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桜サク夏  作者: 綾瀬タカ
32/52

32 嘘つきは別れの始まり

 朝からいろいろなことを考えていた。「おはよう」と挨拶を交わせば、もうこの人たちと会うことはないのだと思い、部活の助っ人を頼まれれば、今日でこれも最後なのだと思った。

 そんなことばかり考えていたから、心はすっかり感傷に浸ってしまって、みんなを見る私の顔は、相当ひどいものになっていた。

「何がそんなに悲しいの」

「何、その苦笑い」

 そんな風に言われて、初めて気づいた。心から笑っていない自分の、無理に繕った顔。私は、この学校が好きだった。初めての友達も、学校生活も、楽しかったものすべてを再び失ってしまうことを、哀しく思っている自分がいた。

「だめよ。だめ。椿にすべて、返さなくちゃ」

 私を変えてくれたものたち。きっとこれから、私は私の学校で、同じものをつくっていけるだろう。

 私の本来いるべきところは、私の居場所は、ちゃんと、別にある。

 

 ここではない、夏のいないところに。



 *  *  *



 屋上には、今日もターコイズの空が広がっている。

「よ」

「よ」

「ちゃんと来たな」

「え?」

「もうここには来ないと思ってた」

「どうして?」

「別に、理由なんてないけどさ」

 最後に。夏と向き合える最後のときになって、知ってしまった。理由なんてない、は、答えに困ったときの、夏の口癖。

「……ねぇ、夏。ひとつ聞いてもいい?」

「何?」

「前に、信じてた人に嘘をつかれたって言ってたよね。それは、どんな嘘だったの」

 昼休みは、時間がなかった。躊躇している場合ではない。言うべき言葉は、すぐに伝えなければならなかった。

 そのためには、夏がどの程度の嘘を許せるのか知っておく必要があった。もしかしたら私と椿がついてきた嘘も、夏は笑ってくれるかもしれないと思ったから。


 だけど、そんな考えはすぐに打ち砕かれた。


「……それを、椿に言われるとは思わなかったよ」

「え?」

「お前、覚えてないの」

 不思議な感覚がした。

 そこにいる夏は、夏ではないようで。

「お前が俺についた嘘、俺はずっと、忘れない」

 黒くて円い、夏の瞳の真ん中に、私は映し出されていた。




 

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