48 繋がる言葉
「どうして夏にだけ嘘をついていたか、って、言ったよね」
「ああ」
「どうしてだと思う?」
「……分からない。でも、悲しんでほしくなかったからなのかな」
夏はそう言って、柵に背中をかけた。無意識なのか、視線が空へと映っていくのを見た。
「……あたしは、違うと思うな」
「え?」
夏の瞳が、空の彼から、私に流れてくる。
「夏のことが、好きだからだよ。自分の前で夏に悲しい顔をしてほしくなかったから、言えなかったんだよ。本当のことを」
「……何で、お前にそれが分かるんだよ」
私はきっと、夏の、その言葉を待っていた。
夏もきっと、私が返す言葉を、待っていたのだと思う。
「だって、あたしも同じだから。夏の悲しむ顔は見たくなかったし、嘘をついてるなんて……そんなこと、言えなかった」
私も同じだから、分かるの。
その人と同じで、夏のことが、好きだから。
* * *
夏は私の言葉を理解した。その言葉に込められた意味と、私の気持ちに、気づいた。
「どうなってるんだ。お前は、誰なんだよ?」
隣に腰を降ろした私を避けて、夏は、はっと退いた。そしてそれは、2人の間に微妙な距離感を生んだ。近づいたら触れられるのに、触れようとしたら、逃げられる。
「それは、もう、分かってるんでしょ? あたしが椿じゃないって、夏は初めから気づいてたじゃない」
「だったら何で――。言わなかったんだよ」
「言えるわけないじゃない」
今さら、椿の遊び心で入れ替わりをした、だなんて、言うつもりはない。だってそのあとの入れ替わりには、私の意志もあったから。
「誰にも内緒って、椿と決めたの。しらばっくれるんだって、決めていたの。だから、そうするしかなかったのよ」
「そんな理由で、俺とか、クラスのみんなを騙してたのかよ」
「そうよ。みんなを騙して、あたしが椿の振りをしてたの」
「そんなんで、お前は楽しかったのか?」
クラスのみんなを騙して、「椿」と呼んでくれる人たちに「あたしは椿じゃない」と心の中で何度も罪悪感に苛まれて、それでも――。
「楽しかった。今まで生きてきて、初めて、学校生活の楽しさを知った。初めて、友達ってかけがえのない存在なんだって、思った。椿と入れ替わってこの学校に来て、あたしは、楽しかったよ」
「お前……」
でも本当に楽しかったのは、夏と過ごした時間。この屋上で、夏と2人で話した時間が、私は、一番楽しかった。
それを取り戻すことなんて、もう、叶わないけれど。
「俺は、認めない。大切な友達に嘘をついて手に入れた楽しさなんて、絶対に、許さない」
「うん。分かってるよ」
俯いた夏を尻目に、私は立ち上がった。まるで、夏からそう言われることを分かっていたみたいに、夏の拒絶をすんなりと受け入れた自分がいた。
「夏は、そう言うと思ってた。どんな理由があったって、嘘をつくのはいけないこと。あたしだって、きっと、許さないと思う。だから、しょうがないよね」
夏の視線は今どこにあるのか、背を向けた私からは、見えなかった。俯いた地にあるのか、空にあるのか、それとも、私に向いているのか。
「でもさ、あたしの、夏への気持ちに、嘘はないんだよ。心は、嘘で繕うことなんてできなかったんだ」
これ以上夏は何も言わないような気がしたから、私は、どうしても言っておきたかった言葉だけ、朝からこの胸の奥で何度も練習して呟いていた言葉だけ、伝えた。
「夏。あたしの名前は、弥代桜だよ。よろしくね」
胸の奥で何度も唱えているうちに、気づいた。「よろしく」は、「さよなら」と、繋がっているのだと。
「さよなら、夏」
振り向いたとき夏は、私を見上げて遠くに空を映していた。




