16 秘密
入れ替わりは2日後に行われた。朝は以前と違ってスムーズに、椿はリボンを、私はネクタイを締めて、学校に向かった。
椿は前の日の朝に、もし私が嫌なら部活の助っ人は当分休むことにする、と言ってくれた。生徒会の活動は夏休み明けの体育祭・文化祭までは大きな行事もなく、クラスマッチがあるだけでそんなに大変ではないらしい。それでも普通の学生生活よりは、何かと充実した、忙しい毎日になるだろうけれど。
「大丈夫。あたしも、椿を見習って学校を楽しんでみたい。だから、とりあえずやってみる」
だって、せっかく椿の学校に通うと決めたのだから、この間のように1日中神経をすり減らして過ごすのは、何だかもったいないような気がして。
――椿になりきってみよう。そうしてあたしも、そのうち変わっていけたら。
これまでにない、挑戦心。
私の中に生まれた不思議なワクワク感は、胸を躍らせ、弾ませた。
* * *
相変わらずのクラス。椿の友達はみんな、なぜこんなに明るく楽しそうなのだろうと、思ってしまう。
「まぁ1日2日じゃあ無理だよね」
どうやらしばらくは、昼休み、生徒会の仕事を理由に屋上に来るのが日課になりそうだ。賑やかなのは嫌いではないけれど、慣れていないから、苦手。これがこの先ずっと続くのかと思うと、やっぱり不安になる。
「ここを見つけてよかった」
陽射しを手で覆い隠すと、指の隙間から、眩しい陽が漏れてくる。それさえも気持ちが良い空の下で、私は、夏とここで会ったことを思い出す。
「空に手が届くような気がして、好きなんだ」
夏がやったように、手のひらを空にかざしてみる。大きく開いた指の隙間からは、陽の光筋と、空が映る。今日もまた、ターコイズブルーの空が広がっている。
「真似してんの? 俺の」
背後から、夏の声。振り向くと、夏がいた。
「また来たの?」
「それ、俺のセリフ。ここ2日くらい来なかったくせに、初めから自分が見つけた場所、みたいに言って。俺のほうが先に見つけてたんだよ、ここは」
「もしかして夏、毎日来てるの?」
「いや、気が向いたときだけ」
「じゃあ何で、あたしが来なかったって、知ってるの」
そう言うと、夏は口籠らせて、視線を逸らした。私の隣に立って、同じように空を仰ぐ。
「どうして隣に来るの」
「別に、理由なんてないけど」
「ふ〜ん……」
それから私たちは、黙ったまま、空を見ていた。後ろから見たら、ベランダの柵に並んで立っているカップルのように見えるかもしれないけれど、2人ともそんなことは気にならずに、ぼうっと、空を眺めていた。
結局、聞いたことに答えは返ってこないまま、だけどそれでもいいような気がした。夏の言うとおり、ここは開放的で、何も気にならなくなるのだ。
「夏、明日も来る?」
「来るよ」
「ふ〜ん」
そんな会話を交わしただけで、私と夏だけの、秘密の場所ができた。
「これからはもっと、お互いのことを話していこうね」
椿とはそんな風に約束したけれど、このことは、話さないでおこう。
初めて夏と共有した秘密を、私は、このまま2人だけのものにしたいと、思った。