12 喧嘩
その日はすぐに母が帰ってきたから、学校の話はしなかった。そのままお互いのことは何も話さずに、次の日に学校に行ったら、なぜか私はいつもより、周囲に敬遠されていた。敬遠というより、凝視や戸惑いといったような。
視線は確かに送られているのに、そちらを見ると、ぱっ、と、目を逸らされる。そんなことは普段もよくあったけれど、やっぱり、何か違っていた。
「弥代さんってもっとクールな人なのかと思ってたけど、すごく明るいんだね」
「我が高のクールビューティは、我が高のアイドルになったな。ま、どっちにしろ俺たちが手を出せるような人じゃないけどな」
「ああ、憧れだけ持っておこうぜ」
ちらほらと、そんな風に話す声が聞こえてきた。
「いったい何なの? 椿は何をしたのよ」
クラスの友達は言った。「桜、昨日はどうしたの? いいことでもあったの?」と。
剣道部の友達は、「桜っていつもはトレーニングも平気な顔でこなすけど、昨日は違ったよね。『もう疲れた』とかいきなり言い出して。みんなびっくりしてたんだよ」と、言った。
それを聞いて、私は、何となく椿のしたことが分かった。きっと椿は普段の椿のまま、桜になろうとはしないで、生活していたのだろう、と。
――ずるいよ、椿。
私だって、普段の自分のままでいたかったのに。それなのに、ちゃんと椿になりきって、椿のイメージを壊さないように、したのに。
ずるい。椿、ひどい。本気で、そう思った。
だけど、とにかく今は、早く椿に会って話を聞かなければ。
部活終わり、私は走って家に帰った。
* * *
「嫌!! あたしはもう絶対嫌だからね」
「そんなこと言わないでさ、ねぇ?!」
家に戻ってすぐ、椿と言い争いになった。原因はこれまで通り、やっぱり椿。私が家に帰ると椿は玄関で待ち構えていて、驚いている私に、突然言った。
「桜、おかえり!! ね、もう1回学校入れ替わらない?!」
「な、に言ってるのよ!! あれは1度きりでしょ!!」
そこからしばらくは玄関でそのやり取りを繰り返し、そのうち母が帰ってきたことで一時中断となったのだが――。
「もう寝る!!椿も早く部屋に戻って寝なよ」
「だめ。桜がやるって言ってくれなきゃ、戻らない」
「何なのよ、もう!!」
と、食後にまで続いていた。
「何で嫌なの? あたしの学校楽しくなかった? クラスみんな仲良かったでしょ」
「あたしがそういうの苦手なの、椿だって学校行って分かったでしょ? ひとりのほうが楽だし、誰かに気を使うのは疲れるの。面倒なのよ」
そう言うと、今度は椿が、当然のように返す。
「気を使う必要なんてないじゃない。だって友達だよ? 気なんか使う関係じゃないでしょ」
「椿には分からないよ。あたしと椿は、違うもん」
「違うって、何が」
椿は一層、強い口調で言った。初めて見る表情に、私は思わずぐっ、と口を噤み、黙る。
「桜。あたしと桜は何が違うの。教えてよ」
「だって……違うじゃない。性格だって学校生活だって、全然違う。あたしは椿みたいに、何でも楽しければいい、みたいな考え方はできない。あたしたちが同じなのは、顔だけよ」
このとき椿にそう言ってしまったことを、私は一生忘れない。
椿も、一生忘れないと思う。
「桜、あたしは楽しいことは好きだけど、楽しければそれでいいなんて思ってない。あたしだって、理由もなく突っ走ってるばかりじゃないよ。桜は分かってくれてると思ってた。ねぇ桜? あたしが今、もう1度入れ替わろうって言うのにも、理由があるんだよ? くだらなくて、何だそんなことって思うようなことでも、ちゃんと、理由があるから言ってるんだよ?」
椿は諭すように語って、そのあと、哀しそうに俯いた。
このとき椿が言ったこと、椿の見せた私への失望の表情を、私は、一生忘れない。
椿だって、忘れないだろう。
この双子、初めての喧嘩です!!
初めてのケンカが入れ替わりについてって、何なんでしょう…
さて、今のところ全然恋愛が絡んでいないような気もしますが、
次に次くらいからは恋愛主体になってくるのではないかと。もちろん桜と夏です。
と、いうことは……