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目指せ合流



 勇者一行は彼の出身国である大陸の中央から出発し、今は徐々に南下している。勇者の出立の日に神殿を襲った魔族の情報では、南にある港から船へ乗ると言っていたらしい。運よくそれを聞き付けている者がいて、勇者に合流するという私の目的は随分と容易くなった。

 その情報を得て、私がまず初めに行ったのは、橋を落とす事だった。初めに立ち寄った町で商人からこの大陸の地図を買い、下調べは済ませた。大陸の中央から南端の港へ向かうには、道を隔てる大きな川を渡らなければならない。その橋がなくなったとなれば、勇者一行は東にある山を越える以外に港へ向かう術はない。


「山を越えた先に、町は一つしかない。休養と補給に勇者は必ずこの町へ立ち寄るだろう。そこで旅に同行したいと掛け合うつもりだ」

「そう上手く行きますか?彼らがこの町に立ち寄らなければどうするのです?」

「それならまた別の手段を考えるさ」


 少なくとも、どのルートを通るかも分からない山の中で合流を図るよりは、合理的なはずだ。そんな事よりも重要なのはいざ勇者に相対したとき、魔族だと疑われずにどう旅への同行を許可させるか、だ。


「精々勇者がお人好しである事を願いましょう」


 悩ましい気持ちを呟けば、レドがそう返事をした。まるで妙案でもあるかのような、余裕を感じさせる返事だった。


「何故、勇者がお人好しである事を願うんだ」

「ヴィオラ様、人間は同情してしまうとついつい、言う事を聞いてしまう生き物ですよ」

「勇者に何を同情させる?」


 少なくとも私には人間などに同情されるような謂われはない。私の疑問に答える事無く、レドは俺にお任せ下さい、と妙に自信満々に答えた。









 幸いな事に、その町は魔物の侵入を防ぐために高い塀に囲われ、出入りする為の門は一つしかなかった。勇者が町を訪れたかどうかは、その唯一の出入り口を見張っていれば確認することが出来る。

 橋を落とした為に、行商人などもこの町へ辿り付けなくなってしまったのだろう。町へ出入りする人間はそう多くなかった。

 今のところ、仕留めたらしい魔物を運び込む屈強な三人の男達と、何故か全身を汚した若い一組の男女が町へ入り、桶を持った老婆が町の外へ出ていくくらいのものだった。


 失敗すればまた次を考えればいい。レドにはそう言ったものの、焦りがない訳では無かった。勇者一行に合流する事は、陛下の命令だ。それを速やかにこなさなければ、陛下の不興を買うかもしれない。それは私に大きな恐怖を抱かせた。同時に、合流したくない、と考える私もいる。魔族にとって矮小でありながら天敵でもある人間の、最も洗練された力を持つ一行に近付くのだ。私の正体がばれたとき、この命は容易く脅かされてしまうだろう。


 はあ、と溜息を一つ吐く。気を紛らわせようにも、今この場にレドはいなかった。屋台で売られている食料に、あまりにも目を奪われるレドに根負けして買いに行くようにと許可したのだ。約十五年ぶりの人間の食事に、彼はすっかり夢中になっていた。太って鈍重になれば盾にして捨ててやる。


「どうしたの?浮かない顔をして」


 近付く気配には気付いていたが、関係ないだろうと無視していた。しかし、予想外な事に、その気配の主は私の隣に立つと、顔を覗き込んでにっこりと笑った。


「誰か待ってるのかな」


 私に人間の年齢はよく分からない。しかし、レドより年下ではないように見えた。金の光を浴びて輝く髪は襟足だけが少し長く、優しく細められた瞳は新緑の葉の色をしていた。魔族である私の目から見ても、恐ろしく整った顔立ちをしていると思える美丈夫だった。レドも彼のように笑えれば少しは可愛げがあるものの、と思ったが、彼のように笑うレドを想像して全身が総毛立つ程不気味だったので、すぐにその想像を振り払った。


「恋人かい?君のように可愛い人を待たせるなんてろくな男ではないね」


 近付き、話しかけてきた彼の意図が分からず、見上げて黙りこくっていれば、彼の手が私の手を取った。随分不躾な人間だと思ったが、人間の常識が分からず、そんなものなのかもしれない、と思って静観する。


「ねえ、返事をして。花のように美しい君に誘われた俺に、甘い蜜をくれないぐぁっ!?」

「そこまでです」


 私の手の甲に何故か顔を寄せ始めた彼を観察し、彼の背後に立った人物に目を向けた瞬間、その人物は彼の頭を思いきり殴った。それも、手に持っていた頑丈そうなロッドでだ。大丈夫かそれ、確か人間の頭はその程度でも割れるものだと認識していたのだが。


「信じらんねえ!いくらなんでもそれで殴るか!?殺す気か!」

「あら嫌ですわ、ほほほ。ヘリオドール様はこの程度で倒れるような方ではありませんわ」

「おまえ、本っ当に俺には容赦ないよな」


 口元を押さえて笑うその人物は、その姿だけを見れば清楚な印象をした、おそらく少女、だろう。随分若いようだが、幼い印象はない。太陽の光を反射する雪のように長く真っ直ぐな銀髪に、青色の瞳を持っている。着ているものは足元まである真っ白なローブで、神殿に仕える神官のような格好だった。


