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桜サク夏  作者: 綾瀬タカ
5/52

5 作戦開始!!

 入れ替わり大作戦決行日の朝。

「桜〜!! 制服これでいい?」

「えっと……、あっ!! 椿、リボン忘れてる」

「どこ〜?」

「クローゼットの左!!」

 私こと桜の登校時間まで、あと5分。桜に扮した椿は、ドタドタと私の部屋を駆け回っている。

 私たちは昨日、入れ替わったときの様々な場合を想定して、お互いに教え合った。例えば、椿はお昼はクラスで、大勢で机を寄せ合って食べているとか、桜は友達がいないのではないけれど、何かとひとりで行動することが多い、とか。これで完璧、と思った2人。揃って、制服の着こなしについては教えるのを忘れていた。


 その結果が、これ。


「椿、リボンは3つあるでしょ。どれでもいいから!!」

「うん。今日は緑にする〜、っと、そろそろ出なきゃ」

「いってらっしゃい。あたしは10分後に出るから」

「了解。じゃ、ね〜」

 椿が家を出た。

 ああ、本当に桜として行ってしまったのか。往生際の悪い心が、まだ納得できずに呟いていた。



 *  *  *



 椿が言うには、7時40分に家を出て、57分発の電車に乗る。駅から徒歩10分のところに学校があって、20分過ぎには教室に着く。それで30分からのホームルームに余裕で間に合う、らしい。

 だけど今、私は、走っている。時刻はすでに8時25分。学校はもう見えているけれど、校門まであと100メートルはあって、さらに「2−1」は3階の一番奥。


 


 家を出て5分ほど経ったころ、携帯が鳴った。椿からだ。

「桜ごめん!!」

 開口一番に、椿は言った。どうしたの、と私が返そうとしたところ、椿はさらに、続けた。

「ネクタイしてる? してないよね。うちの学校、ネクタイ常備なの。忘れたらペナルティなんだ。あたしの部屋のクローゼットの左に入ってるから、お願い!!」

 椿はそれだけ言って、電話を切った。時間的に、どうやら電車を途中で降りて掛けてきたみたいだった。

「お願いって、これから戻れって言うの?!」

 きっとすぐに電話を切ったのは急いでるせいではなくて、私に有無を言わせないようにしたんだと思う。電話がまだ繋がっていたら、私だって椿に文句を言うし、取りになんて戻らないと、きっぱり言える。

「ずるいよ、椿」

 私は走って、今来た道を全速力で戻っていった。





「おはよ〜椿。どうしたの、ギリギリじゃん。まだコッシー来てないよ。良かったね」

 8時28分に3階に着いて、そのままトイレに駆け込み、苦しい胸の鼓動を抑え、メイクと髪を整え直し、チャイムと同時に平静を装って教室に入った。

「ちょっと、電車に乗り遅れちゃって」

 声を掛けてきたのは、前の席の乃李のり。椿いわく、「あたしのことがすっごい好き」な、女の子。

「椿、CD持って来てやったよ。ほら」

「あ、ありがとたかし。返すの来週でいい?」

「またそのままパクるつもりじゃねぇの?」

「ちゃんと返すって」

「気長に待っとくわ」

 よく遊ぶ男子のひとり、喬との会話はこれでいい。椿はこうも話した。1か月前に喬に告白されて断った。良い友達のままでいたいから、気を持たせるようなことは言ってはいけないのだ、と。つまり喬とは、重い空気を作ってはいけない。軽い会話を親しげにするのがちょうどいい距離なのだ。

「ホームルーム始めるぞ〜」

 そのうち教室に入ってきたのは、担任の越丘先生。27歳のイケメンで生徒受けも良く、コッシーの愛称で親しまれている。担当教科は英語。


 ――よし、何とか乗り切れそう。


 走ってきたことで、かえって余計なことを考えて緊張する暇がなかった。頭の中はぐるぐる、昨日必死に暗記したクラス名簿がフル回転している。

 ホームルーム中、私は変にきょろきょろすることもなく、机と頬を杖で結び、気だるそうに前を向いていた。いつもの椿のクセだ。

 私は椿だった。なりきっていた。いや、私は、“椿だった”。


 なのに、なぜだろう。さっきから一瞬の逸らしもない視線が、背中に、私に突き刺さっている。







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