17 変化。自覚。嘘。
テーマが多い回なので、内容もギュッと詰まってます。
分かりづらいかと思いますが、ご了承ください。
1週間も経てば学校生活には慣れて、初めのころはあんなにうっとおしく感じた友達も、今では私の日常にちゃんと存在している。不思議なものだ。
朝、教室に入った私の元には乃李がやってきて、「おはよう」と声を掛ける。私もおはようと返し、ホームルームが始まるまでの7分間、おしゃべりして過ごす。そのうち喬や他の友達も集まってきて、笑い声が絶えない。放課後までずっと、そんな感じ。
私はそのうち、「椿」と呼ばれることに違和感を感じなくなっていた。そう呼ばれれば返事をするし、そのせいで、母親が椿を呼んだとき、一緒に返事をしてしまったこともあった。もちろんそれは、椿も同じで。
部活の助っ人は、最近頼まれることが多くなった、と、椿が話した。
「毎日頼まれるわけじゃないのよ。練習試合のメンバーが足りないとか、1人欠席して部員が奇数になるから稽古しにくいとか、そういうときにだけ、頼まれる程度だったの。なのに桜ったら、最近妙に帰りが遅い日が続くと思ったら、助っ人してたなんて」
どうやらあの剣道部の練習試合で、やっぱり私は注目を浴びてしまったらしい。そういえば体育の授業でも、つい本気になって走ったら、陸上部員のタイムを上回っていた。考えれば原因はいくつもあって、すべて、私が自分で引き起こしてしまっていたのだ。
日常が、変わってきている。それは恐ろしく早いスピードで、私はまだ、全然ついていけていない。だけど、そんな日常に、習慣が生まれ始めている。
絶対無理だと思っていた、椿の学校生活。やってみると、そのうちそれが、当たり前になってくる。
不思議なものだ。今はもう、椿を否定する心など、微塵もなくなっているのだから。
* * *
「椿、今日も生徒会なんでしょ? いってらっしゃい」
4限のチャイムが鳴ると、みんなはそんな風に私を送り出すようになった。私はその言葉を背に、あの屋上へと向かう。
「よ」
「よ」
手を軽く振り上げて、私と夏は、いつものようにあいさつをする。
「空に手、届く?」
「まさか」
「前に言ってたじゃない。空に手が届きそうだって」
「届く、とは言ってないだろ。それにあれは、いつもより空に近づいてるっていう意味だ」
「違うの?」
「全然」
昼休み、お弁当を持って私たちは、この屋上にやって来る。気が向いたときだけ、と言っていた夏は、毎日気が向いているようだ。
夏と2人で過ごす時間は、ゆったり、のろのろと進んでいる。まるで、私が時を動かしているかのよう。もっと長くこの時間が続けばいいのにと、わざと、時を遅くしているみたい。
私にはもう、分かっていた。そんなことを思ってしまう自分、今、この胸の中に、何が詰まっているのか。
「夏さ、ここに来るとき、みんなに何て言ってるの?」
「別に。ちょっと行ってくるって」
「どこ行くの、って言われない?」
「言うよ。乃李とか、匡基とか。でもそんなの、聞こえないフリしてる」
「ふ〜ん、ひどいんだ」
「お前は何て言ってんだよ」
「生徒会の仕事」
「そっちの方がタチ悪い。俺は、嘘はついてない」
「同じよ。結局は言わないんだから」
「一緒にするなよ」
私は、夏を――。
私にはもう分かっている。夏と話すとき、私は、桜に戻ってしまっている。桜として、夏の側にいたいと、思っている。
私は、夏のことが――。
「……嘘は、嫌い?」
「嫌だね。前に、嘘をつかれたことがあるんだ。信じてたからこそ、すごくショックだったし、ムカついた。友達とか信じてる人に言われたら、最低」
私は、夏のことが……好き。惹かれてはいけないと思っていたけど、心はそんな脆い否定の壁を打ち破って、貫いた。
今、どうしようもなく、夏が好き。
だけど。
「……それって、あたしもその中に入ってるの?」
「……。ああ、もちろん入ってるよ」
嬉しいはずなのに。
なのに、どうしても、喜べないのは。
私が、椿ではないから。私は、桜だから。
私が、夏に嘘をついているから。