51 夏の気持ち
今日で完結のはずだったんですが、思いのほか長くなり、読みづらかったので分けることにしました。何度も引っ張って申し訳ありませんが、次回で完結になります。
考え事をして歩いていたら、思いのほか早足になっていた。駅に着くと、いつも乗る電車まで、まだ10分もあった。
「あ、定期忘れてきちゃった」
鞄のポケットを探りながら、通行人の邪魔にならないように、端の方へずれる。そういえば昨日は椿の学校に行ったから、定期も一度鞄から出したのだった。
それをしまい忘れたのは、考え事をしていたせい。昨日の夜からずっと、私の心は揺れて、回って、混乱している。これから、どうすればいいのか、と。
後悔なんてしていない、と言ったのは本当の気持ち。夏とは別れてしまったけれど、そんなこと、夏を好きだと気づいて、夏が嘘は嫌いだと知ったときから、分かっていた。それでも想いは消せなかったから、こうなっただけのこと。私はそれを、後悔なんてしていない。
だけど、今になって改めて気づいた。私はこんなにも夏のことが好きだったのかと。生半可な気持ちで夏を好きになったのではない、とは、思っていた。けれど、二度と会えなくなってしまった今でも、私は、夏を諦めることなんてできない。心の中から夏が消えていくこともない。好きな気持ちはずっと、変わっていないのだ。
どうすることもできないのに。
もう、この気持ちを持ち続けていても、届きはしないのに。
それなのに、どうしてまだ、こんなにも夏のことが好きなんだろう。
「あっ、と、切符買わなきゃ……」
ふっと、意識が喧騒の中に戻った。朝のこの時間、立ち止まっているのは私ひとりだけ。それが妙に浮いて見えて、はっとして券売機に並ぶ。といっても券売機は長蛇の列をつくっているわけではなくて、むしろ空いている。ほどなくして私が券売機の前に立つころには、左右に切符を買う人の姿はなくなっていた。
そのとき、私は確かに一瞬、不思議に思ったんだ。左右の券売機に人はいないのに、なぜ、私の後ろには人が並んでいる気配がするのだろうか、と。
「あれ、椿じゃん」
夏は、初めて出会ったあのときと同じ場所で、同じセリフで、私の後ろに立っていた。
ただひとつ、あのときと違って、息を切らして。
* * *
「夏。どうしてここに、いるの?」
もう二度と会えないと、ちょうど言い聞かせていた夏と、思わぬ再会をしてしまったことに、私は正直驚いていた。
「夏。どうして、私の前に現れたの。お前なんか認めないって、そう言っておいて。何で、私を見つけたの」
いっそのこと、私に気づかずに素通りしてくれればよかった。私の存在を認めなければ、よかったのに。
「そしたらあたしだって――!!」
そうすれば、私はやっと、夏を諦める決意ができたかもしれないのに。
夏はそこに立って、夢中で私が攻めるのを、じっと聞いていた。私がそこまで言い終えて一息つくと、頃合いを見計らったように、夏は私の腕をぐいっと引いて、券売機から離した。私たちの後ろにはちらほらと、人が並び始めていたのだ。
人があまり気に留めない駅の端のところに、夏は私を引っ張って、言った。
「『お前なんか認めない』って、俺は確かに言ったけど。だけど、仕方ないだろ。お前のことばっかり考えちゃうんだよ。お前のことが、頭の中から離れないんだよ」
そう、夏はひとつ言って。
「素通りすればよかったなんて言われても、無理なんだよ。お前を探してここに来たんだから、見つけられて当然なんだ」
と、もうひとつ、加えた。
そして、ぽかんとして状況をあまり飲み込めない様子の私に、夏は照れた顔をして「俺はお前に会いたくてここまで来たんだよ」と、言った。




