23 告白と賭け
クラスマッチ最終日は全競技準決勝から。うちのクラスは男子ソフトとサッカー、女子はテニスとバトミントンが残っていた。
「みんな、今日は頑張ってね」
ホームルームが終わって、サッカーの応援にグラウンドに向かっていた。ちょうど私もバレーの手伝いに体育館へ向かうところで、クラスメイトみんなで大移動をしていた。
「任せろよ。今日は俺ロナウジーニョだから」
「涼平が何か言ってま〜す」
涼平はサッカー部の2年生エースで得点王。ちなみにクラスマッチで部活動と同じ競技に参加する人は、試合時間の半分だけ、と決まっている。
「俺が出てる間に5点はいくね」
「ただのサッカーバカなくせに」
「何だよ椿、いっつも俺のことバカ呼ばわりして。俺本当にすごいんだよ」
「へぇ〜そうなんだ〜」
「うわっ、全然信じてね〜んだもんな。じゃあもし決勝に進んで俺が5点入れたら、椿、俺と付き合ってよ」
「は?」
ざわっ、と、どよめきが起こった。私たちのそばにいたクラスメイトのみんなが、しっかりと、一連の流れを耳にしていた。
「えっなに? 涼って椿のことが好きだったの?!」
そう聞いた女子に、涼平は「ん? そうだよ」と、あっさり答える。
「うそ?! マジで?」
「オモシレーことになってんじゃん」
クラスメイトの騒ぎようは周囲にまで広がって、上級生にも下級生にも人気がある涼平と、ほぼ全校生徒に顔が知られている私は、あっという間に噂の的となった。
* * *
まだ、2時間しか経っていないのに。
“神田涼平が弥代椿に『決勝で5点決めたら付き合う』という賭けを提案した”
という噂は学校中に流れていた。すれ違う人はみんな私を見て何かこそこそ話しているし、サッカーの相手チームは「神田に弥代は渡さない」という妙な結束力を発揮しているらしい。
「も〜!! 面倒なことばっかり!!」
昼休み。実行委員会に仕事を頼まれる前に、クラスの誰かに声を掛けられる前に、私は屋上へ走った。階段を駆け上って、空のターコイズが瞳に映し出されたとき、喉の奥に痞えていたものが一気に叫びあがった。
「賭けなんかで人生初の彼氏つくってたまるか〜!!」
自分がこんなに声を大きくして叫ぶことがあったなんて。
まだまだ、私の知らない私がいるみたいだ。
「お前、彼氏いたことないのかよ」
突然、背後から飛び込んできた声。私はもう驚かない。そこにいるのは、ここを知っているのは、夏だけだから。
「何でここにいるの」
「みんなが探してたよ、椿のこと」
「あたしを? 何で」
「サッカー、決勝進出だって」
その言葉を、夏が感情を込めずにぶっきらぼうに言うから、夏はこのことをどう思っているのか分からない。
「知ってるよ。サッカーの試合が終わった瞬間に、周りにいた人がみんなして教えてくれたから」
「じゃあ聞いた? 6対1だって」
「そうなの?」
「決勝の準備運動だって」
「涼平、本気なの?!」
はぁ、と声に出して溜め息を吐くと、夏はそれに反応して、言った。
「何、憂鬱って感じ?」
「聞いてたんでしょ。彼氏、いたことないの」
「ああ。それにはびっくりしたな。お前いろんな奴に告られてんじゃん」
「夏だって、そうじゃない。野球部のエースでしょ」
「俺は……」
「何?」
夏はそれ以上言おうとしないで、私に「お前はどうなんだ」と、聞き返す。夏の少しだけ短くなった髪の毛が、心地良く吹いた風を受け、一瞬、なびいていた。
「あたしは、決勝で負けちゃえって思ってる。相手のキーパーが鉄壁の守りで、1点も入らなかったらいいのにって」
「ふ〜ん。涼も喬もダメなんて、お前の好きな奴って、一体どんだけの男なんだよ」
――何言ってるの。目の前にいるじゃない。
「それとも、好きな奴いないとか? それなら付き合ってから好きになることもあるんじゃないの」
――……ばかにしないで。
「夏には、関係ないじゃない。あたしに好きな人がいてもいなくても、夏が気にすることじゃないでしょ?」
ついムキになって、言うと、夏はこう返した。
「悪い。それもそうだよな。涼も喬も俺の友達だから、応援したくなったんだ。でも、そうだよな、俺が言うことじゃなかったな」
その言葉が、夏の気持ちだった。
間接的だけれど、ストレートに、私の心に突き刺さってきた。
お前は友達の好きな女。それだけだ。
そう、夏は言っていた。