「申し訳ございません。ヘリオドール様ったら、女性と見れば嫌がられているとも気付かずにお声を掛けてしまう、病気ですの」


 困ったものですわ、と呟く彼女はおっとりと自身の頬に手を添えて、溜息を吐く。人間の美醜などよく分かっていない私が見ても儚げで美しいと思うが、騙されてはいけない。彼女は人間の頭をロッドで殴るような容赦のない人間なのだ。


「嫌がられているとは心外だな!彼女は俺が手を握っても振り払ったりなどしなかったし、きっと満更でも無かった!」

「ヘリオドール様、それはヘリオドール様の願望が見せる幻想です」

「勝手に決めるなよ!」


 ほら見ろ、と言いたげにヘリオドールと呼ばれている彼が再び私の手を掴む。


「ヴィオラ様、それは浮気ですか?ペットは俺一人にして下さいとお願いしておりますのに」


 その手を彼女に見せつけるように示されたとき、ようやく食料を買い終わったらしいレドがこの場へ戻り、いつもの無表情のまま嘆くように口元に手を当てた。その両手にはしっかり紙に包まれた食料が握られており、まるで緊張感はない。

 遅いぞ、と彼に文句を付けようとしたところで、レドとは違い元気のいい二人組がこの場に駆け寄ってきた。


「うわー!修羅場って思ったらヘリオドールとユノじゃん。何?またヘリオドールが振られてたの?」

「まだ振られてねーし!」

「だめだよ、ヘリオドール!振られるときは潔くないと!」


 赤い髪の少年と、青い髪の少女だった。銀髪の少女よりも、少し幼い印象だ。少年は溌剌とした短髪で、その目は橙がかった茶色をしている。明るい性格を示すようにその瞳は爛々と輝いていた。少女はぴこぴこと跳ねる癖のある髪が肩まで伸びており、少年と同じく、その大きな瞳は好奇心に彩られている。顔立ちは似ていないが、なんというか気質がよく似た二人なのだろう、と思った。


「二人とも、急に走り出すんじゃない」


 その二人の後ろからは、甲冑を身に付けた大柄の男性がいた。レドよりも、おそらく随分年上だろう。その面差しには老いを感じられた。しかし、屈強な肉体も沈着な表情も、そのどちらにも老いによる衰えは感じられなかった。鳶色の髪をした男性は、穏やかに二人を諌めている。


 突然人が集まってくる様子を眺めていれば、いつの間にかレドがすぐそばまで寄って来た。彼は掴まれたままの私の手を見て、それから自身の両手にある食料を確認し、右手の方を口の中に一回で押し込む。彼の拳大の大きさがあったそれはその口から溢れてしまいそうだったが、レドはむぐむぐと口の中を動かしながら空いた右手でヘリオドールと呼ばれた彼の腕を叩き落とす。いって!と彼から声が上がったが、レドは気にすることなく、食料を持った左腕を私の腕の下に添えて支えると、空いている右手で私の手の甲を払った。


「おいおまえ、随分な量を押し込んでいるが、零すなよ。汚い」


 とても喋れる状態でないレドは首を上下に動かす。しかしそれは返事をしているのか、単に食料を噛む反動で首が動いているだけなのかは、判断が付かなかった。

 レドから視線を逸らし、どうやら連れ同士の五人組へ目を向ければ、彼らは今も騒がしく何事かを言い合っている。


「大体おまえらがおっせーから、俺がこうして時間を潰してやってたんだろ!」

「仕方ないだろ、リアが足引っ張るからさー」

「あー!フラムったらそんな事言っちゃうんだ!フラムなんてなーんにもないとこで滑って転んだ癖に!」

「わっ馬鹿!ばらすなよ、リアー」

「いっちょ前の口利いてた癖にえらく情けないなあ。それで勇者様とは嘆かわしい」


 その言葉が聞こえた瞬間、私の視線は勢いよくフラムと呼ばれた少年に固定された。勇者は元々赤い髪だとは聞いていた。そして少年だとも。特徴は一致する。勇者一行も五人組らしく、人数も合う。

 それでも未だ、確信には至らない。もっと、勇者を勇者だと知らしめる決定的な証拠を、提示してほしい。私はじっと彼を見つめ、視線は彼の背負う布に包まれた大剣らしきものに奪われた。


 その瞬間の寒気、恐れ、気持ちの悪さ。存在を意識するだけで私に不快感を与えるその剣の正体など、一つしかないだろう。


「レド、変な男に絡まれたと思ったら目的のものを釣れたぞ」


 思わず小声でそう囁きかければ、隣でずっとむぐむぐと口を動かし続けていたレドが、無表情のままじっと私を見下ろして、口の中の物をごくりと飲み込む。


「作戦通り。この状況を読み、俺はわざわざ、仕方なく、食料を買いに行ったのです」

「おまえはただ食い意地が張っていただけだろ」


 ヴィオラ様は疑り深い、と無表情のまま器用にも声の調子だけを落としたレドを、ふんと鼻を鳴らして無視した。



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