4 準備中
その日は夜中2時まで学校の見取り図とにらめっこ。翌日学校から帰ると、「持ってきたよ!!」と、椿がクラスの集合写真をテーブルに広げた。
「待ってよ椿。なんでこんなに写真が多いの?」
「だってうちの学校1学年8クラスだから、3年併せて24クラスあるんだもん」
椿は24枚のクラス写真を、バラバラと両手で伸ばす。1年2年3年、と、クラスの順番を分けているようだ。
「そうじゃなくて、全校生徒覚える必要なんてないじゃない。同じクラスの人だけでいいんじゃないの?」
「あっ、言ってなかったっけ? あたし生徒会に入ってるの。だから後輩も先輩も知り合いが多くてさ。他にもまぁ、いろいろやってるから、結構多いんだな、これが」
「嘘でしょ……」
「だいじょ〜ぶだって!! 全国模試上位常連の桜ならきっとできるから!!」
「無理無理無理!!」
人の顔と名前、呼び方を一致させるのなんて、どんな頭の良い人だって完璧にできないと思う。写真の写りが良い人、悪い人がいるだろうから。
「椿は何でそんなに余裕そうなの」
確かに私が持ってきたクラス写真は1枚だけ。それでも40人近くいるし、昨年全国大会にも出場した剣道部の部員は男女合わせて36人。椿は頭が良いけれど、暗記系は苦手なほうだったはずだ。
「うちの学校、中高一貫だから校舎が広いんだよ。もちろん別れてるけど、間違って中学の校舎に入っちゃうことだってあるんだから」
「知ってるよ。あたしはもう桜の学校の見取り図、覚えたもん」
その言葉は本当だったことは、明日になって分かるのだった。
* * *
「あたしの席は窓際一番後ろなの。明日の1限は現代文だからクラス移動ないし、退屈だからさ、じっくり観察でもしてなよ」
「そんな余裕ないと思うけどな」
「だいじょ〜ぶだって!!」
さっきから椿は根拠のない「大丈夫」を、何度、繰り返しただろうか。その度に私が不安になっていることには、気づいているのだろうか。
「あとはクラスの奴だけね」
一通り、先輩後輩との位置関係を覚えたあと、椿は「2年1組」の写真を目の前に突き出した。
「椿は誰とよく一緒にいるの?」
「ん〜特に決まってない。男子も女子も、みんな仲良いんだ、うちのクラス」
写真には緊張感がなく、皆、とても楽しそうに笑っていた。私のクラスにはない一体感。少しだけ、羨ましく思えた。
「それでコイツが、入来夏」
椿は写真を指差した。その先には、この前一瞬だけ会った、あの彼の姿があった。
「あ、そういえばこんな人だったかも」
ふっ、と振り返ったときにぶつかった視線。少しだけ高い位置にある広い肩も、明るいけど低い声も。もしかしたら私は、ちゃんと心の中で覚えていたのかもしれない。
「本当はね、夏を試したいんだ」
と、椿は言った。
「男子の信頼が厚くて、女子からも好かれてる。単純な奴なんだけど、あたしと桜の違いが分かったのって、あいつだけだからさ。もしかしたらまた気づくかなぁって」
「気づかれたら?」
「しらばっくれるだけよ」
椿はプイッと顔を背けると、入来夏の話題から離れた。
――しらばっくれなきゃいけないのって、あたしの役目じゃない。
このときはまだ、椿と入来夏の間にどんな関係があるかなんて、考えようともしなかった。




