25 試合のあとのハーフタイム
そして私たちは、いつもの屋上にいた。
いつもと違うのは、2人が一緒に歩いて、屋上に入って来たこと。
「それで、サッカーは?」
「気になる?」
「当然だろ。うちのクラスの優勝がかかってるんだ」
「……ちぇっ」
小さく声を漏らすと、夏は「何だよ」と、言う。
ああ、私はこんな人間ではなかったはずだ。こんな風に自分の感情を素直に、露にするような、恋心をはっきりと相手に伝えるような。そんな女の子ではないと、思っていた。
「サッカーも、負けたよ。5対6。惜しかったの」
「5点、入れたんだ」
「そう。涼平が出場した後半戦にね」
「それって、」
夏がそこまで言うと、私はふっ、と笑みをつくって、夏のほうを見た。夏が言おうとしていたことを、私は、分かっていた。
「涼平が入れたのは、4点。1点はね、オウンゴールだったの」
蹴ったボールが相手チームの足に当たり、予期せぬことに反応できなかったキーパーをするりと抜けて決まったゴール。間抜けなものだけれど、ゴールはゴール。
だけどあと1点を、涼平は、決めることができなかった。
「あと1点入れてれば、あたしに言った賭けもクリアして、同点になって、PKで勝ってたかもしれない。試合が終わったあと、涼平のほうから言ってきた。『賭けは無効にしてくれ』って」
もちろん私は初めからそのつもりだったけれど、涼平から言われたら、「いいよ」としか、言えなかった。涼平は悔しそうに下唇をきゅっと噛んで、瞳には涙のようなものが滲んでいた。
「ふ〜ん、良かったじゃん。付き合うつもりなかったんだろ」
「うん。でも、涼平は本気だった。本気で、プレーしてた。それを見てて気づいたの。涼平は、本気であたしのことを好きだったのかも、って」
「うん。俺も、そうだったと思う。涼は、普段はふざけてるけど、冗談であんなこと言えない奴だから」
そのあと私たちに会話はなく、ただ、梅雨が去ったあとの清々しい夏の青空を、2人、思い思いに見つめていた。
* * *
その日の夜、クラスマッチのお疲れ会をすると乃李から聞いて、椿に「行って来たら」と言ったのだけれど、あたしはいい、と言われてしまった。
「桜が行って来なよ。あたしはクラスマッチに参加してないし、話しても分からないから」
「でも、椿だってみんなに会いたいんじゃない?」
「あたしはいいの。だってあたしは今、桜だもん」
「ん〜分かった。じゃあ、あたしが行くからね」
玄関で私を見送ってくれた椿は、家を出る私に、言った。
「桜、何か変わったね。前はあんなにあたしのクラスのこと嫌がってたのに。全然いい。今の桜のほうが、全然いいよ」
椿の目から見ても、私は、変わっているんだ。
「あたしもね、今の自分のほうが、自分らしいと思う」
夏のことが好きで、気持ちを抑えられずについ衝動的になってしまう女の子。
たぶん私は、これが本当の私。
「じゃあ行ってくるね」
「うん。みんなと、夏にもよろしくね?」
椿は色付きはじめた私の心を見透かしたようにいたずらに笑って、手を振った。




