39 さよなら
先生はひとつ黙って、はっ、と声を上げると、額を軽く押した。
「おい、待て。言ったことがよく分からない。お前は何もしてない、けど『椿』は裏切った? 何だそれ、言ってることおかしくないか」
先生が混乱するのも当然のことだ。だって先生は
「桜」を知らないから、どこからどう見ても、私は
「椿」でしかないはずだった。
――こんなつもりじゃ、なかったのに。
こんなこと言う気なんてなかったのに、どうして、言ってしまったんだろう。
でも、嘘はつきたくない。先生は私に夏の過去を教えてくれた。私を、信じてくれたから。
「おかしくなんて、ないです」
この人になら打ち明けてもいいと、思ったのは、これで2人目。
「先生、あたしは、弥代椿じゃありません。あたしは――」
本当は、こんな風に、私の存在を知ってほしかったのかもしれない。
この人だったら信じられると思える、誰かに。
夏であってほしかった。いや、何時間か前までは、それは夏のはずだった。
だけど、それが夏でないのは、私と夏の運命の結び目が拙くて脆いから、なのだろうか。
* * *
「双子ねぇ……。まさか、そうだとは思い浮かばなかったな」
「でしょうね」
私は先生に、すべてを話した。椿の提案で入れ替わりをしたこと。1日で終わるはずだったそれが、結局2週間も経ってしまったこと。私が、「桜」であることを。
「あたしと椿、見分けられたことなんてないんです。性格は全然違うけど、顔は同じだし、似せようと思えば性格だって真似できる」
「ああ、そうだろうな。現にお前は、弥代椿として完璧にこの学校に馴染んでるし。誰も、お前が別人だなんて思ってない」
「でも、たったひとりだけ……」
「え?」
「……いえ。なんでもありません」
ちょうど6限の終わりのチャイムが鳴った。教室に戻る、とベッドから身を起こした私を、先生は呼び止めた。
「お前はいつまで、ここにいる?」
引き戸を開けた手を止め、足を止め、振り返る。先生はきっと、気づいていた。私の気持ちと、私の決意に。
「今日――。今日で、さよならです。先生」
たったひとりだけ、私に気づいたくれた。
私を見つけてくれて、信じてくれた。
私はそのひとを、裏切るわけにはいかない。
――夏、ごめんね。
嘘をついて。
二度も夏を騙して。
何も言わずに夏の前から消えるから、夏は、嘘をつかれたことなんて知らずに、今まで通り過ごしてほしい。
私がいたことなんて気付かずに。
この先も、知らずに。




