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己の価値

作者: 宇佐美

ちょっとファンタジーチックですが、恋愛に焦点を当てています。


何故…何故あたしを置いてったのさ。


「あんただけでも生きてくれてて、よかった」

傍らで母親が泣いていた。

在り来たりの言い方かもしれないけど…気がついたら病院だった。

使ってなかった脳細胞が活動を始める。

「ノブ…は?」

ガバァッ

ベットを除けて、躰を起こそうとする。

「ぅっ」

全身が麻酔がかけられたみたいに言うことを聞かない。

「安静にしてなきゃ、駄目だよっ!」

「あたし…ノブに誘われて」

「そうだよ。二人でバイクに乗って、海に向かう途中で事故にあって」

思い出した。

あたし『亜依』は10ヶ月付き合っていた『ノブ』とバイクで近くの海に行く途中で、交通事故に遭った。

海沿いの道で信号無視の乗用車が右側から突っ込んできた。

あたしとノブはバイクから吹っ飛ばされて…絡めていた腕が腰から離れていく…覚えているのは、そこまで。

「ノブはもういない?」直感を口にする。

当たっていない事を一瞬祈った。

「即死だったって」

淡い期待が打ち砕かれる。

それからの亜依は、ただ生きながらえていた。

ただ呼吸をし、ただ栄養を摂取して…ただノブを想い空を見ていた。

頭に浮かぶ言葉は一つ。

『何故…何故あたしを置いてったのさ』


それからの1ヶ月間は地獄と言えた。

思うように動かない体に鞭打ってリハビリの毎日。

おまけに最初から体が言うことを聞いてくれる筈もなく、イライラが募り、母親に当たる事も少なくなかった。


「退院おめでとう」

「元気でね!」

「ハイ…」

「亜依さん。これだけは、覚えといて」

30代くらいの看護婦長といった感じの女性が亜依の右手を握る。

「?」

「あなたは生きているの。他人の死は他人の死。あなたの死ではないの。厳しいこと言うみたいで、ごめんなさい」

「いいえ…」

亜依は病院を後にする。


「あんた、これからどうするの?」

「ん」

タクシー後部席窓の外から流れてくる景色を眺める。

町には色が溢れ、季節は夏に向かっていた。

「聞いてんの!」

「ん」

「全く…」

「×××通りで降ろして」

バタンッ

風が頬に当たる。

しばらく歩いて、亜依が着いた一軒の家。

門柱に備え付けのチャイムをおもむろに押す。

ピンポーン♪

『はい。水上です。どちら様ですか?』

声からして、おそらくノブのお母さんだろう。


あたしは、ノブに手を合わせる。

正座をすると自ずと、背筋がシャンとなる。

チリン♪ちりん♪

風鈴の音で暗闇の世界から現実へ戻った。

「ふぅ」

「亜依ちゃん。体はもういいの?」

「今日退院してきました。大丈夫です。歩く時ちょっと引きずっちゃいますけど…それは?」

「ぁあ、これ?」

畳に置かれた分厚い本や数冊のノートが気になって、訊ねる。

重そうにノブの母親はテーブルの上で開いてくれた。

「アルバム?」

「そう。白い方は小さい頃ので、赤い方はあなたとの思い出のアルバム」

「見てもいいですか?」

「もちろん。見てあげてちょうだい。私は隣の部屋にいるから、ゆっくり見ててね」

声が耳に入らない。

アルバムを1ページ1ページめくり、夢中になっていた。

パタン

「これ、あたしの誕生日の写真。これは、夏祭りん時のだ…いつの間に…」

一緒に過ごした時間を想い出して、涙がこぼれる。

ぽたぽたぽた

涙は写真の中のノブの頬を濡らす。

「何で死んじゃったんだよっ」

涙で視界がぼやけると拭いながらも、ノブを忘れないために見る。

「おばさん」

「亜依ちゃん。だいぶ泣いたみたいね。もう、いいの?」

「この写真いただいてもいいですか?」

最高の笑顔で、ずっと一緒にいられると信じてた疑わなかった一枚。

「いいわ。でも、いつまでも思っていても…」

「忘れろ、って事ですか?」

「ぇえ。あなた、まだ若いんだし」

「ノブはまだ、あたしの中に生きてるんです」


一人きりの夜。

亜依は一人暮らしをしているアパートに帰った。

部屋から覗く月はとても綺麗で涙が出そうになる。

電気を消しても十分明るい。

寝室の窓際に腰掛けて、買ってきたたこ焼きとビールを口へ運ぶ。

カチッ

ゴクゴクゴク

「はぁ〜…んっ、あちっ!はぁふ」

たこ焼きが熱すぎて舌が火傷しそうになる。

カチン

ジュッ

「ふー」

セブンスターの煙が不規則に夜空に消えていく。

ぴんぽーん♪

「?」

今は丁度夜中の12時になるところだ。

誰だろう?友達?こんな夜中に?

