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勇者だけど



 青い石は、氷で出来た洞窟の最奥に隠されていた。それを守る聖獣は、氷や雪をそのまま形にしたように冷淡な性格をしていた。それでいて緻密で意地の悪い攻撃を仕掛けて来る。氷の刃は宙を舞い、氷の盾は聖獣を全ての攻撃から守っていた。

 その上、地面まで凍っていて、足を取られやすく、聖獣との距離を詰める事もままならない。火属性の魔法で少しずつダメージを負わせているが、フラム達の剣が届かないのは痛かった。


「くそ!」


 フラムから悪態をつく声が聞こえた。魔法を使う後衛の為の防戦一方となり、前衛にも焦りが見え始める。リアも後衛だが、彼女が得意とするのは水属性や風属性の魔法で、氷を操る聖獣とは相性が悪く、大した攻撃を与えられていない。ユノは主に治癒魔法を得意とする為、火属性で攻撃してもその効果は弱かった。


「剣さえ、届けばっ…!」


 歯を食いしばって、フラムが氷の刃の合間を縫って踏み出す。


「馬鹿!行くな!」


 フラムが走り出した事で払い切れなかった刃が、後方にいたユノとリアに向かう。怒鳴り声を上げたヘリオドールが瞬く間に距離を詰め、近くにいたアルバと共にそれを斬り落としたが、あと数瞬遅れていれば、その刃は彼女たちに傷を付けた事だろう。


「いいか、良く聴け馬鹿!俺も後衛に回ってヴィオラと魔法で焼き払う。ユノは前衛の回復に努めろ!リアはそのサポート!前衛は後衛を守る事だけ考えてろ!」


 ヘリオドールは普段の軽薄な性格からすると意外なほど、戦闘に慣れていた。剣技は勇者であるフラムより余程長けていたし、魔法もそれを専門にしている者と比べても遜色なかった。これで性格さえ真面目ならば、彼が勇者と言われてもきっと私は信じただろう。









 何とか聖獣を倒し、青い石を手に入れる頃には、一行はすっかり疲れきっていた。いくら魔族とはいえ、常に人間に擬態出来るよう自身に魔法を施し、魔力の使用を抑えている私も疲労を感じた。

 ユノはすぐに魔力を回復させるアイテムを服用し、全員に回復魔法を掛けたが、彼女自身、長時間の戦闘で疲労も溜まっており、顔色が随分と悪かった。相談の末、少し休憩をしてから洞窟を離れよう、と決まる。

 そこで、いつも共にふざけ合っているはずのヘリオドールが、フラムの胸倉を掴んだ。


「だから悪かったって言ってるだろ!」


 先程、敵に突っ込もうとしてリアとユノを危険に晒した事に対し、責め立てるヘリオドールにフラムはそう声を上げた。フラム自身、彼の性格上確かに反省しているだろう。しかし、まだ十五年しか生きていない少年は、自身に否があってもそれを素直に受け止められないでいるようだった。

 そしてその反応は、火に油を注ぐこととなる。


「しっかりしろ!」


 そう言ったヘリオドールはフラムの横っ面を殴りつけた。慌ててアルバが彼を押さえつけ、ユノとリアがフラムに駆け寄った。私の目の前に座りこんで、意味の分からない腕の傷自慢をしてきていたレドも、さすがにそちらの方へ顔を向ける。


「ヘリオドール様!何も殴る事は……」

「口を挟むな!」


 彼が怒鳴れば、咎めようとしたユノも畏縮して口を噤む。彼女まで怒鳴りつけたのはさすがにやり過ぎだと思ったのか、ヘリオドールはバツの悪そうな顔をして、ゆっくりと息を吐いた。少し落ち着いたらしく、彼は手を離すようにアルバへ促し、それからフラムを睨みつけて口を開く。


「おまえ一人が死ぬならいいさ。勝手に死ね。だがな、おまえの後ろには仲間が、その背には世界中の人間を背負ってるんだ。それを自覚して動け。もし一瞬でも忘れられるようなら、勇者なんざ辞めちまえ!」


