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桜サク夏  作者: 綾瀬タカ
51/52

51 夏の気持ち

今日で完結のはずだったんですが、思いのほか長くなり、読みづらかったので分けることにしました。何度も引っ張って申し訳ありませんが、次回で完結になります。

 考え事をして歩いていたら、思いのほか早足になっていた。駅に着くと、いつも乗る電車まで、まだ10分もあった。

「あ、定期忘れてきちゃった」

 鞄のポケットを探りながら、通行人の邪魔にならないように、端の方へずれる。そういえば昨日は椿の学校に行ったから、定期も一度鞄から出したのだった。

 それをしまい忘れたのは、考え事をしていたせい。昨日の夜からずっと、私の心は揺れて、回って、混乱している。これから、どうすればいいのか、と。

 

 後悔なんてしていない、と言ったのは本当の気持ち。夏とは別れてしまったけれど、そんなこと、夏を好きだと気づいて、夏が嘘は嫌いだと知ったときから、分かっていた。それでも想いは消せなかったから、こうなっただけのこと。私はそれを、後悔なんてしていない。

 だけど、今になって改めて気づいた。私はこんなにも夏のことが好きだったのかと。生半可な気持ちで夏を好きになったのではない、とは、思っていた。けれど、二度と会えなくなってしまった今でも、私は、夏を諦めることなんてできない。心の中から夏が消えていくこともない。好きな気持ちはずっと、変わっていないのだ。

 どうすることもできないのに。

 もう、この気持ちを持ち続けていても、届きはしないのに。

 それなのに、どうしてまだ、こんなにも夏のことが好きなんだろう。


「あっ、と、切符買わなきゃ……」

 ふっと、意識が喧騒の中に戻った。朝のこの時間、立ち止まっているのは私ひとりだけ。それが妙に浮いて見えて、はっとして券売機に並ぶ。といっても券売機は長蛇の列をつくっているわけではなくて、むしろ空いている。ほどなくして私が券売機の前に立つころには、左右に切符を買う人の姿はなくなっていた。

 そのとき、私は確かに一瞬、不思議に思ったんだ。左右の券売機に人はいないのに、なぜ、私の後ろには人が並んでいる気配がするのだろうか、と。


「あれ、椿じゃん」


 夏は、初めて出会ったあのときと同じ場所で、同じセリフで、私の後ろに立っていた。

 ただひとつ、あのときと違って、息を切らして。



 *  *  *



「夏。どうしてここに、いるの?」

 もう二度と会えないと、ちょうど言い聞かせていた夏と、思わぬ再会をしてしまったことに、私は正直驚いていた。

「夏。どうして、私の前に現れたの。お前なんか認めないって、そう言っておいて。何で、私を見つけたの」

 いっそのこと、私に気づかずに素通りしてくれればよかった。私の存在を認めなければ、よかったのに。

「そしたらあたしだって――!!」

 そうすれば、私はやっと、夏を諦める決意ができたかもしれないのに。

 夏はそこに立って、夢中で私が攻めるのを、じっと聞いていた。私がそこまで言い終えて一息つくと、頃合いを見計らったように、夏は私の腕をぐいっと引いて、券売機から離した。私たちの後ろにはちらほらと、人が並び始めていたのだ。

 人があまり気に留めない駅の端のところに、夏は私を引っ張って、言った。

「『お前なんか認めない』って、俺は確かに言ったけど。だけど、仕方ないだろ。お前のことばっかり考えちゃうんだよ。お前のことが、頭の中から離れないんだよ」

 そう、夏はひとつ言って。

「素通りすればよかったなんて言われても、無理なんだよ。お前を探してここに来たんだから、見つけられて当然なんだ」

 と、もうひとつ、加えた。

 そして、ぽかんとして状況をあまり飲み込めない様子の私に、夏は照れた顔をして「俺はお前に会いたくてここまで来たんだよ」と、言った。






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