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五色の名  作者: 深見
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小名に足す

幼馴染四人組の一人、百鷺の話。

『醜名を伴う』のあとに当たります。

「『赤』が集団下野するから、ついでに青鹿とその従者も連れて来たわ」

「は?」

 数年ぶりに会った幼馴染は、冗談のような事実を投下した。

「というわけで、世話になるわね、白鷺」

「おい緋羽ァ手前ちょっと待てや」

 しかも説明不足のまま、堂々と押しかけ宣言をしやがった。


「だってしょうがないじゃない。『赤』は各々知り合いのところに一時身を寄せるか気ままに旅に出るかなんだもの。青鹿は知っての通りの有様だったし、っていうかむしろ連れ出すつもりだったし、それであたしが頼るとしたら、あんたしかないでしょ」

 一夜明けた朝、緋羽は開き直ったように言い放った。

 俺には腹違いとはいえ血の繋がった実兄がいるが、その兄貴よりも幼馴染たちのほうが身近に育った。その中の紅一点は、やたら綺麗な見目をしているものの、性格はさばさばしていてとっつきやすい。一時期陛下の婚約者候補だったらしいから、ある程度交流関係を広げてもいる。頼れる人間が誰もいなかったということはないだろう。それでも、そうして築いたのは五色関係がほとんどだっただろうから、後々の騒動の種となることを嫌って、都から離れることにしたらしい。

 とはいえ、旅をせず誰かのところに身を寄せるというのは正しい判断だ。

 親父さんのおかげで世間知らずじゃない。ついでに親父さんと紅雪から何故か要らん薫陶を受けた結果、この娘はそこらの男よりも腕が立つ。それでも、結局緋羽はお嬢様だったわけで、しかも文句なしに美少女に分類される容姿、しかも『傾城』の青鹿連れだ。あっという間に目をつけられて面倒なことになっていただろう。

「………いや年長の『赤』にくっついて身を寄せれば良かったじゃねェか」

「余人がいたら青鹿を連れ出せないじゃないの」

「余人言うな自分トコの人間だろ」

 まあ納得するが。

「あたしが迷惑だって言うの?」

 顔立ちは綺麗なもんだが、口調には色気も何もあったもんじゃない、完全に拗ねたガキのものだ。

「阿呆」

「痛ッ」

 額を小突いてやると小さく声を上げて其処を抑え、ばつの悪そうな顔をした。

 元から綺麗なガキだったが、昔はどうもお嬢様らしからぬ振る舞いに相殺されていた感があった。それが、俺の知らぬ数年で見違えるほど華やかになったので、実は内心戸惑いもあったのだが――まあ結局、昔っから性格はさして変わらないらしい。

「迷惑っつーなら家に上げてもいねェよ」

 『白』を飛び出した後、当然ながら食うに困った俺だったが、運よく町医者のジジィに拾われた。其処で医術のイロハを教わり、今は若先生と呼ばれるくらいには成長した。

「此処に居たいってんなら置いてやる」

 青鹿は穀潰しになる前にいずれ働かせるとして、緋羽とちびすけくらいならまあ養って養えんこともないし。

「まあ『赤』に居た時と同じような暮らしは出来ねェけどな」

「そんなの、分かってるわよ」

 思うのと体験するのとでは大違いだが、気構えがある分どうとでもなるだろう。

「つーか、お坊ちゃんはともかく、あの堅物な野郎が、ぽっと出の“迷子”を其処まで贔屓するようになるなんざ…世も末だなァ」

 金さえ積めば誰にでも媚びる卑しい出身だと、芸妓だった母さんを散々蔑んでいた異母兄である。

 別に客観的には特別悪い人間ではないだろうし、基本的に正論を主張する。その上確かに有能だ。しかし、何分頑固で融通が利かない。保守的で自分の中の固定観念を絶対に崩さない。その所為で、少し独善的で周りが見えにくい、といえば良いのか。自分が正しいのだから周囲は従って当然だ、と考えているところがある。

 そういう人間が、いくら陛下が保護したとはいえ、明らかな異分子を歓迎するかと言えば……むしろ排斥に動きそうなものだが。

「そんなに“迷子”とやらはイイ女だったのか?」

 空気を軽くするためにわざと下世話な口調を作ると、緋羽は少し柳眉を寄せてから軽く息を吐いた。

「知らないわよ。碌に会ってないもの。兄さんは結構話しかけられてたみたいだけど、あたしは最近屋敷で仕事ばっかしてたし」

 陛下の婚約者候補がそれで良いのかと思わんでもなかったが、相変わらず緋羽の本意ではない肩書きだったのだろう。陛下の関心を取り戻すより忙殺されている兄を優先したと。

「ふうん。…『傾城』じゃねェだろうな」

「ああ、それ、あたしも疑ったんだけど、誰彼構わずってわけじゃなさそうなのよね。熱を上げてるのは五色の一部だけで、あとの大半は悪い娘ではなさそうだ、くらいの評価」

 『傾城』だったら無差別の魅了だ、確かにその線はなさそうだ。だとしたら、どんな手管を使って堅物を丸め込んだのやら。

 ……いや、あんまり興味はないが。

「そんなら『赤』が下野しちまった今、長くは続かねェだろォな」

「『赤』下野に触発だか失望だか絶望だかした他の五色の連中が、何だかぽろぽろ出奔しだしてるらしいしね」

 それなりに正気な奴らがいるなら、早期に決着はつくだろう。

 国が大混乱にならなきゃ良いが、『白』を飛び出した俺や『青』を逃げ出した青鹿、下野した『赤』の連中が案じることではないだろう。無責任なようだが、俺たちはそれぞれの形で、五色とは縁を切ってしまった、最早部外者だ。

