42 第三者(椿視点1)
タイトル通り、椿視点の物語です。今まで桜だったので混乱させてしまったらすみません。
ラストに向けて、椿視点はもう少し続きます。
明日の更新は深夜になります。1時頃にはアップできると思うのでよろしくお願いします。
「ちょっと夏!! 何なの?」
教室のみんなが見ている前で、私の腕を掴んだ夏は、どこかへ向かって走り出した。
一週間が経って、日常がようやく馴染んできたころの、ある昼休み。ごはんを食べ終わって、久しぶりに屋上の爽やかな空気に触れたくなった。屋上には、桜と入れ替わりをする前、ごくたまに来ていた。無性にひとりになりたくなったとき、周囲の喧騒がひどく耳障りに聞こえて、そこにいるのが耐えられなくなったときに。
今日は、毎日のように思い出してしまう彼のことを吹っ切りたくて。たとえそれができなくても、ひとりで、彼のことを考えたくて、屋上に行こうと思った。
「ごめん。あたし、ちょっと……」
そう言って友達の輪から抜けようとしたときだった。夏が私の前に立って、私の目をじっと見て、ぐいっと、腕を掴む。そしてそのまま私を連れて、教室を飛び出していったのだ。
「ちょっと夏!! 何なの? どこに行くの」
掴まれた腕が、夏の体温で熱を帯びていく。そういえば私は、夏のことが好きだった。もし去年の今頃こんな風に連れ出されていたら、私の心から湧き出る熱が腕に伝って、夏にまで届いていただろう、と、そんなことを考えていた。
* * *
バン、と、思い切りドアを開くと、胸元のターコイズと同じ色の空が見えた。
「屋上……?」
ちょうどここには来るつもりだった。ただ、それはあくまで、ひとりになりたかったから。今は隣に夏がいて、その夏の意思で、私はここに連れて来られている。
「夏も、知ってたの? 屋上に入れること」
ここは過去に飛び降り騒動があって以来、立ち入り禁止になっている。だけど鍵はかかっていなくて、特別、見回りをしているわけでもない。それを知っていれば、誰でもここに入ることはできるのだが――。今まで誰一人として、私以外の誰かがここにいるところを見たことはなかった。もちろん夏なんて、いつも友達に囲まれているから、ここに来ることがあるわけ、ないと、思っていたのに。
「……俺は、ここにはよく来てる」
「あ、そうなんだ。あたしもたまに来てたよ。でも会わなかったよねぇ」
そう答えた私に、夏は、言った。
「会ってただろ。よく」
「え?」
「お前、記憶でも失くしたのか。ずっと会ってただろ。先週も、その前も……ずっと、ここで会って、話してたろ」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。私が記憶を失くした、というより、夏がおかしくなったんだ。そう思って口を開きかけたときに、ふと、気づいた。
“先週もその前もずっと”
それは、私じゃない。桜だ。
「あ、」
そういえば桜は、ひとりになれるお気に入りの場所ができたとは教えてくれたけれど、そこがどこなのか、絶対に教えてくれなかった。「秘密の場所なの」と曖昧に笑って、そのあとは、一切何も。もしかしてそれが、屋上のことだったのだろうか。しかも、ひとりじゃなく、「ふたりきりになれる場所」だったということ。
「夏、それはね、」
「椿、先週ここを飛び出していって以来、屋上に来なくなったし。もしかして俺のこと避けてるのかって思ったけど、教室じゃ普通に話すし。もう、訳分かんねぇよ。それに……」
「それに?」
そのとき私は、ひどく冷静に、夏の言葉を聞き入れることができていた。
「まさかあたしが別人に見える、なんて、言わないよね?」
「何で――!!」
自分のことになると周りが見えなくなるが人のことはよく見える、とは、このことを言うのだろう。
このターコイズ透き通った空のように。桜の気持ちも夏の気持ちも、第三者の私には、すべて見えていた。




