006 選択 ~冒険者集う地、九大商家パンナイル~
<パンナイル>は商人の町である。
料理から味が消えたこの世界にあって甘味は特に歓迎され、果物を扱う露天や砂糖を扱う菓子屋は特に繁盛している。
この町で、そこに集うのは<大地人>が多い。その多くが猫人族である。
猫人族だらけでほかの種族が肩身が狭そうにしているかというと、そういうわけではないようだ。売り子はどちらかというと猫人族でない方が多い。気まぐれな猫人族にとって、常時座って店の番をする売り子というのは性に合わないようである。
中でも人気のある露天の売り子は、人間の<冒険者>が雇われていることが多い。大混乱に陥った冒険者にとって、生命の安全が保たれ、食事の心配もなく、日々目的を持って生きられるという点がよかったらしい。中でもヒューマンの勤勉さはここでは最大の利点となった。
そんな売り子たちの元気のいい呼び込みの声が止まって、どよめきに変わった。異様な旅の一行が通りを歩いているからである。
虎に跨った黒猫人の少女と、歩くぬいぐるみが一体。それに付き従うウンディーネ。大柄な西洋人形に大荷物のドワーフ。その後をきょろきょろとしながらついていくひ弱そうな<妖術師>。この一行が耳目を集めないわけがない。
耳の早いのが商人たちの売りである。彼らが何者で、どこに行くのか噂し合っている。知らないのは噂をされている当の【工房ハナノナ】の面々ばかりである。
パンナイルの街道を折れると、<ドン・キューブの森庭園>の一角が見えてき始めた。
【工房ハナノナ】のような小規模ギルドが庭園周辺に集まっているのが見える。なんらかの集会が始まるようでもある。
「そう緊張するなにゃ」
「緊張しているのはディルくらいだよ。レンは置いてきたサラ坊のことばかり考えているし、ドリィはどこにテントを拵えようかと思案してるしね」
「仲間のことなら手に取るようにわかるって言いたげにゃ。そういう君は何考えてるにゃ?」
「<リーフトゥルク家>の旦那が冒険者を招聘して、何を始める気なのかとね。まあ考えても仕方ないことだよ」
「ふぅん。どうやら君は物知りのようだにゃ。お館様は<九商家>のひとつまで数え上げられるお人だというのに、まったく知らない<冒険者>が多すぎるにゃ。<冒険者>というのはまったく無知で困ったものですにゃ。おっと失礼」
黒猫の少女はおかっぱ頭に見える毛並みを揺らして笑った。
<サンライスフィルド>から大河に沿って下ること丸一日。驚異のエンカウント率でこのゾーンに至るまでろくに会話もできぬほどに戦ってきたため、この少女がこのように明るく笑うのを見るのは彼らにとって初めてだった。
■◇■
「見つけたにゃ、<冒険者>さん。クエストを、受けないかにゃ」
【工房】を訪れた少女は虎の上からそう言った。
「おいらたちは人を待っている。ここを離れるわけにはいかない」
桜童子は一度ははっきりと断った。
虎から降りた少女は、キウイの実を虎に与え、四人の前に進み出た。虎は猫のようにおとなしくなり、皮の上からざらついた舌でキウイを舐めている。
「内容も聞かずにそれはあんまりというものにゃ。まあ聞くにゃ。このイクソラルテアについて<パンナイル>まで来て欲しいにゃ」
「行く気はないが報酬を聞こうか」
ふふんと鼻を鳴らしてイクソラルテアは言う。
「味のついた料理が食べたくないかにゃ」
ふーっと鼻息をもらして桜童子は答える。
「ウチは料理人がいるんでね」
ほうと肩をすくめるイクソラルテア。
「味の秘密知ってるのにゃ? で、うまいの?」
「まずいわぁ!」
正直に答えるシモクレンに桜童子は眉をしかめる。たしかにうまい料理に飢えている。それが現在の彼らにとって十分なクエスト報酬にはなる。しかし、ハギやサクラリア、あざみの拠点を失いかねないことと引き換えになるかと言われれば弱い。
パーティが全滅すれば大神殿のある<ナカス>からの出発になる。ハギとはそれで合流できるが、サクラリアからは絶望的に遠くなる。
「じゃあ、行くか? 三人で」
「三人?」
シモクレンが不思議そうに首をかしげる。
「あー、ホラホラ。リーダーはサクラっちを待ちたいわけよー」
