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桜サク夏  作者: 綾瀬タカ
38/52

38 夏と椿

「夏は、その人が嘘をついたまま死んでしまったのを許せないんですね」

「許せないっていうよりも、悲しかったんだろ。一番近くにいて何でも言い合える仲だと思ってた奴が、自分にだけ何も言わずに死んだんだから」

 そう。だから夏は、友達と深い関係をつくらない。つくろうとしない。いや、きっと、“つくれない”。嘘をつかれたときに、過去を思い出してしまうから。

「あいつにとっちゃ、無意識なんだと思うけど。でもその無意識の中で、分かってて、これ以上仲良くなってはいけないってちゃんとブレーキをかけてる」

 他人に深く踏み込まれそうになったとき、夏は、笑いながらそれをかわす。相手に気づかれないように、笑顔の裏に気持ちを隠して、逃げている。

「だけど、弥代。お前だけは、入来の特別だった。お前なら入来を変えられると思ってた」

 先生は少しだけ、悲しそうな表情をしていた。



 *  *  *



「入来、よく弥代の話してたよ。楽しそうにしてるのなんて久しぶりに見たから、俺も入来の兄貴も、けっこう驚いててさ。好きな奴でもできたかって聞くと、照れながら『うるさい』って言ってた。それだけでバレバレだったけどな」

 だけど嬉しかった、そう言って先生は、私の隣に腰を下ろす。ベッドは軋んで声を上げ、小さく跳ね上がった。

「それが弥代だって分かってから、俺も、お前のこと、よく見るようになったよ。元々目立ってはいたから、誰かに聞く程でもなかったけど。それで、もしかしたら弥代も入来のこと好きなんじゃないかって勘付いた。お前も入来にだけ、違う顔をしてたから」

「違う顔?」

「何となく、な」

 椿が好きな人のことを話す顔を、何度も見た。普段は見たことのない、可愛くて、こっちまで恥ずかしくなってしまうような笑顔。夏のことを好きだったときの椿もまた、同じように笑っていたのだろうか。

「入来が弥代に告白するって決めたのも、俺らがけしかけたから。『明日告白する』って、決めたのは入来だったけどな」

 それが、あの罰ゲームのあった日。椿が夏を、騙した日。

「帰ってきたあいつは、また、前と同じ顔をしてた。幼なじみを失ったときと同じ、悲愴と苦しみを抱えたような顔。それ以来、弥代のことを話さなくなった。あの日、何があったんだ? お前が入来を振ったのか?」

「そんなこと、してません」

「じゃあどうして、あいつはあんな顔をして帰ってきた? お前が何か言ったのか?」

 そのとき私は、先生にすべてを話そうなんて気はちっともなかった。

 だけど、唇が勝手に動いて、言葉をつくって。


「私は何も――。ただ、先生の言うように、そのころ夏が椿を特別に思ってくれていたのなら、椿は夏を、裏切ってしまったことになります」


 すべてに繋がる言葉を、私は口にしてしまっていた。






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