21 欲望の芽生え
視線の先に、夏がいる。
「きゃ〜!! 入来く〜ん!!」
「かっこいい〜!!」
隣で叫ぶ女子たちは、クラスメイトではない。よく見れば、3年生もいるし、1年生もいる。
試合中だった。バスケの第2試合。私はちょうどその試合の得点係で、目の前のコートを走る夏がゴールを決めるたび、得点をめくっていた。
周囲の歓声に気づいたのは、5分のタイムを挟んで、第2クォーターに突入してすぐ。私の横に女子が集まり出してきて、夏の名前を呼び始めたのだった。
夏が動くたびに、湧き上がる黄色い声。それはそのうち、「おぉ〜!!」という、男子をも巻き込んだ大歓声になった。
「夏って……」
声を出したつもりはなかったのに、心の呟きは外に出てしまっていて、「入来くんがどうかしたの?」と、相手クラスの得点係をしていた同じ実行委員の女の子が、私に言った。
「あ、ううん。夏って野球部なのにバスケできるんだと思って、びっくりして」
「今さら何言ってるの。入来くんって学校一のスポーツ万能じゃない」
「そうなの?」
「そうなのって、去年椿と一緒に表彰されてたの、忘れたの?」
表彰? とまた聞き返すと、驚いたその子から、学校で一番スポーツ活動に貢献した男女1名ずつが、毎年冬に全校生徒の前で表彰されるのだと聞いた。椿は助っ人として出場した大会で団体優勝に導き、夏は野球部の甲子園出場の夢を叶えたのだと。驚いたことに、夏は1年生ですでに、野球部のエースピッチャーだった。
「エースねぇ」
初めて夏を知ったとき、椿が「筋肉バカ」と言っていたのを思い出す。あのあと学校で夏に会っても、椿の言っていたイメージとは全然違うと思ったものだった。
「だからこんなに女子が多いんだ」
「それだけじゃないよ。もちろんスポーツのできる男子はかっこいいけどさ、入来くんは面白いし真面目だし、いっつも友達に囲まれてるでしょ。人気者ってところが、またいいんだよねぇ〜」
私は直感した。もしかしてこの子も、夏のことが――。
試合そっちのけで話しているくせに、夏がゴールを決めると、私は得点をめくっていた。ちらちらと視界に映る大勢の人影の中に、夏だけをしっかりと捉えていたということか。
「椿はどうなの? 入来くんと仲良いよね」
「え?」
「入来くんのこと、恋愛対象として見たことはないの?」
「あたしたちは、友達だもん」
そう。夏にとって、私たちは、友達。それ以上望んでも叶わないのは分かっている。それ以下でもないということも、分かっている。
大切な友達だと、夏は言った。椿のことを信じている、と。
だけどそれは、とても寂しいことではないだろうか。
だって、私は、椿として夏の友達でいることに、心苦しさを感じ始めている。そばにいられるなら椿でも桜でも関係ないと思った心とは裏腹に、桜としての私を見てほしくてたまらなくて、声に出してしまいそうな、押さえきれない欲望が、芽を覗かせている。
私はきっと、このまま欲望の渦に絡めとられていく。成す術もなく、流されるままに。
私は、このまま夏を好きで好きで、どうしようもなく、感情が溢れ出してしまったときが、夏のそばにいられなくなる時なのだと、悟った。




