016 南征 ~美しき世界と未来への遺伝子~
全員集結という最初の課題は達成した。
次なる課題はあざみの受けて来たクエストの攻略である。
<柴挽荒鬼>の鎮定に向かうチームを二つに分けて紙に書いてある。
Aチーム:ヨサク、リア、ユイ、ドリィ、ディル、バジル
Bチーム:あざみ、桜童子、レン、ハギ、イクス、山丹
Aチームの弱点のひとつはイタドリとディルウィードの遅さだ。
サクラリアとユイはヨサクとのチーム経験がある。こちらは良い。
バジルは狼牙族で、足はやたらと速いが、ヨサクと並ぶように期待したのではない。経験値と投擲能力で弱点となるふたりをカバーするよう期待しての配置だ。
もうひとつの弱点は回復職がいないことだ。これはAチームまでカバーできる山丹の機動力を見越しての作戦である。
Bチームの弱点は桜童子のエンカウント率である。これは集団戦闘が得意なあざみがフォローする。ただし桜童子も相当な手だれであるからほとんど問題はないといえる。
Aチームはヨサクを頂点とした三角に布陣している。Bチームはその後方でT字に並ぶ。回復職のシモクレンとハギが山丹に乗るイクソラルテアを挟む。後ろに、あざみ。最後尾が桜童子である。二チーム合わせて矢印型の陣というべき隊列だ。
サクラリアとユイが経験したようにヨサクが進路を決めていく。ルークィンジェ・ドロップスを発見しなければ、<柴挽荒鬼>の発生を食い止められない。時間的なロスは大きいがこの方法が確実だ。
「行けえ、嬢ちゃん! ララバイを歌え!!」
「<月照らす人魚のララバイ>!」
<柴挽荒鬼>三体が放心状態になった。ヨサクの〈ワイバーンキック〉とユイの〈スイーパー〉で一気に倒す。
一体がディルウィードの横に現れる。ディルウィードの前にイタドリが割って入り、その間にバジルが<柴挽荒鬼>にマーカーを設置する。ディルウィードが<アストラルバインド>で縛る。<柴挽荒鬼>は格好のデッツハメの標的となる。しかし、飛び込んできた山丹が頭を食いちぎる。
「このおバカトラー!」
バジルが叫ぶ。
残りの四体は桜童子の背後に現れたが、彼にとってこの程度は敵ではない。
「ソードプリンセス」
桜童子は振り向きもしない。四体の<柴挽荒鬼>に向かい合ったのは、ドレスの上に甲冑をまとった姫の姿である。その姫の剣の一振りは、四体を一気に消滅させるのに十分だった。
八体を倒したところで、ちょっとした休憩を取る。ヨサクとあざみが進路について打ち合わせをしている。
サクラリアの元にシモクレンが駆け寄る。
「円刀、いい感じやないのー」
「うん。この柄の飾りに埋め込んだら、あんな共鳴音出すなんて」
ヨサクも会話に交ざる。
「さすがは怨念の石。<呪歌>によく効くな」
「これ、きっと怨念じゃないよ」
サクラリアは、廃墟で桜童子が言った言葉を思い出す。
「<六傾姫>ってのは冷遇された<アルブ>の女性なんだ。
差別や虐待を受ける仲間たちのために蜂起した少女もいるし、
政治内部にその身一つで潜り込んで何とか社会を変えようとした姫もいる。
幽閉され、世界の苦しみを一手に引き受けながら
言葉の力だけで民心を変えようとした女王もいる。
みな、その血ゆえに世界に認められない悲しみをもって世界と対峙し、
それでもあきらめず世界と戦おうとした姫たちだ」
それを聞いて言葉を漏らしたのは、ユイだった。
「あきらめない、本当の力」
「そうだな」
桜童子は続ける。
「確かに変わらぬ世界への恨みはあるだろう。
悲しみはいまだに消えていないかもしれない。
でも、そればかりじゃない。
何とか世界に認められたい。
何とか世界に受け入れられたい。
どうにかして自分たちの力を生かしたい。
そんな思いが結晶化してこんなに美しい宝石になったんじゃないかな。
だからこそおいらたちにこんなに強い力を貸してくれるんじゃないかな。
ルークィンジェ・ドロップスは彼女たちの未来への遺伝子だと思うよ」
サクラリアもその意見に賛成だった。呪われた石じゃない。
誰かの役に立ちたいという清い切なる思いがこぼした涙にちがいない。
サクラリアはルークィンジェ・ドロップスを埋め込んだ円刀を振るいながら、そう確信していた。
山に入るごとに、<柴挽荒鬼>の数は増し、戦いは熾烈になっていく。
しかし、戦いをやめるものはいない。パーティ戦の楽しさや達成感はゲーム時代を超えるものになっていた。
夜も徹して進む。明け方に向けてぐんぐん気温が下がってくる。
体には熱がたまっていて気持ちがいい。
めざす<ハイザントイアー>まであとわずかになっていく。
五百メートル級の丘の上に立つ。朝日がのぼる。
盆地に雲がたまっている。雲海だ。
自分たちが空の上に立っている感覚。高揚感。
この世界にも朝は来る。
当たり前だけれど、当たり前ではない光景。
美しき世界。




