008 勧誘 ~ナカスの美女とパンナイルの鬼軍師~
ハギは雨に打たれていた。
死体のように地面にその身を投げ打って、横たわっている。実際に死んでいれば、大神殿で元気に蘇っていたところであろう。わずかなHPを残して生きたまま倒れているのだ。
武器も盾も持たないハギは、身を守るには懐に忍ばせたアイテムを撃ち続けるしかない。式神は目くらましになるかもしれないが、攻撃力はない。仲間の援護に特化しているため、攻撃系の技がひとつしかないのだ。
それが<鏡の神呪>だった。飛び散った光が敵に噛み付いて、相手から削ったHPでその身を回復するという<神宜官>ならではの技だ。ギリギリまで攻撃を受けておいて、逆転の一手として放つのだが、毎回これでは身がもたない。
「ハギ、カッコワルイ」
禿頭のヤクモは無事だったらしい。ニコニコとハギを見下ろして手を差し伸べている。ハトジュウもケケケと笑いながらハギの顔に舞い降りてくる。
ハギはPKに遭っていた。たったひとりで全員を神殿送りにしたのだから、なかなかの腕前とも言えるが、レベルの違いに助けられた面が大きい。
死にかけのハギのまわりでキャアキャアわあわあいう声が聞こえてきた。
「あー、なんか人が倒れとぅばい」
「お腹減っとぅとー?」
「死んどらんと?」
ハギは少しだけ首を起こしてヤクモに聞いてみる。
「ああ、ヤクモ。どうも私は死んでしまったようですよ。ここは天国に違いありませんねえ」
方言丸出しの少女たちは、裸としか思えないほどの軽装備で近寄ってくる。
「なんだ。水着は着ているんですか。ここは天国かと思ったのに」
ハギがうめき声程度の声でつぶやいたのを見て、リーダー格の子がため息混じりに首を振る。雨に濡れたブロンドがわずかに水滴を飛ばす。
「分かっとらんね、お兄さん」
「え、それはまさかボディペイン……」
「守るものがなけりゃあ、天国ってことったい。何でそんな装備つけんといけんと? 死んだって平気なんやし防具なんていらんって。風邪もひかんし、草負けなんてせんし。楽しんだもん勝ちっちゃん」
そして黄色いわあきゃあ言う声が広がる。
パンツ一丁の男たちに神輿のように担がれ、裸同然の女の子たちに扇がれながらハギは<ナカス>へと運ばれていく。
いつ終わるともしれぬ退廃的な社会情勢に、お祭り好きの九州人の性格が加わると、前向きで自暴自棄な集団ができてくるらしい。
「隊長ー。こういうときはギルド乗り換えてもいいもんですかねぇ。全力で楽しむことだけ考える互助組織に命救われましてね。いや、そもそもただ死にかけてただけなんですけどねえ。ある意味、無敵だと思いますよ、彼女たちは。<PINK SCANDAL>って言うんですけどね」
わっしょいわっしょいと運ばれながら、念話のようにひとりごとを呟くハギの後を、ヤクモは頬をふくらませながら追いかけていく。
「ハギ、カッコワルイ」
ケケケと一声鳴いて、ハトジュウは、一際高く舞い上がる。
■◇■
「おいらのことご存知とはね、<鬼邪眼>の龍眼さん」
「<兎耳>の召喚術師桜童子にゃあといえば、<シルバーソード>の浮世さんもお気に入りだそうじゃないですか」
<パンナイル>の九大商家<リーフトゥルク家>の屋敷の一室に似つかわしくないふたりが向き合って座っている。
一方は学生服のような詰襟の黒ずくめの青年で、もう一方はぬいぐるみである。畳もまだ青いこの部屋で、鯉でも眺めてお茶でもすするような雰囲気はこの二人には似合わない。
「ああ、じゃあヘブングラスの方にいた<イヴルアイ>って」
「ええ。あなたはベアブックにいた<エレメンタラー>ですね。お互いの様子を聞くことはできてもあいまみえることはありませんでしたから」
まだこの世界がゲームだった頃、<ナインテイル>で特徴的なレイドイベントが組まれた。離れたふたつの城に抜け穴から増援として侵入し、次々と押し寄せる敵から城を守るというイベントが、ふたりの会話にも出てくる<ベアブック・ヘブングラス同時篭城戦>である。
同時期に他地域で有力イベントもあったし、パーティも分断されてしまうことから、代表を派遣して攻略しようとするギルドが多かった。桜童子や龍眼たちもそのときの多ギルド籍軍の一員である。
