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桜サク夏  作者: 綾瀬タカ
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7 屋上の空

やっと、初めて桜と夏の絡みが入ります。

「椿。お前、生徒会の仕事じゃなかったの」

 そういえば彼は、さっき6つの机を囲んだ中にいた男子のひとり。その彼がなぜここにいるのかは分からないけれど、空を仰ぐ私の前に立って、私を見下ろしている。

「入来、夏……」

 彼だった。クラス写真よりも少しだけ髪が伸びて、着崩した制服とネクタイ。野球部に所属しているという彼の、初めて会ったときよりも少しだけ、日に焼けた肌。

「フルネーム呼び捨て? 何で」

 彼は声に出して笑い、頬を緩ませる。

「何でこんなところにいんの」

「……そっちこそ」

 夏、と呼ぶのは気が引けて、私は思わず言葉を濁した。

「俺は、ここにはよく来てる」

「どうして?」

「どうして、って、別に、理由なんてないけど。ただ、ここは開放的だろ。空に手が届くような気がして、好きなんだ」

 そう言って手のひらを高くかざした彼は、私の隣に腰を下ろした。どうして隣に座るの、そう聞いたら、別に理由なんてない、という答えが返った。そのぶっきらぼうさは嫌いじゃないと、思った。

「あたしは……。あたしも、同じかも。あそこは窮屈だから」

「あそこって、教室?」

 私は、答えなかった。肯定したくなかったし、否定もできなかった。

 しん、として、風が流れる。夏が近いから暖かく、ふわふわとした風。髪の毛が舞い、揺れる。

「椿」

 不意に彼が呼んで、私は隣を向いた。その瞬間びゅうっと風が強く巻き起こって、薄くリップを塗った唇に、髪が一筋、触れた。

「お前、椿?」

 そう言って彼は、唇にかかった私の髪を、するっと解いた。



 *  *  *



 ――言ってしまおうか。椿、やっぱりこの人には気づかれてしまうよ。


 そう思って、口を開きかけた瞬間、


「しらばっくれるだけよ」


 と、椿の声が、聞こえたような気がした。




「……夏、急に何言い出すの。あたしが椿じゃなきゃ、誰が椿なのよ」

「そうだよな。分かってるんだけどさ、何か、今日の椿はいつもと違うような気がして」

「もしかして、授業中ずっと見てたのも、そのせい?」

「やべ、気づかれてた?」

「あんなまっすぐに見られてたら気になるわよ。夏、あたしのことが好きなのかと思った」

「ばっ、か。そんな訳ないだろ」

「ちょっと、何それ!!」

 これでいい。夏は単純だから、すぐに信用する。5限は選択授業。6限は体育。今をうまくやり過ごせば、夏の視線を気にする必要もない。

 あとは、人の名前を忘れないようにするだけ。そうすれば、私は「椿」から解放される。


 どうして夏は私に気づくのだろう。どうして私は夏を、こんなに気にしてしまうのだろう。


 それさえ、考えなくなる時が来る。





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