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桜サク夏  作者: 綾瀬タカ
39/52

39 さよなら

 先生はひとつ黙って、はっ、と声を上げると、額を軽く押した。

「おい、待て。言ったことがよく分からない。お前は何もしてない、けど『椿』は裏切った? 何だそれ、言ってることおかしくないか」

 先生が混乱するのも当然のことだ。だって先生は

「桜」を知らないから、どこからどう見ても、私は

「椿」でしかないはずだった。


 ――こんなつもりじゃ、なかったのに。


 こんなこと言う気なんてなかったのに、どうして、言ってしまったんだろう。

 でも、嘘はつきたくない。先生は私に夏の過去を教えてくれた。私を、信じてくれたから。

「おかしくなんて、ないです」

 この人になら打ち明けてもいいと、思ったのは、これで2人目。

「先生、あたしは、弥代椿じゃありません。あたしは――」

 本当は、こんな風に、私の存在を知ってほしかったのかもしれない。

 この人だったら信じられると思える、誰かに。 

 夏であってほしかった。いや、何時間か前までは、それは夏のはずだった。


 だけど、それが夏でないのは、私と夏の運命の結び目が拙くて脆いから、なのだろうか。



 *  *  *



「双子ねぇ……。まさか、そうだとは思い浮かばなかったな」

「でしょうね」

 私は先生に、すべてを話した。椿の提案で入れ替わりをしたこと。1日で終わるはずだったそれが、結局2週間も経ってしまったこと。私が、「桜」であることを。

「あたしと椿、見分けられたことなんてないんです。性格は全然違うけど、顔は同じだし、似せようと思えば性格だって真似できる」

「ああ、そうだろうな。現にお前は、弥代椿として完璧にこの学校に馴染んでるし。誰も、お前が別人だなんて思ってない」

「でも、たったひとりだけ……」

「え?」

「……いえ。なんでもありません」

 ちょうど6限の終わりのチャイムが鳴った。教室に戻る、とベッドから身を起こした私を、先生は呼び止めた。

「お前はいつまで、ここにいる?」

 引き戸を開けた手を止め、足を止め、振り返る。先生はきっと、気づいていた。私の気持ちと、私の決意に。

「今日――。今日で、さよならです。先生」


 たったひとりだけ、私に気づいたくれた。

 私を見つけてくれて、信じてくれた。


 私はそのひとを、裏切るわけにはいかない。


 ――夏、ごめんね。


 嘘をついて。

 二度も夏を騙して。

 何も言わずに夏の前から消えるから、夏は、嘘をつかれたことなんて知らずに、今まで通り過ごしてほしい。


 私がいたことなんて気付かずに。

 この先も、知らずに。





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