13 恋の話
もう絶対嫌だと思っていたけれど、私は、もう1度椿としてあの学校に通うことになった。しかも今度は無期限で。なぜ私がそんなことを受け入れたのかというと、椿が私に入れ替わってほしいと言った“理由”を、聞いたからだった。
「気になる人?」
「そう、昨日学校で会ったの。一瞬目が合っただけで話したりもしなかったんだけど、何かすごく気になるの。こんなこと、初めて」
と、椿は赤く火照っていく頬に手を当てながら、恥ずかしそうに話した。
「で、その人に会いたいから、もう1度学校を代わってほしいって? それっていつになるのか、全然分からないじゃない」
「うん。でも、会った場所、中等部と高等部の校舎の間のところなの。あんまり人が来ない隠れた空間みたいな。だからもしかしたら、いつもそこに来てるのかもしれないし。それにあたし、早く見つけられるようにするからさ」
椿がそんなことを話すのは、初めてだった。お互いの学校生活を言い合ったりしない私たちは、もちろん恋の話だってしない。椿がどんな人が好きで、どんな風になるのか、もしかしたら私は、椿の周りにいる友達よりも、椿のことを知らないのかもしれない。
「分かった。椿の恋を応援してあげる」
「本当?!」
「ただし、早く見つけてよね。それと、いつもの椿のような明るさで周りと話さないで。少しは落ち着いてよ。あたしはそんなキャラじゃないの。今日、みんなに驚かれたんだから」
「え〜?! いいじゃない。だって桜のフリするの、大変なのよ。『桜はクールだから』って、何回言われたと思ってるの。桜はもっと明るくいるべき!!」
人と馴れ合うのは面倒なのよ、そう言ったら椿は、仕方ないなという風に、溜め息をついた。
「ねぇ、桜は誰か、気になる人はいないの?」
「え?」
「お互いの恋の話、しようよ。全然話したことなかったじゃない。あたしね、本当は、桜と恋の話とか学校の話とかしたかった。あたしの知らない世界を桜が持ってるなんて、ちょっと嫉妬しちゃうけど、すごく聞きたかったの」
「そんなの、あたしだってきっと嫉妬しちゃう。あたしがいないところに椿の世界があるなんて」
私たちは笑い合った。2人して、幼稚な心を持て余している。出会いは無限に広がっているから、世界なんて、いくつあってもおかしくないのに。
「これからは、お互いの学校とか、恋のこととか、話していこうね」
「うん。そうだね」
そうやって、大人になっていけたらいい。だっていつかは私たちだって、それぞれ大切な人を見つける日が来るのだから。そのときまでに、この過重なお互いへの依存を、少しずつ、減らしていけたら。
「……ねぇ椿? 聞いてもいい?」
「何?」
ずっと、気になっていたこと。
だけどずっと、聞いてはいけないと思っていたこと。
「夏……、入来夏と椿って、何か特別な関係なの?」
だって、それを聞いてしまったら、私の中で、何かが壊れてしまいそうで。