31 恋心の共有
椿が入れ替わりをやめようなんて言うと思わなかったから、私も、まさか自分がこんなことを言ってしまうなんて、思わなかった。
「だめだよ椿。諦めたらだめ。夏を好きだったとき、後悔したんでしょ? 好きになってもらえるように努力してたら良かったって、思ったんでしょ。それならだめよ」
夏を諦めようと、椿と同じように思った自分。だけどそんなことは今私の中にはなくて、ただ、椿には、諦めるなんてしてほしくなかった。
「何があったかなんて、あたしは知らないよ。でも椿、諦めないで。もう一度だけ、学校に行って」
「……でも、それじゃ桜は……」
「心配しないで。今日みたいに学校休んだりしないから」
「え?」
夏にも言った。自分でも決めた。明日は学校に行く、と。
「あたしも明日、もう一度だけ行ってくる。そして、夏に言ってくる」
学校に行くと決めてから。いや、夏が会いに来てくれたときから、そうしようと思っていた。
「あたしは椿じゃない。あたしは、桜なんだって、夏に、言うから」
もう隠していられない。恋心は、ブレーキを壊してしまった。
* * *
次の日の朝、お互いの健闘を祈るように、そして今日で最後になる入れ替わりを少しだけ惜しむように、2人揃って制服を着た。ネクタイを締めるときは、入れ替わり初日のあの騒動を思い出して、2人顔を見合わせて、笑った。
昨日の夜、椿は何があったのか話さなかった。結局私だって何も話していないから、これでおあいこ。今日学校から帰ってきたら、きっとお互いのこれまでの報告会をするだろう。
私は夏に、すべてを話すと決めた。
椿は3回しか会ったことのない彼に、告白すると、決めた。
私たち双子は、初めて恋心を共有した。恋する喜び、恋した辛さ。私たちは同じ気持ちを抱えて、同じ痛みを慰めあって、もう一度頑張ろうと、2人で決めた。
それがどんな結果になろうと――。2人の恋の行方が違うものになったとしても、私たちは、これで良かったのだと思う。
桜と椿は双子。だけど、桜と椿は、違う人間だから。




