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いずれ花が咲く



 結果として、勇者一行は誰一人として欠けることなく生き残った。それ自体は、僥倖だと言えるだろう。ただし、リアの身に起こった事を理解して、無事を喜び、笑える者はいなかった。


 魔王陛下は彼女の口から、魔界でしか咲かない花の種を植え付けた。それは生き物の体内で根を張り、芽吹く植物だった。その証に、彼女の横腹には黒い植物の芽の模様が浮き上がっている。それは心臓に向かって成長し、やがて彼女の胸元でそれはそれは美しい花を咲かすだろう。心臓を内側から食い破り、彼女の血液で彩った花を。


「私、死んじゃうの?」


 目を覚まし、その花の存在を知っていたユノにそう説明され、リアはどこか呆然とした虚ろな目でそう呟いた。まだ上手く、現状を把握しきれていないのかもしれない。

 近くの町まで戻り、宿を取ってまずは傷を癒す事を第一に考えた。治療を終え、皆意識が戻り、現状の把握と相談に集まったが、ヘリオドールだけは一番傷が深く、まだ別室で休んでいた。


「馬鹿な事言うなっ。絶対、絶対死なせないから」


 震えるほど拳を握りしめて、フラムはほとんど怒鳴るようにそう口にした。ユノもアルバも同じ気持ちなのだろう。沈痛な面持ちで頷いている。私のそばに控えるレドだけが、いつも通り何を考えているのか分からない無表情だった。

 私は、その横で一体どんな表情を今、しているのだろう。


「なあユノ、どうすればいいんだよ。どうしたら………っ」

「すみません。私もそこまでは………」


 教会が所有している文献で、ユノはその花について知ったらしい。魔界にしか咲かない花で、普段魔族はこんなまどろっこしい方法で人間を葬ろうなどとは考えない。そうなれば当然、人間にその花について詳しく知る方法などなく、むしろその存在が伝わっていただけでも十分幸運だったと言えるだろう。花が咲くまで特に害を与えないその花に、知らぬ間に内側から侵食され、ある日突然殺されるよりは。


「魔、王………の、居城のそばにその花を枯らせる植物がある、と聞いたことが………」


 考える前に口をついて出た。それに一番驚いたのは私だろう。室内の視線が、全て私に向けられる。


「本当かどうかは分からない。旅をしているときに、そんな話を聞いた。作り話と思っていたんだが」


 何故そんな事を知っているのかと、そう思われないように誤魔化しの言葉を口にした。

 口にしながら、必死に思考を巡らせる。陛下は『時間制限をあげよう』と言っていた。これが時間制限だと言うなら、それはリアの花が咲くまでだ。それまでに、陛下の居城、つまりは自分のところまで来い、という事だろう。リアを殺す事が目的なら、あの場で手を下していたはずだ。だからきっと、その花について教える事自体は、陛下の意向に背いていないはずだ。


「花が咲くまで約半年掛かるらしい。それまでにその植物を手に入れられれば、きっと」

「本当か!?」


 私を振り返ったフラムが、両腕を掴んで問いただす。痛いほど力が込められた両腕には、それだけリアの事を案じる気持ちが籠っているようだった。


「ちょっとフラム、そんな風に聞いたらヴィオラがびっくりしちゃうよ」


 今まさに、命を危険に晒されているリアは、驚くほど冷静にそうフラムを諌めた。いつも通りの彼女らしい明るさで、見慣れた笑顔さえ浮かべて。


「でも良かったー!助かるかもしれないんだね」


 リアが笑う。嘆く事も、怯える事も、悲しむ事もせず、明るく。どうしてそんな顔が出来るのかと、私には全く理解できなかった。









 一日じっくりと身体を休め、魔法によってヘリオドールの体調も回復すると、フラムはリア以外の全員を一室に集めた。


「リアは、置いて行こうと思う」


 見たこともないような真剣な顔をして、フラムはそう口にした。


「この宿で住み込みで働かせてくれるらしいから、リアはここに預けて行こうと思う。…………俺のせいだ」


 泣くかな、と思った。勇者でありながら、素直で感情的で、子どものように幼く弱い部分も持つフラムは、泣くかと思った。しかし、顔を歪めて自責の念を見せるものの、フラムはけして涙を零す事はなかった。


