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桜サク夏  作者: 綾瀬タカ
8/52

8 放課後

 何度屋上に行ってしまおうと考えたか分からない。友達付き合いはこんなに難しいものだっただろうか。

 あのあと夏は教室に戻っていき、私は昼休みを屋上で過ごした。

 それまでは良かったのだが……

 5限の選択授業では、

「あっ椿、おかえり〜。次選択一緒だよ〜」

「椿、ピアノ練習してきた? あたしまた合格貰えなかった〜」

 6限の体育、バスケットでは、

「椿、一緒のチームだね!!」

「椿パス!!」

「やった〜!! 椿のおかげで全勝だね」

 と、ひっきりなしに女子が周りを囲んで、嬉しそうに私に話し掛けるのだ。それだけでも十分疲れるのに、さらに、私はそれがいつもの光景だと暗示をかけて、彼女たちと同じように、明るく振舞わなければならなかった。

 早く家に帰りたい。そう思ったのは、ようやく長い1日の授業をすべて終えて、ホームルームを迎えたとき。やっと終わった、と、本気で思っていた。

 ホームルームのあと、さっさとこの場を去ってしまおうと、私は鞄に教科書を詰めることもせず、席を立った。誰かがまた話し掛けてくる前に、桜に戻ってしまおうと。だけど、こういうときに限って席は窓際。廊下から一番離れていて、さらに砂糖に集るアリのような、ごろっとした集団の固まりが、私の行く手を阻んでいる。彼女たちの前をどうやって過ぎようか。こうなったら正面突破しかないと、決めた。

「じゃあね、また明日」

 そう言って誰の返事も聞こうとせずに、私は廊下に向かっていた。バイバイ、と返す子もいれば、もう行っちゃうの? と言う子もいた。「うん、行っちゃうよ」。そうして私は固まりを飛び越えることができた。

 だけどそこで、乃李が言った。「剣道部、頑張ってね」と。

 足が、凍りついたように止まってしまった。そうだった。私にはまだ、椿としてやらなければいけないことが残っていた。


「放課後、道場に来てね」


 確かに真紀さんはそう言った。



 *  *  *



 この学校はスポーツを積極的に行っているらしい。グラウンドは広くて、野球部とサッカー部、ラグビー部が活動している。テニスコートは校舎の隣にあって、陸上部は陸上競技場を貸し切っているらしい。さらに驚いたのは、2つある体育館のほかに、柔道、剣道、空手、弓道の、専用の道場があるのだった。

 なぜそれを知ることになったのか。それは、剣道部の道場が分からなくて、学校をほぼ一周したからだ。実は、椿に見せられた見取り図で、体育館以外はどうせ必要ないだろうと、覚えることをしなかった。誰かに聞くわけにもいかず、私は、道場をひとつひとつ周る羽目になってしまったのだ。

「すいません、遅くなりました」

 そこが剣道部だと分かったのは、横一列に並ぶ道場の最後だったからだということと、あまりに時間を掛けすぎて部活が始まってしまい、パーン、という竹刀の音が、そこから聞こえてきたからだった。

「あ〜っ!! 椿、遅いよ。何してたの」

「ごめんなさい」

 迷っちゃって、と言いそうになって、思わず俯いて口元を隠す。

「うちらはもう準備運動終わっちゃったから、着替えたら椿なりに軽く体ほぐしておいて。もうすぐ来るみたいだから、それまでに支度してね」

 と、真紀さんは更衣室を指差した。

「え? 来るって、誰がですか?」

「誰って、練習試合の相手校に決まってるじゃない。先週とは違う高校なんだけどね、ここもなかなか強いの。3月の都大会で準優勝したところ」

 真紀さんはすでに勝ち誇ったような顔をして、「ま、優勝はうちだったけど」と、言った。

「由美がさ、まだ足の捻挫治らないのよ。2週間後の関東大会は大丈夫だって言ってるんだけど。だから椿には悪いけど、2週続けてうちの部員のフリしてもらおうってね。椿、大体のスポーツは軽くこなすし、助っ人で入ったバレー部を都大会優勝に導いたエースだもん」

 そうだ。椿は中学時代、全国大会に出場し、得点王になったほどの実力。チームはベスト8止まりだったのに、椿のところにはバレーの名門校からのスカウトがたくさん来ていた。結局それらを全部断って、バレーだけの人生は嫌、と、引っ越しを機にバレー漬けの毎日から自身を解放していたけれど。

  

 ――椿は本当に、高校では自由奔放に生活しているんだ。


 そう思ったら何だかすごく、ものすごく椿が羨ましくなって、私はあと少ない“椿”を楽しもうと、更衣室へと向かっていった。





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