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007 出現 ~その男、敵か味方か~


「ようやく<ビグミニッツ>だなんて。もう足がだるいよう」

「姉ちゃんの剣、あたんねーな! でもよくやった!」

 ぽんぽんとユイに頭を撫でられるサクラリア。

 これでは完全にだらしない姉のようである。


 ユイの背後にサクラリアが回るフォーメーションで旅を続けている。

 ユイは援護歌を歌声を背中に浴びながら、モンスターの中に突撃していく。

 サクラリアは歌いながら仲間を援護するとともに、高めた剣技で敵を切り伏せていくというスタイルのビルドだが、これは桜童子と組むことが多かったことによる結果である。



 この旅では、ユイ自身がサクラリアの刃となってしまっているので、実際に<舞い散る桜の円刀(セイバー)>を使う機会がないのだ。


 街道は冒険者が踏み固めた程度の小径だ。

<ビグミニッツ>より東は商人もそれほど足を運ばない。陸路よりも川を使って運搬する方が早いのだ。おかげで道の両端の茂みは鬱蒼としていて、モンスターよりも盗賊が潜んでいる方が恐ろしい。


 実際に、一組のPKと戦った。

しかし、盗賊の用意していた長い棒の先に鎌が付いたような武器は馬の足を斬りつけるためのものであったらしく、あっさりとユイに懐に飛び込まれなすすべもなく虹色の泡と化した。


「あれじゃ待ち伏せ場所が悪いよ。あれで盗賊なんて効率悪すぎる。何考えてんだ」

「本気でPKしようとしてたのかなあ」


 サクラリアは桜童子にゃあのことを考える。きっと彼なら召喚獣を使って、盗賊たちを全員茂みから追い立てる。盗賊程度の敵なら戦わずして戦意を喪失させる。そんなときは自分は周辺警備をしていればよかった。そうすれば、彼らの真意が聞けた。


「姉ちゃん。顔赤いぞ」

「わ、何。そ、そんなことないよ」


 さっき桜童子からの念話を受けて、頭から彼の声が離れない。少し記憶の声より高くなっているような気がするが気のせいだろうか。もともと中性的な声だが、このまま高くなったらぬいぐるみの姿にぴったりの声になってしまうんじゃないだろうか。


「おい、姉ちゃん。小便したいのか?」

「わ、何。そ、そんなことないよー」

「もじもじしてるから。遠慮しなくてもいいぞ」


 (にゃあ様)と目を閉じて心で呟く。

 彼のことが好きで毎日ログインしていたようなものだ。<エルダーテイル>に行けば彼と話ができる。頭を撫でてもらえた気になる。実際のグラフィックスでは自分の方が背が高いから、耳のあたりを毎度つまむような姿になる。


「ぷふっ」

「今度はなんだよ。もう、今日の姉ちゃん、変だぞ」


 なんだか足も軽くなってきた気がする。自分の原動力は彼なのだと確信する。


「ねえ、ユイはなんで<古来種>になりたいの?」

「ん? 兄ちゃんとの約束だ」

「兄弟がいるの?」


「兄弟じゃなくってさ。<古来種>の兄ちゃんがいるんだ」


 自分を姉ちゃんと呼ぶように、親しい間柄に<古来種>の存在があるのだろう。そういわれると、彼のブカブカの装備の理由がなんとなく分かってくる。


「その装備、もらったの?」

「兄ちゃんは永い眠りに就いた」

「死んじゃったの?」

「ホントに眠っているようなんだ。何かの呪いみたいに。その呪いを解く鍵を探すんだ。だからオレは旅をしなけりゃならない」


 サクラリアは素直に感心した。目的はあるが、どこに光明があるかわからない旅を彼は続けているのだとしたら、彼の屈託のない笑顔はどこからやってくるのだろう。これが強いってことなのかもしれない。


 旅を始めて二日。<柴挽荒鬼(シヴァ)>四体に囲まれた。

 それまで<猛猪(ワイルドボア)>や<魔狂狼(ダイアウルフ)>など<自然>タグを持つエネミーか、<フクロウ熊(オウルベア)>のような<幻獣>タグを有するエネミーが多かったので、<人型>エネミーには慄然としてしまう。


 それでもユイはツンツンの髪をなびかせて果敢に一体に突撃していく。

 <トリックステップ>から<剣速のエチュード>で速度を上乗せした<アクセルファング>で一体を撃破したかと思うと、瞬間的に姿をくらませた。<暗殺者>の隠密技<クリープシェイド>だ。

 


 一番左端の<柴挽荒鬼(シヴァ)>の背後に幻のように現れたのが見えた。鬼の頬に強烈な膝蹴りが叩き込まれた。一撃必殺とはならなかったが、<サドンインパクト>の効果でモンスターは惑乱している。


 残り二体。サクラリアは目の前にいるが、<柴挽荒鬼(シヴァ)>は腰の鉈を振り回してユイを狙った。ユイは惑乱したシヴァを盾に木へと飛び退った。


 サクラリアは桜童子とのコンビネーションを思い出していた。着弾した瞬間に<デュエット>で円刀(セイバー)を叩き込む。だが、今の連携では円刀(セイバー)の出番がない。ユイのヘイトが高まっているから、まったくサクラリアは見向きもされない。背後から駆けていき、斬りつけるのがやっとだ。しかし、攻撃力が弱い。


 ユイは樹上から<アサシネイト>を狙っている。一撃必殺の技だ。ただし、方向も攻撃のタイミングまでもバレてしまえば、いくら一撃必殺でも無傷ではすむまい。


 サクラリアは歌い始めた。スキを作らなければ。声が震える。

 円刀(セイバー)を掲げ胸に手を当てて懸命に歌う。

 音符が広がり始めた。ヘイトも上昇していくのがわかる。

 サビまで歌えば<グランドフィナーレ>の発動だ。


「姉ちゃん!」


 サクラリアは気づかなかった。

 歌につられるように背後に四体の<柴挽荒鬼(シヴァ)>が現れていたことに。

 鉈が振り上げられる。

 振り向く。

 あと二小節で増えた敵にも<グランドフィナーレ>は着弾する。

 振り下ろされる。

 あと一小節。



 海中で爆弾が炸裂したような鈍い音が響く。

 あとからついてくる風切り音。

 鉈を振り下ろした<柴挽荒鬼(シヴァ)>は頭蓋を粉砕させながら視界から消えていく。

 何が起きたかわからないまま、サクラリアは歌っていた。

 


 <グランドフィナーレ>の着弾。同時に放たれる<アサシネイト>。

 サクラリアは歌いながら放心状態になった。その間に黒い影となったユイが残る<柴挽荒鬼>を一掃する。


 サクラリアを斬りつけるはずだったシヴァは、強い力で横方向に消えていった。今頃になってサクラリアはそちらに目をやる。


 <柴挽荒鬼(シヴァ)>は泡と化し、その輝く泡の中に、容貌魁偉な男が立っていた。

 そして叫ぶ。


「おい! ここは<エッゾ>かって聞いてんだ!」


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