亜依は玄関まで行って覗き穴から誰がいるか確認してみる。

「誰もいない?ぴんぽんダッシュッかぁ?」

寝室へ戻ろうと3歩、4歩進んだところで、また呼び鈴がなった。

「ん〜?」

誰もいない。

今度は思い切って、玄関を開けた。

そこにいたのは、一匹の猫。

きちんとお座りをしている。

「おまえが押すわけないよなぁ〜酔っぱらってんのかな?」

体は漆黒、瞳は右が青で左が黄色のオッド・アイ。

「かっこいぃ〜おまえどっから来たの?早く帰んなきゃダメだよ」

しゃがんで小さい頭をそっと撫でてやる。

「ぁい」

「ん?」

耳を疑った。

猫がしゃべった…いや、それよりあたしの名前を呼んだ?

「あい」

さっきよりもはっきりと聞こえるように亜依の名前を呼ぶ。

「…はぁ!!?」

しばらく、この猫の話を聞いた。

「それで…ここにいさせろって?」

「ウン」

腕組みを解き、自分を『ノブ』と言う黒猫を余す所なく触る。

「ワァワァ!何ダヨォ」

「いや…信じられないから…機械で誰かに操られてんぢゃないかと思って」

「あいハ、セブンスターヲ吸ッテル。あいハ、隣デ飼ッテル犬ニイツモ吠エラレテル」

「うん…たしかに」

「信ジテクレタ?」

「って、何でそんなカタコト?」

「猫ノ口デ、人間語話スノマダナレナインダ」

「ふ〜ん。あんたお腹空いてる?」

「アンタ、ッテ…信ジテクレナイノカヨっ!…減ッテル!!」

「まだね。とりあえず、ジュニアと呼ぶか」

「イイヨ〜グラタンガ食ベタイ」

亜依は鮮烈に今想い出した。

ノブが大のグラタン好きでノブのお母さんに作り方を教わりに行った事を。


チュンチュン

チュンチュン

「ぅ゛ー…」

朝起きて昨夜起こった事が夢でない事に打ちのめされた。

「夢…ぢゃないよなぁ〜」

枕元でお腹を出して寝ている、黒猫を見る。

「ノブの寝相にそっくり」

こうして、亜依と自称・ノブの変な共同生活が始まった。

「んで、何したいの?あたし、仕事だけど」

「考エタ事ナカッタ…」

あまり変わらない表情で答える。

「まぁ時間あるんでしょ?もう一度人生楽しめば?あたし隣にいるし」

右親指を立てて、リビングの隣の部屋を差す。

亜依は雑誌や本の装丁のイラストを描くイラストレーターを仕事としている。

病み上がりにも関わらず仕事が舞い込むのは、イラストレーターとしての腕が確かなものだから。

しかし、思ったより進まない。

「ダメだ」

カチッ

ジュッ

「ふ〜」

髪が乱れない程度にショートヘアの頭を掻く。

「今日ハ止メテ、散歩行コウ!」

「散歩?」

そういえば天気がいい日、ノブは散策するのが何よりも好きだった。

どうしても想い出すのは、『ノブ』の事ばかり。


日差しが強く、夏を感じさせる。

平日の昼間となれば、公園などは子連れのお母さんしかいない。

話す猫がいても誰にも見られずに済むだろう。

「エイエイ」

「何してんの?」

「猫ノ性デ。蝶々捕マエタインダ」

猫の性でヒラヒラと舞う蝶々を捕まえたくなるようだ。

真剣に狙いを定めて前足で蝶を捕まえる。

「トッタ!」

嬉しそうにはしゃぐジュニア。

穏やかな毎日を送る事ができた。

ノブの事は忘れられないけれど、不思議と淋しさはなくなっていった。

生活を共にして、ジュニアが本当にノブなのでは…と考えさえしてしまう。

では何のために猫の姿になってまで、あたしの所に戻ってきたのか?