「うるさい、ドリィ。おいらがついていけば、誰かが戦闘不能になる可能性がある。でも<蘇生呪文《リザレクション》>を持ってんのは、今この中にはいない。仲間と合流しなきゃいけない以上、おいらたちは死ぬわけにはいかないんだ」
リザレクションは戦闘不能から蘇らせる特技だ。【工房ハナノナ】では<ナカス>にいるハギしか持っていない。
「いっそみんな死んだら、<ナカス>で会えるんちゃう?」
シモクレンの発言はとんでもない暴論だが、死んだ<冒険者>が<ナカス>の大神殿で蘇るのはハギの連絡によって確認済みだ。
「お前、ひとりでいるサクラリアに、こっちで会うために死ねって言えるのか」
「お、おっかない顔せんといてー。言ってみただけじゃない」
「いいや、全員で来てもらいますにゃ」
イクソラルテアは冷徹な声で言った。
「だから、おいらが行っても危険が増すだけ。レベル上げが目的ならまだしも、護衛が目的ならお門違いだって言ってんだ」
「聞き分けないにゃ。ひとりだけ先に<ナカス>に行ってもらってもいいにゃよ」
「ひとりだけ?」
イタドリがヒィッと声にならない声を挙げる。
「いつの間に」
桜童子の目に映ったのは、キウイと位置を入れ替えられ虎にぺろぺろと舐められているディルウィードの姿だった。
■◇■
唯々諾々と旅を強いられることにはなったが、ディルウィードはレベルが二つも上がり、シモクレンも新しい特技を習得できた。イタドリも新しい装備を手にしたので、一概に悪い旅だったとは言えない。
しかしイクソラルテアは十分に強かった。<魔狂狼>に騎乗する<緑小鬼> を、虎に騎乗したまま瞬殺したときなどは、桜童子以外は目に追えなかったほどである。それだけに、<冒険者>全員を連れて行く意味が謎に思えた。
「囲い込みか」
イクソラルテアは虎から降りて尻尾をピコンと振った。
「さすがにゃ、賢いね」
「褒められた気がしねえな」
「いやー、あたしらにとっては急にペラペラしゃべりだした<冒険者>が不気味でたまらんのにゃ。これだけ強くて知能があるとなれば、戦争状態になってもおかしくない。お館様はそうなる前に<冒険者>と仲良くなりたいわけにゃ」
「PK、略奪、街道の占拠。戦争に至らなくても、<冒険者>由来の難事があとを絶たないわけだからな。できる限り味方につけておき、滞在できるものには抑止力として働いてもらいたいというわけか」
庭は、巨大な邸宅を覆い隠すように森や丘、川や池などが作られ、それだけで一個の街のようだ。球場ほどの広場に<冒険者>が集まっている。なんらかの受付をしていると思われる。
「お互いの利害が一致すると思うんだよにゃー。こうやって声かけてみると、多くが生産系か商業系のギルドばっかりなのにゃ。<ナインテイル>の風土ってものですかにゃ。いろいろと難事に立ち向かうには、ギルド再編も考慮に入れなきゃいけない時期でしょうにゃ」
「たしかに、聞くところによると巨大ギルドに接収されることを希望する冒険者も増えてきているらしい。少数では悪質な冒険者にもモンスターにも太刀打ちできない上、狩場やアイテム購入などの生存競争に負けてしまう。だから大規模ギルドに入るか、大きな商家のお抱え冒険者となるか、か」
「にゃ? お互いの利害に一致してるにゃ?」
この広場で<冒険者>登録しておいて、町に逗留させ、必要に応じて呼び出す、希望するものには屋敷に住まわせるという仕組みなのだろう。そのための説明会が開かれようとしているのか。
「最初に脅す必要はどこにあった」
「参謀がこう言ったのにゃ、『<桜童子にゃあ>は格の違う<召喚術師>。まともに勧誘しても成功はしない。<刀匠>もまとめて抱き込むためには、仲間意識を刺激するのがよい』と。ほら、いっしょに戦ったらあたしも仲間に思えてきたにゃ?」
「それ打ち明けていいのかよ」
「しまったにゃ。まあいいにゃ、猫人族は気まぐれなのにゃ」
「ふ。その参謀とやら何者だ?」
「それは秘密にゃー」
気まぐれめと呟いて桜童子は笑った。
「そうそう、参謀が会いたいって言ってたから、桜童子だけ会って確かめたらいいにゃ」
もはや、桜童子にとってその話題に興味はなかった。頭の中では、はるか東の仲間をどうすれば守れるかが渦巻いていた。