「俺が勇者になんてならなければ、リアはこんな旅に付いてくることも無かった。あんな、死ぬかもしれないような事には、ならなかった。もうこれ以上、リアに危険な旅はさせられない」


 ごめん、と部屋にいる全員にフラムが告げた。


「させたくないんだ、俺が。戦力が減って、ずっと戦いは厳しくなるかもしれない。みんなには危険な目に遭わせるのに、リアだけなんてずるいと思う。でも、ごめん。ごめん………っ」


 ずっとフラム達と共に旅をしていたリアは、経験も積み、強力な魔法を放つ立派な魔法使いになっていた。戦力の要とも言えるだろう。そんな彼女を戦線から離脱させることは、それだけ旅が危険な物になる事を意味していた。

 けれど、それを願うフラムを責める者は、ここには一人もいなかった。


「元々、その為に生きてきた俺やユノともリアは違う。アルバやヴィオラみたいに魔族に恨みがある訳でも無い。関係ない女の子がこれまで協力してくれていた方がおかしかったんだ。責められる訳がない」


 だから気にするなと、珍しく年長者らしい顔でヘリオドールがフラムの頭の上に自身の手のひらを乗せた。フラムはぎゅっと強く拳を握りしめ、俯いて頷く。ありがとう、と口にした声は震えていた。

 ユノとアルバも当然のこととして、彼の提案を受け入れた。私は何も言わなかった。否、言えるはずがなかった。頭の中が、ぐちゃぐちゃと混乱している。


 だから、そんな彼の意向を退けたのは、その場にいる誰かではなくて、置いて行かれそうになったリアだった。


「馬鹿!」


 リアを置いて町を出ようとすれば、それに気付いた彼女が走って追いかけてきて、体当たりをするようにフラムの上に馬乗りになる。リアは、彼の胸倉を掴んで訴えた。


「私も一緒に戦う。皆が、あんたが危険なところへ行くのに、私が一人町でじっとしてられる訳ないでしょう!」


 泣きながらリアはそう訴えた。でも、だって、とフラムは彼女の言葉を否定しようとするように言葉を探す。しかし、結局何か明確な言葉を口にする事は出来ないようだった。


「連れて行って!置いてかないで!」


 迷いを見せ、散々躊躇ったフラムは、そこで堪らなくなったように起き上がって、勢いよくリアのことを抱きしめた。


「ごめん……っごめん!俺、頑張るから。頑張るから……」

「私も頑張る!頑張るから………泣かないでよ、馬鹿ぁ」


 そう言うリアも、更に涙を溢れさせて、それなのに満面の笑みを浮かべ、力任せにしがみ付くようにフラムを抱きしめていた。ヘリオドールは仕方がないな、とでも言うように溜息をつき、ユノはわずかに涙ぐみ、アルバは眩しそうに目を細める。


 その光景を見て私は、吐き気がしてくるようだった。

 息が苦しい。腹の中がぐるぐると回って、今にも中のものを全てぶちまけてしまいそうだった。気持ち悪い。どうして、どうして、そうなる。遠からず死が訪れるかもしれないというのに、どうしてまだ死地へ向かおうとするんだ。せめてそれまで、平和な場所で安穏と暮らせばいいものを。

 何故、そんな風に笑えるのだ。怖くない訳ではないだろう?不安がない訳ではないだろう?実際に今、泣いていたじゃないか。なのに、どうしてそんな、希望に満ちた顔で、笑えるのだ。


 理解の及ばないその光景に、首を締められるかのように息苦しかった。




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