18 嘘の行方
夏のことが好きになったと椿に告げたのは、恋を自覚して3日後のことだった。
「えぇ〜!! って、別に驚かないよ。だってあたし、桜は夏のこと好きになるって、分かってたから」
「どうして?」
私がそう尋ねると、椿はいたずらに歯を見せて、二ッ、と笑った。
「夏って、桜の周りにはいないでしょ。学校通ってみて気づいたんだけど、桜のクラスって、みんなバラバラ。夏みたいに、クラスを盛り上げようとする人、いないもんね」
だけど夏は、2週間後に控えたクラスマッチの練習をやろうとクラスをやる気にさせ、もしかしたら優勝できるかもしれないという自信を、周りに与えている。今までひとりでいることを好んでいた桜なら、みんなで楽しもうとする夏に惹かれるのは必然だと思った、と、椿は言った。
「必然って、何?」
「う〜ん、言葉にするのは簡単なんだけど……」
椿は腕を組んで、考える仕草をしたが、そのうち、やっぱり分かんないや、と降参し、腕を解いた。
「まぁでも、たぶん、運命とか、そういうものよ」
「運命、なんて、あるのかな……」
「あるよ!! あたしたち2人が双子として生まれたときから、運命は用意されているの。あたしの運命も、桜の運命もよ。だから、応援してるからね!!」
そこにあたしと夏の運命はあるのかな、と、心の中で、椿に問う。
「いいよ、そんなの。あたしは別に、夏が好きだからってどうしたいっていうわけじゃない」
「ダメダメそんなの!! もっと、夏と2人きりになったらいいのよ。それでお互いのことを話して」
「だって、夏も椿も、お互いのことはよく知ってるんでしょ?」
「え? ……あぁ、そうか。そうだった。桜のことは、話せないんだよね」
椿が桜に、桜が椿になりきると自分から言い出したくせに、椿は「もう!! じれったいなぁ」と、ふくれ顔をしてみせた。かと思うと、何か考え始めて、う〜ん、と、何度も小さく唸り声を上げる。
「椿、どうしたの」
「う〜ん……。でも、夏なら……。大丈夫かな」
「椿。何を言ってるのか、分からない」
そしてソファから飛び起きた椿は、私に、こんなことを言ったのだ。
「桜。夏になら、あたしたちのこと、ばらしてもいいよ」と。
* * *
椿のわがままから始まって、今では日常化してしまった、嘘。
私はそれを、夏に話すことなんてできない。
「ううん。言わないよ、椿。夏には話さない。だから椿も、絶対、言わないで」
「どうして? 夏は言いふらしたりしないよ。たとえみんなに知られてしまっても、桜が気にすることなんかない。入れ替わろうって言った日から、あたしは、ばれたときは自分の責任だって、ちゃんと心に決めてたんだから」
「そういうことを言ってるんじゃないよ。とにかく、絶対に言わないで」
「だってそれじゃあ、いつまでたっても桜は夏の前で桜になれないじゃない」
「そんなこと、あたしは望んでない。あたしはただ、夏のそばにいたいだけなの。それが桜としてでも椿としてでも、どっちだっていい」
もし夏が私たちのことを知ってしまったら、私は二度と、夏のそばにいられない。私がついた嘘は、それほどの威力と、重圧を抱えている。
私は、夏のそばにいたい。“椿として”だとか、“桜として”だとか、なんて、関係ない。だって夏のそばにいるのは、夏のそばで笑っているのは、確かに“私”なのだから。
――ただ、そばで笑っていられたら。そばで笑っていてくれたら、いい。
そのためなら私は――。
夏のためなら、私は、夏に嘘をつき続けることだってできる。