24 試合終了。動き出す、桜
午後は男子ソフトとサッカーの決勝戦があって、クラスメイトは皆、グラウンドに移動していた。だが不運なことに、ソフトの試合途中からサッカーの試合が始まるというスケジュールで、応援はクラスが半分に分かれてすることになった。
サッカーが後半戦に突入し、ソフトが6回表にチェンジするころ、私はサッカーの試合場に向かった。
「椿!! 応援に来たの?」
「決勝見てきていいよって言われたから」
実行委員長も噂を聞いて、気を遣ってくれたのか、「気になるんでしょ、サッカーの試合。見てきていいよ」と、言ってくれた。そんなこと余計なお世話だと思ったけれど、確かに気になっていたので、来てしまった。
得点ボードは1対3の表示。うちのクラスは負けている。だけどまだ後半戦は始まったばかりだし、唯一の1点は、後半戦開始と同時に、涼平が決めたものらしい。
「涼平、マジでやる気だよ〜」
「ね。あ、ほら、3年生相手にメチャクチャ交わしてる」
それが椿のためなのか、単純にサッカーが好きだからかは、分からない。でも、涼平は凄かった。華奢なのに、体格のいい相手を、うまくボールを転がして操っている。
「万緑叢中紅一点、ね」
「え? 何? 『ばんりょくしょうちゅう』?」
「『ばんりょくそうちゅうこういってん』。四字熟語よ。知らない?」
「何それ?」
「多くの同じもののなかで、一際目立ってるってこと。ちょうど涼平を見てたら、思い浮かんだの」
「ふ〜ん。椿ってたまに難しいこと言うよね。本当はものすごく頭良いんじゃない? ってか雑学王?」
あはは、と笑っておいて、細かい追及をされる前に、私は話を振った。
「そういえば、ソフトはどう? 6回表っていうのしか見えなくて」
「あ〜、さっき聞いたときは4回裏終わった時点で6対2? で負けてたみたいだけど」
「ふ〜ん。じゃあ今のところどっちも準優勝だね」
「分からないよ〜。こっから涼の快進撃が始まるんだから。あっほら、1点決めた!!」
「えっ?!」
この際、私は開き直ってしまおう。椿ならきっと、そうすると思う。
涼平がもし本当に5点入れたとしても、私は賭けを受けた覚えもないし、もともと、そんなこと気にしていなかった、と、言おう。
だって仕方ない。私が好きなのは、夏だから。夏以外の誰か、なんて、私は望んでないし、いらないのだ。
夏に恋をしているとはっきり自覚してから、私の心には、迷いなんてなかった。
たとえこの先のことを予想していても、それさえも受け入れて、夏のそばにいようと。
* * *
サッカーの試合が終わった後に、ソフトの試合を見に行った。ちょうど終了の挨拶をしていたところで、戻ってきた両チームの表情から、試合結果が分かってしまった。
9回裏で終了。6対5で、3年5組の勝ち。
「お疲れさま、夏」
「椿、来てたんだ」
ベンチに座る夏の額に買ってきたスポーツドリンクをコツッとぶつけると、夏は冷たそうに顔を振った。ベンチの後ろに立つ私のほうに体を少しだけ向けてくれた夏は、「これ?」と、聞いた。
「サッカー見てたから応援できなくてごめんね、の、お詫び」
「ああ、サッカーも終わったんだ」
夏は膝に落ちたそれを手に取って、一気に飲む。横顔の夏の、ゴクンゴクンと飲み込む度に鳴る喉が妙に色っぽくて、切ない。
「残念だったね、試合」
「う〜ん。あと少しだったんだけどな。俺まで打順が回ってれば、絶対同点に持ち込んでたのに」
「ピッチングは?」
「やっぱソフトは難し〜な。俺、野球ばっかりだったから、ソフトもやっとけば良かったって後悔したよ」
「でも、かっこ良かったよ」
「嘘。見てなかったんだろ」
「見てたよちゃんと。夏が、投げてるところ」
サッカーの試合を見に行く前に。見てきていいよと言われて思いついたのは、夏のことだったから。
結局はクラスメイトに見つかって、「椿はサッカーで涼の応援してあげなよ!!」と言われてしまったのだけれど。
「凄かった。かっこ良かった。本当だよ」
「分かったって。お前、そんなこと言うキャラじゃないだろ。どうしたんだよ」
「変わっていくの。本当のあたしは、こうだもん」
私はきっとこれから、変わっていく。
夏を好きな気持ち、もう、抑えていられないから。
夏のそばを離れるときまで、私は、私を、夏に見つけてもらえるように。
「ねぇ、夏。屋上に行こうよ」
「え、今から?」
「今から。もちろん」
あんなに、ばれないように気をつけてきたのに。
今はこんなにも、夏に私を見つけてほしくて。私に気づいてほしくて。
夏にだけ、私は私のままで、桜として生きようと、思った。




