20 後味苦味
喬が椿に振られた、ということは、クラス中が知っていた。もちろん夏だってそう。だけど、振られた喬をみんなが冷やかす中、夏は輪を外れていた。同じく離れたところで見ていた椿と、全く関係のない話をしていた。
「夏はね、もともとそういう冷やかしとか嫌うんだけど、そのときは喬もそこで一緒に笑ってたからさ。自分が怒るほどのことじゃないって、思ってたのかもね」
「でもみんなが話してるのに、気にならなかったのかな。『何で喬を振ったんだ?』って」
「さぁ? そういうこと聞くほどミーハーな奴じゃないし、単に、あたしが喬を振ったことにも、興味がなかっただけかもしれないし」
「またそんなこと言って」
椿の話を聞いて、まだ恋を自覚したばかりの私は、そんな夏の真面目なところが、すごくいいなと思っていた。友達を大切に思う、友情に熱い人なんだ、と。
夏への恋心が熱を帯びて形作っていくのを、確かに感じていた。
* * *
「……知りたい? あたしが喬を、どう思ってるか」
私は試すような口調で、夏に質問し返した。今になってどうして、夏がそんなことを言い出したのか。もしかして、という期待が、一瞬、頭を過ぎった。
「知りたいっていうか……。まぁ、そうなんだけど」
「な〜にそれ?」
「いや、実はさ……。あいつ、まだ椿のことが好きだって、俺、相談されて……。喬が椿に聞いてくれって言ったんじゃないから。俺が勝手に、あいつの気持ち、お前に話してるだけなんだ」
――なに、それ。
心の中はどんより、梅雨の日の空に覆われていく。
もしかして、夏は私と喬の関係を少しだけでも気にしてくれているんじゃないかと、期待してしまっていた。
そんな期待、してはいけなかった。期待するだけ自分が傷つくのだと、初めから、分かっていたのに。
「あたしは、喬を恋愛対象として見れない。もし、喬が今以上の関係を望んでるんなら、友達だっていられない」
「そんなこと言ってないよ。喬はただ、好きでいるのはいけないことかって、悩んでて。俺はそうやって相談された」
私はひとつ、自分の中である賭けをする。
「夏は、どう思う?」
「え?」
「振られた相手を想い続けるのは、いけないことだと思う?」
――私が夏を好きになってしまったのは、いけないこと?
「……俺には、分からない。そんな経験ないし」
「もし、夏があたしと同じ立場だったら、振った相手が自分をまだ想っているの、どう?」
「どうって……言われても、」
夏は俯き、答えを探している。そのとき試合開始10分前のチャイムが鳴って、私は溜め息をひとつ、小さく吐いた。
「夏、そろそろ行ったら? あたしも、もう行く」
「あ、ああ、行くよ」
これ以上夏からは、私の欲しい言葉は、貰えないような気がした。
――夏。あたし、夏には、そんなこと聞かれたくなかった。夏は友達思いだから、喬のために言ったんだろうけど、そのとき、あたしの気持ちは考えてくれなかったの? あたしは、夏の大切な友達じゃなかったの?
初めて、後味の悪い、夏との2人きり。
コーヒーを飲み干したあとに豆の挽ききれなかった部分が舌に残ってしまったような、ザラザラした名残り。
苦くて、いつまでたっても消えない。




