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桜サク夏  作者: 綾瀬タカ
25/52

25 試合のあとのハーフタイム

 そして私たちは、いつもの屋上にいた。

 いつもと違うのは、2人が一緒に歩いて、屋上に入って来たこと。

「それで、サッカーは?」

「気になる?」

「当然だろ。うちのクラスの優勝がかかってるんだ」

「……ちぇっ」

 小さく声を漏らすと、夏は「何だよ」と、言う。

 ああ、私はこんな人間ではなかったはずだ。こんな風に自分の感情を素直に、露にするような、恋心をはっきりと相手に伝えるような。そんな女の子ではないと、思っていた。

「サッカーも、負けたよ。5対6。惜しかったの」

「5点、入れたんだ」

「そう。涼平が出場した後半戦にね」

「それって、」

 夏がそこまで言うと、私はふっ、と笑みをつくって、夏のほうを見た。夏が言おうとしていたことを、私は、分かっていた。

「涼平が入れたのは、4点。1点はね、オウンゴールだったの」

 蹴ったボールが相手チームの足に当たり、予期せぬことに反応できなかったキーパーをするりと抜けて決まったゴール。間抜けなものだけれど、ゴールはゴール。

 だけどあと1点を、涼平は、決めることができなかった。

「あと1点入れてれば、あたしに言った賭けもクリアして、同点になって、PKで勝ってたかもしれない。試合が終わったあと、涼平のほうから言ってきた。『賭けは無効にしてくれ』って」

 もちろん私は初めからそのつもりだったけれど、涼平から言われたら、「いいよ」としか、言えなかった。涼平は悔しそうに下唇をきゅっと噛んで、瞳には涙のようなものが滲んでいた。

「ふ〜ん、良かったじゃん。付き合うつもりなかったんだろ」

「うん。でも、涼平は本気だった。本気で、プレーしてた。それを見てて気づいたの。涼平は、本気であたしのことを好きだったのかも、って」

「うん。俺も、そうだったと思う。涼は、普段はふざけてるけど、冗談であんなこと言えない奴だから」


 そのあと私たちに会話はなく、ただ、梅雨が去ったあとの清々しい夏の青空を、2人、思い思いに見つめていた。



 *  *  *



 その日の夜、クラスマッチのお疲れ会をすると乃李から聞いて、椿に「行って来たら」と言ったのだけれど、あたしはいい、と言われてしまった。

「桜が行って来なよ。あたしはクラスマッチに参加してないし、話しても分からないから」

「でも、椿だってみんなに会いたいんじゃない?」

「あたしはいいの。だってあたしは今、桜だもん」

「ん〜分かった。じゃあ、あたしが行くからね」

 玄関で私を見送ってくれた椿は、家を出る私に、言った。

「桜、何か変わったね。前はあんなにあたしのクラスのこと嫌がってたのに。全然いい。今の桜のほうが、全然いいよ」

 

 椿の目から見ても、私は、変わっているんだ。


「あたしもね、今の自分のほうが、自分らしいと思う」

 夏のことが好きで、気持ちを抑えられずについ衝動的になってしまう女の子。

 たぶん私は、これが本当の私。

「じゃあ行ってくるね」

「うん。みんなと、夏にもよろしくね?」

 椿は色付きはじめた私の心を見透かしたようにいたずらに笑って、手を振った。






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