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桜サク夏  作者: 綾瀬タカ
49/52

49 終わった恋の小さな希望

 家に帰ったら帰ったで、今度は椿が私を攻め立てた。

「何で?! どうして夏に『さよなら』なんて言ったのよ!!」

「どうして、って、別に。だって、そう言わなきゃ終わらなかったじゃない」

「終わらせる必要なんてないよ。そこから始まるんじゃない」

「始まらないよ、何も」

 だって、分かっていたの。「よろしくね」と始まりの言葉を口にしたところで、夏は、私が差し出した手を握ってはくれない。私を、許してなんてくれないのだと。

「はっきりと拒絶される前に、あたしが終わらせたの。……恐かったのよ。それ以上夏に、嫌われてしまうことが」

「桜……」

「認めない」と、夏は言った。それは、“桜”の存在を認めないということ。たぶんあのとき、夏の心に残っていた一緒に過ごした時間さえも、消されてしまった。


 だからもう、私が失うものは何もない。

 だけど、まだ、希望だけは捨てられない。


「夏が、たとえ私と過ごした時間を消し去っても、最後の言葉は夏の心に残ったままだと思うの。人って、出会いと別れの言葉を結構覚えてるものでしょ。だから、夏の中にあたしの名前が生き続けているんなら、それだけでいいかなって」

「何がいいのよ。それじゃ桜の気持ちはどうなるの。夏だって本当は――」

「いいんだって。あたしが、それでいいと思ったの。椿と入れ替わりをしたこと、嘘をついたこと、夏にさよならをしたこと。あたしは、後悔してない」

「桜ぁ……」

「椿が泣かないでよ」

「だって、桜が泣かないから、」

 そう言って私の胸に額をついて、椿は泣いた。自分は彼と上手くいったというのに、椿の涙は嬉し涙ではなくて、心の底から滲み出た悲しみの涙だった。私が今、泣くことができていたら、きっと、こんな涙を流すのだろう。

 だけど、泣けなかった。涙が椿にすべて奪われてしまったように、心の貯水タンクは空っぽになっていた。


 ――後悔してないから、なのかな。


 だけど、できることなら、椿と入れ替わりをしたことも、嘘をついたことも、夏にさよならをしたことも、みんな、なかったことに、したかった。

 そんなことできやしないと分かっていたから、後悔という形で気持ちは残らなかったけれど。


 だけど、できることならば――。



 *  *  *



 朝、起きると、椿はもういなかった。母は「学校に行った」と言って自分も出て行き、私は、ひとりきりになった。

「椿、どうしたんだろう」

 クローゼットを開くと、ちゃんと私の制服はそこに掛かってあった。ということは、彼に会うために私の学校に行ったのでもないらしい。椿の部屋のクローゼットには、制服は、なかった。

「日直、か、朝練の助っ人……?」

 一言声を掛けてくれても良かったのに。もしかして、気を遣ってくれたのかもしれない。私が、眠れずに一夜を明かしたことに、気づいていたのかもしれない。

「あたしも支度しなきゃ」

 体がだるく感じられるのは、ベッドに横になった状態でも尚、体を休めることができなかったせいだろうか。ベッドに入ったのが午前1時ごろで、6時間は眠れたはずだった。それなのに、その長い時間すべて、私は夏のことを考えていた。人は考え出すと時間の経過を早く感じてしまうものなのか、想うことは、ちっとも消化しきれなかった。6時間では、まだ全然足りないくらい。

「もう終わったことなのに」

 それなのに、何を延々と想ってしまうのだろう。

「そろそろ行かなきゃ」

 制服を着て、いつもと同じ時間に家を出る。

 


 私と椿は双子で、だけど、漫画にありがちなテレパシーなんて使えるわけもないから。



 そのころ椿が、夏と会っていたなんて、まさか、知るはずもなかった。






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