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桜サク夏  作者: 綾瀬タカ
21/52

21 欲望の芽生え

 視線の先に、夏がいる。

「きゃ〜!! 入来く〜ん!!」

「かっこいい〜!!」

 隣で叫ぶ女子たちは、クラスメイトではない。よく見れば、3年生もいるし、1年生もいる。

 試合中だった。バスケの第2試合。私はちょうどその試合の得点係で、目の前のコートを走る夏がゴールを決めるたび、得点をめくっていた。

 周囲の歓声に気づいたのは、5分のタイムを挟んで、第2クォーターに突入してすぐ。私の横に女子が集まり出してきて、夏の名前を呼び始めたのだった。

 夏が動くたびに、湧き上がる黄色い声。それはそのうち、「おぉ〜!!」という、男子をも巻き込んだ大歓声になった。

「夏って……」

 声を出したつもりはなかったのに、心の呟きは外に出てしまっていて、「入来くんがどうかしたの?」と、相手クラスの得点係をしていた同じ実行委員の女の子が、私に言った。

「あ、ううん。夏って野球部なのにバスケできるんだと思って、びっくりして」

「今さら何言ってるの。入来くんって学校一のスポーツ万能じゃない」

「そうなの?」

「そうなのって、去年椿と一緒に表彰されてたの、忘れたの?」

 表彰? とまた聞き返すと、驚いたその子から、学校で一番スポーツ活動に貢献した男女1名ずつが、毎年冬に全校生徒の前で表彰されるのだと聞いた。椿は助っ人として出場した大会で団体優勝に導き、夏は野球部の甲子園出場の夢を叶えたのだと。驚いたことに、夏は1年生ですでに、野球部のエースピッチャーだった。

「エースねぇ」

 初めて夏を知ったとき、椿が「筋肉バカ」と言っていたのを思い出す。あのあと学校で夏に会っても、椿の言っていたイメージとは全然違うと思ったものだった。

「だからこんなに女子が多いんだ」

「それだけじゃないよ。もちろんスポーツのできる男子はかっこいいけどさ、入来くんは面白いし真面目だし、いっつも友達に囲まれてるでしょ。人気者ってところが、またいいんだよねぇ〜」

 私は直感した。もしかしてこの子も、夏のことが――。

 試合そっちのけで話しているくせに、夏がゴールを決めると、私は得点をめくっていた。ちらちらと視界に映る大勢の人影の中に、夏だけをしっかりと捉えていたということか。

「椿はどうなの? 入来くんと仲良いよね」

「え?」

「入来くんのこと、恋愛対象として見たことはないの?」

「あたしたちは、友達だもん」

 そう。夏にとって、私たちは、友達。それ以上望んでも叶わないのは分かっている。それ以下でもないということも、分かっている。

 大切な友達だと、夏は言った。椿のことを信じている、と。

 

 だけどそれは、とても寂しいことではないだろうか。


 だって、私は、椿として夏の友達でいることに、心苦しさを感じ始めている。そばにいられるなら椿でも桜でも関係ないと思った心とは裏腹に、桜としての私を見てほしくてたまらなくて、声に出してしまいそうな、押さえきれない欲望が、芽を覗かせている。

 私はきっと、このまま欲望の渦に絡めとられていく。成す術もなく、流されるままに。


 私は、このまま夏を好きで好きで、どうしようもなく、感情が溢れ出してしまったときが、夏のそばにいられなくなる時なのだと、悟った。







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