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桜サク夏  作者: 綾瀬タカ
23/52

23 告白と賭け

 クラスマッチ最終日は全競技準決勝から。うちのクラスは男子ソフトとサッカー、女子はテニスとバトミントンが残っていた。

「みんな、今日は頑張ってね」

 ホームルームが終わって、サッカーの応援にグラウンドに向かっていた。ちょうど私もバレーの手伝いに体育館へ向かうところで、クラスメイトみんなで大移動をしていた。

「任せろよ。今日は俺ロナウジーニョだから」

「涼平が何か言ってま〜す」

 涼平はサッカー部の2年生エースで得点王。ちなみにクラスマッチで部活動と同じ競技に参加する人は、試合時間の半分だけ、と決まっている。

「俺が出てる間に5点はいくね」

「ただのサッカーバカなくせに」

「何だよ椿、いっつも俺のことバカ呼ばわりして。俺本当にすごいんだよ」

「へぇ〜そうなんだ〜」

「うわっ、全然信じてね〜んだもんな。じゃあもし決勝に進んで俺が5点入れたら、椿、俺と付き合ってよ」

「は?」

 ざわっ、と、どよめきが起こった。私たちのそばにいたクラスメイトのみんなが、しっかりと、一連の流れを耳にしていた。

「えっなに? 涼って椿のことが好きだったの?!」

 そう聞いた女子に、涼平は「ん? そうだよ」と、あっさり答える。

「うそ?! マジで?」

「オモシレーことになってんじゃん」

 クラスメイトの騒ぎようは周囲にまで広がって、上級生にも下級生にも人気がある涼平と、ほぼ全校生徒に顔が知られている私は、あっという間に噂の的となった。



 *  *  *


 

 まだ、2時間しか経っていないのに。


“神田涼平が弥代椿に『決勝で5点決めたら付き合う』という賭けを提案した”


 という噂は学校中に流れていた。すれ違う人はみんな私を見て何かこそこそ話しているし、サッカーの相手チームは「神田に弥代は渡さない」という妙な結束力を発揮しているらしい。

「も〜!! 面倒なことばっかり!!」

 昼休み。実行委員会に仕事を頼まれる前に、クラスの誰かに声を掛けられる前に、私は屋上へ走った。階段を駆け上って、空のターコイズが瞳に映し出されたとき、喉の奥に痞えていたものが一気に叫びあがった。

「賭けなんかで人生初の彼氏つくってたまるか〜!!」

 自分がこんなに声を大きくして叫ぶことがあったなんて。

 まだまだ、私の知らない私がいるみたいだ。

「お前、彼氏いたことないのかよ」

 突然、背後から飛び込んできた声。私はもう驚かない。そこにいるのは、ここを知っているのは、夏だけだから。

「何でここにいるの」

「みんなが探してたよ、椿のこと」

「あたしを? 何で」

「サッカー、決勝進出だって」

 その言葉を、夏が感情を込めずにぶっきらぼうに言うから、夏はこのことをどう思っているのか分からない。

「知ってるよ。サッカーの試合が終わった瞬間に、周りにいた人がみんなして教えてくれたから」

「じゃあ聞いた? 6対1だって」

「そうなの?」

「決勝の準備運動だって」

「涼平、本気なの?!」

 はぁ、と声に出して溜め息を吐くと、夏はそれに反応して、言った。

「何、憂鬱って感じ?」

「聞いてたんでしょ。彼氏、いたことないの」

「ああ。それにはびっくりしたな。お前いろんな奴に告られてんじゃん」

「夏だって、そうじゃない。野球部のエースでしょ」

「俺は……」

「何?」

 夏はそれ以上言おうとしないで、私に「お前はどうなんだ」と、聞き返す。夏の少しだけ短くなった髪の毛が、心地良く吹いた風を受け、一瞬、なびいていた。

「あたしは、決勝で負けちゃえって思ってる。相手のキーパーが鉄壁の守りで、1点も入らなかったらいいのにって」

「ふ〜ん。涼も喬もダメなんて、お前の好きな奴って、一体どんだけの男なんだよ」


 ――何言ってるの。目の前にいるじゃない。


「それとも、好きな奴いないとか? それなら付き合ってから好きになることもあるんじゃないの」


 ――……ばかにしないで。


「夏には、関係ないじゃない。あたしに好きな人がいてもいなくても、夏が気にすることじゃないでしょ?」

 ついムキになって、言うと、夏はこう返した。

「悪い。それもそうだよな。涼も喬も俺の友達だから、応援したくなったんだ。でも、そうだよな、俺が言うことじゃなかったな」


 その言葉が、夏の気持ちだった。

 間接的だけれど、ストレートに、私の心に突き刺さってきた。


 お前は友達の好きな女。それだけだ。


 そう、夏は言っていた。






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