6 ターコイズブルー
12時30分から1時20分までの昼休み。どこに行くの、という乃李の言葉をさらっとかわして、私はひとり、屋上にいた。過去に飛び降り騒動があったという屋上は立ち入り禁止になっていて、だけど、鍵がかかっていない。たまにひとりで来るのだと、椿が言っていた。
「やっぱりひとりのほうが楽」
柵にもたれて座り、見上げると、爽快なブルーの空。お気に入りのネックレスの石は、確かこんな色をしていた。去年、16歳の誕生日にお揃いで買った、幸運を呼ぶというターコイズブルーのネックレスが。
* * *
午前中の授業は緊張と闘っていた。それは、今日という日が12日だったせいだ。
「じゃあ今のところ、12番」
1限の現代文で、早速12番が指名された。出席番号12番。“私”は、13番。
セーフ。1番違いで、運悪く入れ替わった日に当たってしまうところだった。今日はなるべく、目立つようなことはしたくない。
それなのに。
「12番は、弥代だな」
出席番号12番、弥代椿。そう、“椿”は、12番だった。
それが4限まで続いて、私は常に、椿でいなければならなかった。一瞬でさえも、気を抜くことが、できなかったのだ。
「穴はあとから開いてくるのね」
言っていなかったことも、知らなかったことも、たくさんあった。きっと椿も今ごろ、私の学校生活の新たな一面を目の当たりにしているだろう。
私が椿の部活について知ったのも、ついさっき、昼休みに入る直前のことだった。
「椿!! 今日さ、剣道部の助っ人来てくれない?!」
お弁当を食べようと、机を合わせているところだった。廊下から叫んだ女の人は、3年生の真紀さん。生徒会副会長をしていて、剣道部の女子主将。
「え? 助っ人ですか?」
真紀さんの前に立って、私は言った。
「うん。もしかしてもう他の部活から頼まれた?」
「何をですか?」
「何って、いつものことじゃない。助っ人頼まれるのなんて」
「助っ人……」
「先週来てもらったばっかりでしょ。もう忘れちゃったの? とりあえず放課後、道場に来てね」
真紀さんは肩をポン、と叩き、3年棟に戻っていった。
「椿、今日は剣道部? 昨日はバスケ部だったよね」
6つほど机が合わさったところで、私の座るスペースが空いている。乃李と喬の間。そこに置かれたお弁当を掴むと、私は教室を出た。
「椿? どこ行くの?」
「ごめん、生徒会の仕事忘れてた。行ってくるね」
そして立ち入り禁止の屋上へと、私は向かったのだった。
* * *
「あたしね、高校ではバレーやらないの。楽しかったけど、他にもやりたいことはいっぱいあるから。部活には入らない」
そういえば高校について話したのは、それが最後だったような気がする。家ではなかなか、私も椿も、お互いの高校生活のことを話そうとしなかった。何がいけないとかはないけれど、ただ、何となく。たぶんそれは、私たちの間にそれぞれ別々の空間があるということを、改めて知りたくなかったからかもしれない。
こうして入れ替わりだってしなければ、今さらそれを、思い知ることもなかったのに。
――椿の高校生活って、あたしと全然違うんだ。
生徒会、部活の助っ人、お弁当を一緒に食べる仲間。私は、違う。任命制の生徒会には早々と断って、ひとつの部活に所属し、お弁当はひとりで。学校でクールに思われている私は何でもひとりですることが多く、友達とベタベタ、連れ添いあうのに慣れていない。
「疲れた……」
ターコイズの空を眺めて、胸に空気を吸い込んだ。胸元にはターコイズのネックレスが、キラリと光っている。
そこに太陽が反射して、一筋の光が、彼を差した。
「何してんの、椿」
駅で出会った彼。授業中ずっと、私を見ていた彼。
入来夏。




