15 夏に恋する
「椿とは、付き合えない」
夏のそのたったひとことが、椿には、何よりも辛くて、悲しかったのだという。そして、そのとき初めて、どれほど夏のことが好きだったか気づいたのだと。
「すごく、すごく後悔したの。何であたしは友達のままでいいと思ってたのか。もっと、夏に好きになってもらえるように努力してたら、何か、変わっていたかもしれないのに」
そういえばあのころ、学校から帰ってきた椿が、リビングを避けて部屋に閉じこもってしまったことがあったのを、思い出す。
「椿? どうしたの?」
部屋をノックしても呼びかけても返事はなくて、心配した私は、入るよ、と、ノブをひねった。だけどそのとき、椿が、「だめ!!」と、突然叫んだのだ。
「大丈夫、何でもないの。ちょっとやらなきゃいけないことがあるから、ひとりにして。夕飯になったら行くから。ちゃんと、行くから」
あのとき椿がやらなきゃいけなかったのは、“泣くこと”だったのだろうか。
椿は夕飯に降りてきて、翌朝も、いつも通りに学校に行った。私から見ても、本当に、いつもの椿だったのだ。
「椿は、夏を諦めたの? 今はもう友達としか思ってないって、本当に? だって、ずっと同じクラスなんでしょ。近くにいて、そんなに好きだった人を、忘れられるものなの?」
「あたしもね、無理だと思ってた。これからまたいつも通り友達として仲良いままなんて、絶対にできないって。あたしがいろんな部活の助っ人を始めたのも、生徒会に入ることを決めたのも、みんな、その時期。とりあえず、いろいろなものに目を向けたかった。夏以外に、夏以上に夢中になれるものを、見つけたかったの」
「見つかったの? 夏以上のものが?」
椿はうん、と頷いて、また、頬を紅く高潮させる。
「さっきも言ったじゃない。あたしは桜の学校で、出会ってしまったの」
椿があそこまで言う相手は誰なのか、私はすごく、知りたくなった。夏よりも好きになれる人、なんて、いないと思っていたから。
「早く見つけてね」
「大丈夫!! あたしもう、何もしないままなのは嫌なの」
その椿の言葉を、私はすんなりと信じることができていた。
「ねぇ桜、桜は、夏のことが好きなの?」
「え……」
「桜が違うって言うなら、それでもいいよ。でも、もし桜が夏のこと気になってるんなら、あたしのことなんか気にしなくていいんだよ」
「うん、ありがとう」
――でもね、椿。
――分かってる?
私が気にしていることは、もっと、別のところにあって。
――椿がだめなら、あたしもだめなんだよ。
だって私は、“椿”としてしか夏のそばにいられない。椿とは付き合えない、ということは、夏が、椿の振りをした私を好きになることも、有り得ないと思うから。
――だからあたしは、夏のことを好きになっても、辛いだけなんだよ。
だから私は、夏に、恋なんてしない。
哀しいだけの恋になると、分かっているから。