 胸糞悪い、と呟いてヘリオドールは洞窟の壁にもたれかかって座り込んだ。こちらに背を向け、その表情は伺えない。

 殴られて腫れたフラムの頬を、ユノが気遣うように触れようとすれば、彼はその手を抑えて拒絶した。


「………ごめん、平気だから」


 頼りない声で、フラムは小さく呟く。珍しく、一行の間には冷たい沈黙が落ちていた。









 休息とアイテムの補充の為に、行きにも立ち寄った町で再び一晩過ごす事となった。辺り一面を雪に覆われる寒い町だ。

 未だ疲労が拭えないユノと、機嫌が悪いままのヘリオドールは宿に留まる。買い出しは明日行う予定なので、アルバは趣味として武器屋に行き、リアは食材屋に向かった。そのリアに頼まれ、私とレドは宿を取ってすぐに姿を消したフラムを探しに行く事となる。


 心配なら自分で探しに行けばいい、と言えば『私が行けばフラムは意地を張っちゃうから』と断られた。強がりな幼馴染で困っちゃうな、といつも通り明るく笑うリアだったが、何となくその笑顔に翳りを感じられた気がした。


 フラムはすぐに見付ける事ができた。中央広場にある、真っ白な雪に覆われて元の姿が見えないベンチに腰掛けている。


「早く宿に戻らなければ身体を冷やすぞ」


 そう言えば、ゆっくりとフラムは顔を上げる。その顔には、いつも通りの笑顔が浮かんでいるようだったが、よくよく見てみれば眉は下がり、どこか頼りなさそうに見えた。


「平気だよ。俺、勇者だし」

「勇者も人間だろう」


 一般人より、武勇に優れているかもしれないが、勇者であるということが冷えに対して一体どんな効力を持つと言うのか。フラムの隣で同じように雪に埋もれたベンチの部分に腰掛ける。何やら温かそうなスープに目を輝かせるレドに許可を出せば、彼は無表情のまま嬉々として買いに行った。

 そこでふとフラムに目を向ければ、彼の目に薄い膜が張っている事に気付く。いつもと様子が違うことに驚いたが、すぐに気付いた。これは目に涙を溜めているのだ。


「そうなんだよなー!俺さ、ただの人間なんだよ。たまたま剣の心得くらいはあったけど、ただの宿屋の息子でしかないんだよ。勇者なんてさ、そんな柄じゃないんだよね」


 ぐっと唇を一度引き結んで、フラムは少し俯いた。再び唇から漏れ出た声は、掠れて絞り出すかのようだった。


「本当はもっと相応しい奴がいるのに、たまたま聖剣が抜けちゃったからって、勇者になんてなっちゃってさ。ほんと世界にとっても良い迷惑だよね。俺なんかが勇者なんてさ」


 涙を堪える姿は、私にはただの子どもに見えた。無力な、いかにも人間らしい子どもだ。その無力を嘆くところもまた、人間らしい。それが勇者に相応しくないと言えば、そうなのかもしれない。伝承として人間の国で聞く勇者も、人物像までは伝わって来ないので、私に判断は出来ないが。


「ほんっと、情けない。仲間の事も考えられなくて、自分のことばっかりで。俺、自分がすごく恥ずかしい。最低だ、こんな勇者………」


 とうとう、フラムの目からは大粒の涙が溢れ返っていた。あまりに寒いからだろう。広場に人は少ないが、それでも何事かと目を向けられる視線を感じる。このまま放置する訳にもいかず、さりとてどう接すればいいのかという妙案もなく、思い浮かんだのはアルバの顔だった。


「泣くな」


 彼を真似て、フラムの頭の上に自分の手のひらを乗せ、その頭をかき混ぜる。泣くという事は、痛いか悲しいか悔しいかだろう。話を聞くに、フラムはきっと今、悔しいのだ。彼らを慰めるとき、アルバはよくこうして頭を撫でていた。ならば、きっとこれが最良だろう。


