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桜サク夏  作者: 綾瀬タカ
34/52

34 熱

終わりそうでなかなか終わりませんが、

もうしばらくお付き合いいただけると嬉しいです。

さて!!今日は新たな登場人物が!!

 もしかしたら夏は、1年越しの告白に私が何て答えるか、待っていたのかもしれない。

 

 だけど、私は逃げ出してしまった。その場にいることが恐くなって、何も言えずに、すぐ後ろにあった階段を駆け下りた。椿、と夏が呼ぶ声もすぐに遠ざかって、教室を通り過ぎ、人気のない理科棟で、走りを止めた。

「はあっ、はあっ」

 喉が潤いを求めて、きょろきょろと目を泳がせる。額には汗が滲んでいた。

「……逃げてきちゃった」

 逃げたって仕方ないのに。この昼休みが終われば、5限目、また教室で顔を合わせなければいけないのに。

「どうしよう。教室に行きたくないよ」

 髪をくしゃっと掻くと、額の汗が手の甲にうつった。心の熱が飛び出してしまったよう。汗は、とても熱かった。


 ――夏。どうして、あんなことを言ったの。


 1年前のことなんて、今さら。どうして、今さら。



 *  *  *



 まもなく昼休み終了のチャイムが鳴ると、足がすくんで、動けなくなってしまった。さぁ行かなくちゃと思っているのに、心が、指令を受けつけてくれない。

「やだ。早く行かないと、授業が」

 そうしているうちに、チャイムは2度目の音を鳴らした。短い移動の時間さえも終わってしまっていた。

 しん、とした理科棟は、5限目は使われないらしい。相変わらず人気がなくて、私ひとりが地団駄を踏む姿だけが、眩しい陽射しに当てられて、ガラスに映っているだけ。

「誰も、いないや……」

 何で私はここに、いるのだろう。うろたえる自分は、酷く滑稽に見えた。

 するとそこに、私以外の誰かの、カツン、と鳴る、靴の音がした。

「おいそこ、何してる?」

 声に驚いて振り向くと、眩しい方向に白衣が見えて、それが保健医だと気づいた。名前は確か……さっきまでの衝撃で、どうやら忘れてしまったみたいだ。

「あ、えっと……」

「お前、2年の弥代か。何でこんなところにいるんだ。チャイム鳴ったろ」

「いえ、あの……」

 頭がふっ、と、軽くなる。

「あ」

「……え?」

 

 そのときのことを、私はあまりよく覚えていない。

 だけど、ひとつだけ、確かに覚えている。「急に倒れたんだよ」と後で聞かされたときに思い出す、先生に抱き締められた腕は、私の額に滲んだ汗のように、熱かった。






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