番外:卯の花腐は始まらない
※本編の数年前。まだ幼馴染が全員都に揃っていた頃。(まだ百鷺が白鷺だった頃)
「紅雪、思うんだがな」
幼馴染が、いつも通りの駄弁りの合間に、ふと口を挟んだ。
「卯木に、いつまでお前の従者やらせとく気だ?」
「……彼女の働きに不満が出たことはない」
卯木は非常に職務に真面目だ。元々は浮浪児で僕に拾われた身の上だが、無教養だの無作法だのと謗られるような振る舞いをしないために努力し、かつそれが実っていることは、彼女を知る誰しもが分かっていることだ。何より、その骨惜しみのない様子は割と僕に向ける忠誠心に起因する。全く出来た従者で、主人冥利に尽きる。
「そういうことを言ってんじゃねェよ。っつか、そんなら俺が言うわけ無ェだろ馬鹿」
この幼馴染、『白』では五色として最低限の教育しか受けていない上に下町の若者めいた言葉遣いをすることもあって、品性が足りない出来損ないと言われることも多い。とはいえ、僕に言わせれば、教育に関しては白鷺の所為じゃないし、幼馴染の身びいきを差し引いても、彼の異母兄よりも均整の取れたまともな性格だ。よって、他一族の人事に闇雲に口出しするほど馬鹿ではない。
「じゃなくて。お前もあと何年か後には成人するけど、今のところ傍に置く従者は卯木だけだろ」
「嘆かわしいことに、信頼できる人材が少ないんだよ」
この間も下女に化けてもぐりこんだ妹宛ての刺客がいたくらいだ。卯木が不審さに気づいて僕が手を回したが。
「だからそれくらい知ってンよ。いつまでもソレじゃあ、卯木をお前の手付きと見なす奴も出て来ねェか?」
大真面目に幼馴染が言い放ったことは、確かに的を射ている。
要は、側女を体よく従者という位置につけていると、まあそういう風に見なされる可能性もあるということだ。彼女の働きを見るだに馬鹿馬鹿しいが、世の中にはそういう下世話な見方が好きな向きがある。
「……しかし、手放すのは惜しい」
賢く忠実でよく働き、気心も知れていて信頼できる。そんな卯木をその性別一つで他にやるのはあまりに惜しい。
まあそれだけではないけれど。
「でもよ、そんな話が出たら、お前の名誉を考えて従者辞めそうじゃねェか、卯木なら」
一瞬絶句した。有り得る。仕えることで主に不名誉な噂が立つのは従者として本末転倒だ、ぐらい冷静に分析しながら辞めそうな気がする。彼女が僕に向けている感情は忠誠と親愛だから、僕に不利な話が出てもなお仕えさせてくれとは言わないだろう。
「…………分かった」
「おいどういう方向で?」
流石幼馴染、よく分かっている。
「下種の勘繰りは片っ端から潰す。それでももし辞めそうになったら、卯木本人に頼む」
仕え続けてくれ、それが僕には一番の奉公だからと直接本人に言えば、そう極端な手段は取るまい。
「ああやっぱりそういう方向かよ……」
幼馴染に頭を抱えられようが、より面倒なほうに突き進むことになろうが、この際関係ない。
そもそも、名づけた時から決めていたのだから。