いつまで一緒にいられるのか…

いろんな事を自問している間にも月日は流れ、自称・ノブが現れてから4週間は経とうとしている。

カタコトだった話し方も流暢になっていた。

「ジュニア夕飯何食べたい?」

「グラタン!」

「グラタン?」

「グラタン!!」

相変わらずジュニアはグラタンを食べている。

夏のこの時期にアツアツのグラタンを食べる人はなかなかいないだろう。

ましてや、猫舌と言われる猫はグラタンなんて食べるのは一苦労だ。

「ほんとにグラタン好きだねぇ」

「はぁふ、ふぁふ。ぉいしいヨ」

「そ、ありがと」

明日には満月になりそうな月が夜空にとぼけたように顔を出す。

「ジュニアがうちに来て、明日で一ヶ月経つね。お祝いにどっか行こうか」

「!」

「どこがいいか…」

「ダメだ!明日は家にいよう」

言葉を遮られて、訝しげな表情をする。

「何で?」

「いや…あの…ぅ〜。ほら、明日は天気が悪いって言ってたよ」

「え〜ほんとに?」

まだジュニアが言った理由に納得できない様子の亜依。

「えっ!打ち合わせを今日にしてほしい?」

朝の八時にかかってきた電話は、おそらく仕事の電話だろう。

「はい…はいっ、はい。じゃ、10時に」

がちゃっ

「ふ〜…」

どうやら、明日の打ち合わせが急遽今日に変更になったらしい。

ジュニアの方を見ると、まだ寝ている。

亜依の自宅から打ち合わせ場所までは、40分前後はかかってしまう。

「もう8時半じゃん!急がなきゃ」

朝食を準備し、身支度を整えると、既に九時半に差し掛かろうとしていた。

ジュニアには置き手紙を書く。

『ジュニアへ

急に仕事の打ち合わせが入って外出してきます。

朝ご飯は、作っておいたらから食べるように!

亜依より 』


「いってきます!」

バタンッ

ジュニアが目覚めたのは、その二分後。

「んっ、くぁ〜〜」

キョロキョロと亜依の姿を探す。

「亜依?」

リビングの上に自分宛の置き手紙がある事に気づく。

「……!!」

急いで後を追おうとドアへ走る。

しかし、鍵がかかっていて外へは簡単にはでられない。

ガリガリガリ

「開いてくれ!亜依!亜依!」

ドアノブに手も届かず、背伸びして爪をひっかく。

「くそっ!」

玄関以外に外への道を探してみる。

意外にもそれは、すぐ見つけられた。

よほど急いでいたのか、寝室の窓に鍵がかかっていなかった。

「んっんっ」

引き戸になっている窓を小さい手で左から右へと一生懸命動かす。

カラカラカラッ

小さなバルコニーを伝い地面に着地した。

「え〜と、亜依の行く事務所は…」

タッタッタッタッ

亜依が外出してから既に20分以上経っている。

「間に合うかな〜?信号待ちがイライラするなぁ」

信号待ちで腕時計を何度も見ては、行き交う車を睨む。

タッタッタッタッ

「はぁはぁはぁ」

夢中に走るジュニアに思わぬ試練が待っていた。

体が浮いた。

「!?」

「この猫珍しいなぁ。なぁなぁ、売っちゃおうぜ」

「飼い猫じゃないのか?」

「構わないって。首輪もしてないし」

何とジュニアを売ろうと話している若い男性2人に捕まってしまった。

俺は亜依の所に行かなきゃいけないんだ!放せよ!!

バタバタと足を元気よく動かす。

「こらっ!大人しくしてろっ!」

「友達にオッド・アイを高く買ってくれるやつがいるから、行こう」

うわっ!売られるなんて、冗談じゃない。放せよ〜誰かぁ〜!

「あなた達!その猫ちゃんを放しなさい!」

「なんだ?」

二人と一匹は突如として現れたヒーローの方を振り返る。

「嫌がってるじゃないの。放してあげて」

母さん!!!