 部外者が口を出すのが許されるほど、政は甘くない。意見を述べるには、それなりの立場というものが必要なのだ。残った奴らが、残ると決めたなりに、何かしらの行動に出るだろう。

「しかし、紅雪はどうしたよ。お前放って行くような兄貴じゃねェだろォが」

「勿論。青鹿を捨て置けないって決めた時、最初兄さんは二人であいつを連れ出そうって言ったの。でも」

 緋羽は白湯の入った湯呑を傾ける。

「兄さん、もう十分頑張ったもの。ずっと御曹司として頑張って、父さんが死んでからは当主になるために邁進するしかなくて、異変があった後からは国を保つのに必死で。いろんなもの我慢してた。ちょっとは羽を伸ばしても罰は当たらないんじゃないの?」

「………………そうだな」

 思えば、俺たちの中で、紅雪が一番きつい柵の中に生まれた。

 基本真面目で大人しそう、淡白に見えるのは物事に対する執着心の偏りが極端なだけ、一旦振り切ると意外と大胆な我儘をかますこともある――とは、いつか青鹿があいつを評した言葉だったか。概ねその通りだが、とはいえ真面目なだけに、『我儘』はあいつに通せる範囲でしか発せられなかった。

 だって紅雪は『赤』の御曹司で当主だった。あいつはそのあまりにも権力のある立場ゆえに、大事な奴を自分の望みのままに動かすことは出来なかった。

 あいつの本心は、たまの便りから透けて見えた。本人たちが想いを通わせないまま、緋羽を陛下の婚約者候補に据えることに対しては思うところがあったらしいし、幽閉された幼馴染を、表面上はない者として無視せざるを得ないことは、さぞ苦痛だっただろう。

 卯木を傍に置くには主人と従者という形しかなかったことも。

「だから、あたしが青鹿連れて白鷺のところ行くって言ったの」

「俺はもう百鷺だっての。…ってか、お前らはホント、俺を容赦なく巻き込むよなァ…」

 幼馴染、特に『赤』の兄妹は昔っから事あるごとに俺のところに駆け込んできた。

 紅雪が卯木を拾った時に親父さんに話すまではと何故か俺のところに預からせたし、そもそも、大体何かあった時――兄妹喧嘩した時も、親父さんと衝突した時も、緋羽の婚約騒動の時も、青鹿の幽閉が決まった時も、大体いつも二人して俺のところに来たもんだった。何が出来るわけでもなく、話を聞いてやるしか出来ない俺のところに、わざわざだ。それだけ好かれているのも信頼されているのも分かるし悪い気はしないのだが。

「というわけで、兄さんは卯木だけ連れて今頃諸国漫遊中のはずよ」

「あの馬鹿マジ歪まねェな」

「ま、しがらみを取っ払った勢いのまんま頑張れば良いと思うのよね。長期戦にはなるだろうけど、兄さん気は長いし」

「卯木にとっては青天の霹靂にも程があらァなァ……」

 俺の知る限り、卯木という少女は、従者としては優秀に育ったものの、その代わりのように年頃の娘としての情緒はイマイチ不足気味だ。紅雪は恩人でありご主人さま、それ以上の感情を抱いているかは怪しいし、芽くらいはあったとしても自覚してはいないだろう。紅雪も手放すつもりこそさらさらなかったが、かといって彼女に対する自分の執着を悟らせるつもりはなかった。『赤』の当主が、元浮浪児の従者を正式に娶るなんて出来るはずがない、正妻は別に置かなければならない。もし心を通わせたとしても、おそらく卯木にとって幸せな結末には、なりえなかっただろうから。紅雪は、卯木を手放せないまま、でも自分の想いを殺して生きていく、そのつもりだった。

 馬鹿だなァとは思うが、まあそれ言ったら俺の親父が馬鹿やった証拠が俺なわけだ。ってか手を出さないでいる気だっただけ紅雪のがマシだったともいえる。

 しかし下野なんて選択肢を取った所為で、最早五色の一角を担う立場ではなくなった。もう何も圧殺する必要がなくなったわけだ。流石に其処まで考えて下野することにしたわけではないだろうけど。

「そのうちこっちにも顔出すでしょ。その頃には義姉さんって呼べれば楽しいんだけど」

「楽しんでやるな。ってか、俺の家は宿でも下宿屋でも何でも無ェんだけどよォ」

 ホントに俺遣いの荒い奴らだ。こんな気の良い幼馴染はもっと大切にすべきだと思うんだが。

 とはいえ、追い出す気になれない辺り、俺も何というか、毒されている。

 仕方ない、輪をかけてしゃかりきになって働くか。

 息を吐いて立ち上がった。丁度良いことに、そろそろ診療所へ向かう頃合いでもある。

「……ったく、ジジィに何て言うかねェ」

 扶養家族が三人増えました、なんて。

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