36 本当の自分
「先生……。ここ、学校だよ」
「分かってるよ」
「こんな……ところで、こんなことしちゃ……」
「大丈夫。誰も来ないよ。今は授業中だ」
「だって、もしかしたら誰かケガして」
「もう黙って」
「あ」
先生の手が、私の髪に触れる。上から下へ、するっと撫でられた髪がくすぐったくて、ビクッと肩を震わせると、それに気づいた先生が、笑った。
「何、緊張してるの」
「そ、んなんじゃ、ないですけど」
「だったら力抜け」
「……はい」
チョキン!!
「あ〜!! ほんとに切った〜!!!」
「何だよ弥代。お前が髪切りたいって言ったんだろ」
「だからって、『俺が切ってやろうか』なんて冗談だと思ったんです!!」
他愛もない子供のころの話をしていた。小学生の自分はどうだったとか、どんな遊びをしていたとか、何が流行っていたとか。取り留めのない、どうでもいいような話を、していた。
その流れで行き着いたのが、“将来の夢”。先生は「美容師になりたかった」と言った。
「中学生のときまでは美容師って職業がかっこいいものだと思ってたから、男友達と美容師目指そうぜって言ってたな。自己流だけど、それなりに専門的なことも勉強してた。だけど、何でだろうな。自分でも気づかないうちに保健医なんかになってた」
きっと自分を変えた出来事があったんだろうな、と、先生は続けた。それがどんなことだったかは忘れたけれど、それによって本当の自分を見つけた気がした、と。
「でも、先生が美容師になってたら、きっと人気になってたと思いますよ。あたしも先生に、髪、切ってもらいたかったかも」
半分はからかってやろうという気持ち。もう半分は、先生の言葉に共感できたから、敬意を称して言った、つもりだった。
「じゃあ、今から俺が切ってやろうか」
なんて先生が返してきても、私がからかっているのに気づいて、冗談で言っているのだと思っていた。
それが、本当に、切ってしまうなんて。
「ここだけ短くなってるじゃないですか〜」
「これから揃えるんだよ。ほら、喋るなって言ってんだろ。頭が動くんだよ」
ジャキン!!
「あ〜!!」
静かなはずの、静かでないといけないはずのところで、私たちは騒いでいた。隔離された別空間にある保健室は、私と先生以外、誰もいない。
15分後、始めに短く切られたよりもさらにもう少しだけ短く、全体がカットされた。中学生の自己流の割には上手な揃えめ。夏が近づいてきてうっとおしかった重たい髪は、丁寧に梳かれた。
「先生、やっぱり美容師でもやっていけたかも」
消毒液の並んだガラス棚に近づいて、髪を梳いてみる。綺麗に段のついた髪筋が、流れるように、つまんだ指からすり抜けていった。
「そうかもな。でも、たぶんそれは美容師だけじゃない。手先が器用だから、大体のことはそつなくこなせると思う。それでもやっぱり、保健医って仕事には敵わなかったな」
私には保健医としての仕事のやりがいとか、良さとかは全然分からないけれど。
きっと、人にはそれぞれ夢中になれる、本当の自分になれる時があって。
それが、先生にとっての保健医という仕事だった、ということなのだ。
「先生。あたしも、自分が本当に夢中になれるもの、知ってます。今まで自分はそれなしでどうやって生きてこれたのか、不思議に思えるほど、大切なもの。あたしも見つけました」
先生は私の瞳を見つめ、見透かした。その視線の先に、瞳の奥に、私が思い描いているものを、見つけただろうか。
「眠っている間、夢を見ていました。本当の私が、幸せそうに笑っているんです。どうしてそんな夢を見たんだろう。そうなればいいなって思ってるから? もうすぐそうなることを示唆しているから? それとも――」
それとも、これから先、そんな風に笑えない自分に、気づいていたから?
夏と出会って、変わりたいと思った。
夏に恋をして、本当の自分を見つけることができた。
夏を好きになって、自分の弱さを知った。
夏を遠くに感じて、夢の終わりを見た。
少しワル乗りした回でした(笑)
やっぱりエロティシズム(?!)は必要ですよね。
最終的にはまったくエロ入ってませんでしたが。
作者的に、「失恋=髪を切る」が成立しているので、桜にも同じようにしてもらいました。
まぁ作者はもっとバッサリいきますが。桜は実際3センチくらい切りました。
桜はなぜ失恋したと思っているのか。勘の良い読者様には分かっているかもしれませんが、
それについてはもう少しあとに書きたいと思います。
とりあえずこの保健室ネタがいつまで続くか分からないので……