フレンドリストに浮世の名はあるが、それから大きな交流はないので、同時篭城戦の枕詞として彼女の名は出されたのだろう。要するに龍眼からすれば、ほかの冒険者たちと違い、桜童子にゃあの人物評価は終わっているといいたいわけだ。桜童子だけ別室に呼ばれた理由も納得がいく。
「人はあなたのことを兎耳の隠者と呼ぶそうですね。どうです、その卓見で、今後の情勢を指摘してもらえませんか」
「ここは謙遜していた方がいいかねー」
「よしましょうよ、エレメンタラー。腹の探り合いは」
さすがは鬼邪眼の異名をもつ龍眼である。目に力を入れただけで空気が歪むような圧力を感じる。
「情報が少ないうちは、それも資源だと思いたいのはわかるが、多くの<冒険者>から情報を得ている我らと、君たちでは情報量が違う。ここで取引をしてもはじまらないんじゃないかな」
「ふふ、じゃあ言う。いくつかの革命が起きる」
兎耳の男は立ち上がって予見した。龍眼は気色ばんだ。
「クーデターですか? ここの領主を狙うとしたら私が適任だが、私と領主の利害は一致している。それは見当違いというものだ。逆に他の誰かがクーデターを起こそうというならば私が全力で守る」
重圧のある目を、冗談のようなふわふわ感でさりげなく躱す。
「いや、おいらは歴史レベルの話をしているよ」
「ほう。具体的には」
「まずは食文化革命。龍眼さんも味の秘密に気づいたんでしょう。秘密というほどではないが、しばらくは金貨に変わりうる価値になる」
「ええ、あなた方はまだしも、多くの<冒険者>を呼び寄せることができた」
龍眼は桜童子の予見を楽しむように、肘掛に体重を預けた。
「次に、同様の方法で産業革命が起きる」
「ほほう」
「おいらたちは、生産系ギルドだからね。今までに作れなかったものを作ることが可能になると考えている」
「先見の明というやつですね」
「ほめても何も出ねえぞ」
「スキルを有するものが己の知恵と力を尽くせば、それに見合うものが作れるというわけですね」
「やっぱりわかってんじゃないのー。<刀匠>を集めているんだろう。うちのシモクレンを欲しがっているみたいだね。レベル90を超えた刀を打てないかと考えているんじゃないかな。それだけじゃない。おいらは、もっと<エルダーテイル>的ではないものも作れると考えている」
「必要なことがあれば言ってください。バックアップできる」
「そのときはたのむよー」
桜童子はパタパタと部屋の中を歩いていたが、やがて池の鯉を見ながら腰を下ろした。
「これも同様だけど、エネルギー革命が起きる」
「産業革命といえば蒸気機関。火と水を自在に使うエレメンタラーらしい発言ですね」
桜童子は沈黙した。肯定も否定もしなかった。
これはまだ、彼の中にある仮説である。長い沈黙のあとようやく口を開く。
「おいらは地下資源に注目している」
「石油や石炭の話ですか」
「そんなのは神代になくなってんじゃないかなあ。ここはセルデシアなのだろう? 道に打ち捨てられた車が蔦と一体化してたところをみると、過去には石油も存在していたということだろうけど。使える形で残っているとは到底思えないなあ」
「ほかにも別のエネルギー源が眠っていると」
兎耳のぬいぐるみは、邪眼師に身体ごと向き直る。
「おいらは召喚術師で、あんたは付与術師。どちらも高レベルの魔法攻撃職だ。だから、見えてんだろう」
ややあって、龍眼は頷いた。
「ああ、そういうことですか」
桜童子は答えない。
「マナですね」
兎耳がぴるぴると動いた。
「魔法の源、マナを資源としてみるということですか。だが、マナとは大気の中に混ざる霊気のようなもの。アルブ系の民なら魔力機構を使って動力に変えられるでしょうが、我々が魔法以外に使う道などあるのでしょうか」
「ルークィンジェ・ドロップス」
意味不明な単語を口にしてぬいぐるみがにやりと笑う。
龍眼もまた奇貨を拾ったとにやりと笑い返した。
よーし! このお話、ちゃんと完結させられそうですよー!
今晩、全話アップしますねー!