り付けたユノは、じりじりとヘリオドールに詰め寄る。彼は秀麗な顔をさっと青褪めさせて後ずさっているが、その背をリアに抑え込まれて逃げられないようにされていた。


「すごいね、ヴィオラ。すっごく強いんだね!」


 フラムが素直に感心した様子で私をそう評した。分かって頂けて結構。魔王討伐に私の戦力が必要だと理解したのなら、早く同行を許可して欲しい。


「しかし、何故貴女は我々に同行したいんだ」


 そう問い掛けたのは、一行の保護者然とした顔で立つ甲冑を身に付けた男、アルバだった。やはり、一行の中ではぐっと年上であるらしく、誰よりも冷静で、見定めようとするように目を細めて私を見下ろしている。


「言うまでもないだろう。魔族の残忍な行為は目に余る。人々が平和に暮らせる世界を作る為に、この力を生かせるのなら、それをしない道理はない」

「だからと言って、貴女にそうしなければならない責任など……」

「おいたわしいヴィオラ様」


 そこへ、レドが口を挟んだ。彼らしいわざとらし仕草と声で、虚飾に満ちた私への憐れみを語る。


「ヴィオラ様は、魔族のせいで全てを失いました。住む家も、穏やかな日々も。そして何よりも尊いご両親はヴィオラ様の、目の前で」

「待て、レド何を……」


 確かにそういう設定で勇者一行に接触しよう、と相談はしていたが、何故それを今話す必要があるのか、皆目見当が付かない。それはただ、素性を問いただされたときの為の言い訳ではなかったのか。


「ヴィオラ様のお心はもう、ご両親の仇を討ち、魔王を討ち滅ぼす事でしか晴れることはないのです」

「やめろ。レド、余計な事を言うな」


 私は勇者に取り入る為とはいえ、レドが口にした『魔王を討ち滅ぼす』という言葉に怯えた。これは陛下の命令で行っている事なのでご理解下さるだろうが、もしもそんな言葉を陛下に聞き咎められれば、と思うとどうしても本能的な恐怖が浮かんでしまう。

 早口でレドの言葉を止めさせようとしたとき、


「ヴィオラ!」


 突然、悲痛な声を上げるリアに正面から抱きしめられた。驚いて身を固くすれば、彼女は構わず私を抱きしめる腕に力を込める。


「ご両親がそんな事になっていたなんて………辛かったね、悲しかったね。大丈夫だよ、きっと魔王は倒せる。私も頑張るし、皆がいる。もう、もうね、一人で抱え込まなくていいんだよ。一緒に平和な世界を取り戻そうね」


 口を挟む暇もなく、リアはそう言いきった。その声は鼻に掛かったように掠れていて、温かい涙が私の肩を濡らした。私はぞっと血の気が引く。彼女の口にする言葉を何一つ理解出来なかったからだ。理解できないものは、気持ち悪い。不安が胸の内で渦巻き、吐き気をもよおした。


 幸いにして、リアのその言葉で私の同行は認められたらしい。これからよろしく、とフラムとアルバと握手を交わし、両腕を広げて距離を詰めて来たヘリオドールはユノに足を踏まれていた。とりあえず今日は陽も暮れて来たし宿で休もう、というフラムの言葉に従い、レドと二人で少し距離を取りながら付いていく。


「………レド」


 どうしても違和感に我慢ならずに彼の名前を呼べば、何でしょうヴィオラ様、と不快なほど軽やかな返事が返ってきた。無論、無表情のままである。


「どうして、私が可哀想なんだ。あれは、両親は殺されたものの、なんとか自分だけは生き残れた、私にとって喜ばしい話ではないか」


 私は実際に両親を失っている。手を下したのは魔王陛下だ。私にとって絶対的君主であった両親は、陛下の手により虫けらのように葬られた。今思い出しても、私の死への恐怖を呼び起こさせるほど、無様な死にざまだった。

 その隣で、私は辛くも命を繋ぐ事が叶った。私は歓喜した。生き残ったからだ、これほど喜ばしい事は無い。私よりも遥かに強い力を持つ両親が瞬殺された事を思えば、私が命を繋いだ事は奇跡的な幸福と言えた。

 それを何故、可哀想などと言われてしまったのか、皆目見当がつかず、不気味とさえ思った。


「ヴィオラ様、人間には自分よりも他者を尊ばねばならない、という風潮があります。自分を犠牲にした上での他者への奉仕こそが、何よりも尊いと語り継がれる生き物なのです。自分のみが生き長らえ、両親を失ってしまった貴女は哀しみと悔しさと憎しみに彩られるべきです。それが、人の望む美しい悲劇ですよ」

「なんだそれは、気持ち悪い」


 人間とて、生存本能くらいあるだろう。それは何よりも強い本能であるはずだ。それを他人の為に投げ出してしまうなど、生物として破綻しているではないか。私の実際の両親だってもちろん、命乞いの余地があったならば、喜んで私を生贄にした事だろう。


「ええ、気持ち悪い。けれどその気持ち悪さが、人を人たらしめるのでしょうね」


 レドはまるで、何もかも理解していると言いたげな様子でそう口にした。実際に理解しているのだろう。彼は人間だった。彼の人生において、最早人として生きた時間よりも私のペットとして生きた時間の方が余程長くなってしまっていたが、それでも彼は人間だった。どうしようもなく脆弱で、無力で、理解出来ない人間。

 私とは違う生き物なのだ。




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