38 夏と椿
「夏は、その人が嘘をついたまま死んでしまったのを許せないんですね」
「許せないっていうよりも、悲しかったんだろ。一番近くにいて何でも言い合える仲だと思ってた奴が、自分にだけ何も言わずに死んだんだから」
そう。だから夏は、友達と深い関係をつくらない。つくろうとしない。いや、きっと、“つくれない”。嘘をつかれたときに、過去を思い出してしまうから。
「あいつにとっちゃ、無意識なんだと思うけど。でもその無意識の中で、分かってて、これ以上仲良くなってはいけないってちゃんとブレーキをかけてる」
他人に深く踏み込まれそうになったとき、夏は、笑いながらそれをかわす。相手に気づかれないように、笑顔の裏に気持ちを隠して、逃げている。
「だけど、弥代。お前だけは、入来の特別だった。お前なら入来を変えられると思ってた」
先生は少しだけ、悲しそうな表情をしていた。
* * *
「入来、よく弥代の話してたよ。楽しそうにしてるのなんて久しぶりに見たから、俺も入来の兄貴も、けっこう驚いててさ。好きな奴でもできたかって聞くと、照れながら『うるさい』って言ってた。それだけでバレバレだったけどな」
だけど嬉しかった、そう言って先生は、私の隣に腰を下ろす。ベッドは軋んで声を上げ、小さく跳ね上がった。
「それが弥代だって分かってから、俺も、お前のこと、よく見るようになったよ。元々目立ってはいたから、誰かに聞く程でもなかったけど。それで、もしかしたら弥代も入来のこと好きなんじゃないかって勘付いた。お前も入来にだけ、違う顔をしてたから」
「違う顔?」
「何となく、な」
椿が好きな人のことを話す顔を、何度も見た。普段は見たことのない、可愛くて、こっちまで恥ずかしくなってしまうような笑顔。夏のことを好きだったときの椿もまた、同じように笑っていたのだろうか。
「入来が弥代に告白するって決めたのも、俺らがけしかけたから。『明日告白する』って、決めたのは入来だったけどな」
それが、あの罰ゲームのあった日。椿が夏を、騙した日。
「帰ってきたあいつは、また、前と同じ顔をしてた。幼なじみを失ったときと同じ、悲愴と苦しみを抱えたような顔。それ以来、弥代のことを話さなくなった。あの日、何があったんだ? お前が入来を振ったのか?」
「そんなこと、してません」
「じゃあどうして、あいつはあんな顔をして帰ってきた? お前が何か言ったのか?」
そのとき私は、先生にすべてを話そうなんて気はちっともなかった。
だけど、唇が勝手に動いて、言葉をつくって。
「私は何も――。ただ、先生の言うように、そのころ夏が椿を特別に思ってくれていたのなら、椿は夏を、裏切ってしまったことになります」
すべてに繋がる言葉を、私は口にしてしまっていた。




