32 嘘つきは別れの始まり
朝からいろいろなことを考えていた。「おはよう」と挨拶を交わせば、もうこの人たちと会うことはないのだと思い、部活の助っ人を頼まれれば、今日でこれも最後なのだと思った。
そんなことばかり考えていたから、心はすっかり感傷に浸ってしまって、みんなを見る私の顔は、相当ひどいものになっていた。
「何がそんなに悲しいの」
「何、その苦笑い」
そんな風に言われて、初めて気づいた。心から笑っていない自分の、無理に繕った顔。私は、この学校が好きだった。初めての友達も、学校生活も、楽しかったものすべてを再び失ってしまうことを、哀しく思っている自分がいた。
「だめよ。だめ。椿にすべて、返さなくちゃ」
私を変えてくれたものたち。きっとこれから、私は私の学校で、同じものをつくっていけるだろう。
私の本来いるべきところは、私の居場所は、ちゃんと、別にある。
ここではない、夏のいないところに。
* * *
屋上には、今日もターコイズの空が広がっている。
「よ」
「よ」
「ちゃんと来たな」
「え?」
「もうここには来ないと思ってた」
「どうして?」
「別に、理由なんてないけどさ」
最後に。夏と向き合える最後のときになって、知ってしまった。理由なんてない、は、答えに困ったときの、夏の口癖。
「……ねぇ、夏。ひとつ聞いてもいい?」
「何?」
「前に、信じてた人に嘘をつかれたって言ってたよね。それは、どんな嘘だったの」
昼休みは、時間がなかった。躊躇している場合ではない。言うべき言葉は、すぐに伝えなければならなかった。
そのためには、夏がどの程度の嘘を許せるのか知っておく必要があった。もしかしたら私と椿がついてきた嘘も、夏は笑ってくれるかもしれないと思ったから。
だけど、そんな考えはすぐに打ち砕かれた。
「……それを、椿に言われるとは思わなかったよ」
「え?」
「お前、覚えてないの」
不思議な感覚がした。
そこにいる夏は、夏ではないようで。
「お前が俺についた嘘、俺はずっと、忘れない」
黒くて円い、夏の瞳の真ん中に、私は映し出されていた。