「これは俺たちの猫だ」

「あっ!お巡りさん!変な人たちが…」

『お巡りさん』と言う言葉を聞いて、二人組はさっさと逃げる。

母さん…俺が死んでから元気だったかな?

「猫ちゃん。もう大丈夫よ」

にっこりと笑って、優しく首筋を撫でてくれた。

なんて懐かしい手の感触だろうか。

「にゃーん♪」

ありがとう♪

母さん…俺を産んでくれて、ありがとう。

ずっとこうしていたいけど、俺…亜依の所に行くよ!

母親の手からすり抜けて進む。

「あら、行っちゃうの?バイバイ」

一度だけ振り返る。

自分を見る母親がそこにいた。

だいぶ時間をロスしてしまった。

亜依はまたも信号待ちで止まっている。

「いたっ!!」

信号は赤から青に変わった。

ペーペーポ♪

ペーペポペー♪

ペーペポペーポ♪

通りゃんせの音楽が流れ始めると、人々が動き出す。

亜依も白黒の道を無事渡りきる。

ところがすれ違った人とぶつかり、鞄の中身をぶちまけてしまった。

「うわっ!全部出ちゃったよ〜あれ?イラスト一枚どこだ?」

辺りを見回して自分の真後ろにあったイラストを取ろうとする。


キキィー!!!


「亜依っ!!」


どんっ


そっと目を開けて見たものは…横たわる黒猫。

亜依を庇って車に引かれてしまった。

「…ジュニア?ノブ!ノブッ!」

膝が擦りむいているのも構わず駆け寄る。

首の辺りを支えてやるが、クニャンとどうしても頭がだらりと垂れる。

なんとも気持ち悪いその感触が手を伝わってきた。

「ぅっ…ちょっとノブ。何やってんの!」

「亜依…怪我ない?」

とても弱々しい声。

ノブの声は周りには、猫の鳴き声にしか聞こえていない。

「ないよ。けど、ノブが…」

「ノブって、呼んでくれた。嬉しいな」

「そんな最期みたいに言わないでよ!」

「ヒュー…よく聞いて亜依…もうお別れなんだ。今日事故に遭う亜依を助けるために…戻ってきたんだ」

さっきより息が荒々しい。

肋骨が肺に刺さって、呼吸がうまくできないようだ。

「また、あたしを置いてくの?一人にしないでよ!ずっと傍にいてよ」

「ヒューヒュー…俺は既に一ヶ月前に死んだ。だけど、亜依は生きてる…」

いつの間にか涙がこぼれる。

戻ってきた恋人を再び亡くす悲しみ。

また、何もできない悔しさ。

独りになる淋しさ。

とにかく、いろんな事で涙が出た。

涙は、ポタポタとノブの頭に落ちる。

「泣いてるの?」

「うん」

「また、泣かせちゃったな…ヒューその涙を…」

「ん?」

「涙を…拭いてあげる事も…ヒューヒューできない。ごめんな」

「謝らないでよ」

「俺、幸せだった…亜依に出会えて…ありがと…亜依はこれから、もっともっと…幸せになっ…て…くれ」

ノブは最後の最期まで亜依の幸せを願って天国へ逝った。

魂が抜けても体はこんなにも温かい。

「あぁー!ぅうぅっー!!」

顔をノブの額に近づけて、最後の体温を感じとろうと賢明になる。

そして、最期の優しいキスをする。

「ちゅっ」

亜依の流した涙はノブの頬を伝い、黒い毛を濡らした。

まるで、互いに別れの涙を流すかのように…。


ノブがジュニアとして過ごしたのは、たった1ヶ月だった。


事故の3年後に亜依は結婚が決まった。


ノブと約束したように、幸せになるために。

ノブの分まで生きる事にした。


命あるものには必ず死が訪れる。


大切なのは、死ぬまでに『幸せ』になる努力をするか、だ。


他人の死は他人の死だ。けっして、自分の死ではない。

前へ進め!

幸せになるために。


こんにちは。はじめまして、宇佐美です。

8作目となる『己の価値』はいかがでしたか?今回はタイトルが決まらず、頭がハゲるほど悩みました(笑)

今回は、『生きている』事を幸福と感じ、恋人に依存しても自分の人生は自分のものでしかない!という事を伝えたかったです。

最後まで読んでいただいて嬉しいです☆感想・意見・リクエストありましたら、ありがたいです。


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