「………ふ。ヴィオラ、撫で方がちょっと乱暴すぎ」

「勘弁してくれ。不慣れなんだ」


 驚いた様子で一度目を丸くしたフラムは、それから少しだけ零すように笑った。どうやら私の選択は間違っていなかったらしい。魔族であるのにまた一つ、人間との接し方を身に付けられてしまったようだ。


「私にはよく分からんが、フラムは勇者を辞めたいのか?」


 そう問い掛ければ、すぐに違うよ、とフラムは首を横に振った。そのまま勢いよく顔を上げるので、慌てて頭を撫でていた手を離す。彼の髪は少し硬いのだと初めて知った。

 フラムは、乱暴に自身の顔を拭う。それでも、目にはまだ涙が溜まったままで、半分泣きそうな顔のまま無理矢理笑って、まっすぐに私を見つめた。


「強くなりたいんだ」


 迷いなく、彼が告げる。


「俺は弱い。仲間を守る力もない。だから、だから勇者だって胸を張って、世界をあっさり救えてしまうくらい、俺は強くなりたい」


 泣いてる場合じゃないね、とフラムが苦笑する。彼のその願いは、あまりに儚い。あの、強さの象徴である魔王陛下に敵う者など、存在しないのだから。けれど、何故か、この心の中だけでさえも、彼を嘲笑う事が出来なかった。

 嘆いて、悔んで、未だその心も力も未熟な癖に、彼はどうしてだか、その目に迷いがない。それが私を、安易に笑わせてはくれなかった。


 事実、彼は目を瞠るほどの早さで強くなっていた。その成長速度は、驚異的と言って良いだろう。見ていて時折寒気がするほどだった。


「見ましたよ、ヴィオラ様」


 温かいスープを購入して戻ったレドが、胡乱な目で私を見下ろす。何をだ、と問い返せば、彼は三つ購入したスープを一つずつ私達にも手渡して、不満を口にした。


「先程フラムさんの頭を撫でていたでしょう。俺という可愛いペットの事は、滅多に撫でて下さらない癖に」

「おまえは可愛くないし、撫でる理由がないのに何故撫でねばならん」

「毎日ヴィオラ様の為と、骨身を削って尽くしておりますのに」

「あはは。そうだよ、ヴィオラー。レド可哀想じゃん」


 さっきまでべそをかいていた癖に、もういつも通り笑うフラムが、スープに口を付けながらレドの味方をする。二人がかりで詰め寄られると鬱陶しくて叶わない。目を逸らして顔を背ければ、怒った?ごめんね、とフラムは笑いながら謝罪した。

 最早こうしたやり取りにも慣れたもので、特別に怒っていた訳ではない。背けていた顔を彼らに向ければ、相変わらずレドは無表情だが、フラムは嬉しそうに笑った。意味が分からないほど、素直な奴だ。


 スープを呑み終えて宿に戻れば、リアが笑って出迎えてくれた。目が赤いよ、とリアがからかえば、何でもないよ、とフラムが少しだけ拗ねた様子を見せる。ユノの顔色も少しよくなっていて、相変わらず不機嫌そうだったヘリオドールも、何故だかフラムに仕返しと言って一発殴られた上で真剣に謝られれば、あっさりといつもの調子に戻った。良かったですねえ、とレドはのんびと口にし、その後で帰宅したアルバは安堵したようにひっそりと息を吐いていた。


 旅はどこまでも穏やかに進んだ。私にとって、魔王陛下に仇なし、魔族と敵対する勇者一行との旅であるのに、どうにも緊張感に欠ける面々だった。それでも、警戒は怠っていなかった。彼らは私の命さえ脅かす事になる、勇者一行なのだから。

 そう、怠っていない、はずだった。


 それが、自身の思い込みでしかないと思い知らされたのは、愚かにもあの方の手を煩わせてからだった。





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