女子高生Ⅰ
視線を感じる。確認しなくても分かる。それはめぐみを見つめる男子生徒たちのいやらしい視線だ。だが、めぐみはそれに対し、特段感情を抱かない。もう、慣れてしまっているのだ、熱のこもった視線を送られることも下品な噂の標的にされることにも。愛想を振りまくことも、笑顔を向けることもめぐみは決してしない。だが、それが男たちの心を揺らし、この生意気な女を自分のものにしたいという支配欲を刺激するのだ。定期入れをそっと開く。その中には、あの風が舞う屋上であの人を見た運命の日、あの人が落とした1枚のプリクラが入っている。ひまわりのような笑顔で笑うあの人の隣には、見知らぬ男。めぐみはこの男を知っている、知っているはずだが、誰だか思い出せない。だが、誰であろうが関係ない。めぐみにとってこの男は憎むべき存在でしかないのだから。
こんな男があの人の恋人!? いいえ、そんなはずがないわ。そんなの私が認めない。
立館高校では2年生から本格的に理系と文系が分けられる。めぐみは文系で、東京の私立大学に通うことが一応の目的になっている。しかし、彼女は親の手前、そう言っているが、やりたいこともなければ、夢もない。かといって全国の大学生たちのように毎日毎日飲み会や合コンに追われる生活で無為に4年間を過ごしたいとも思わない。めぐみは何も持っていない。自分を支えるアイデンティティも何かをしたいという欲望も。そんな彼女にとって、あの人の存在は衝撃だった。心の底から人のことをこんなにも知りたいと思ったことは生まれて初めてだったのである。名前・趣味・性格なんでもいい、なんでもいいからあの人のことを知りたい。あの人のことを思うだけで、胸の奥がぽわっと温かくなる。あの人のことを思うだけで、心拍が自分の存在を誇示するように激しく脈打つ。これはおそらく言葉にすると陳腐なものに聞こえてしまうが、恋なのであろう。しかも、ひとめぼれという一番たちの悪い性質の。
キーンコーンカーンコーン
チャイムが授業の終了を告げる。
何も新学期一発目からがっつり授業しなくてもいいだろうに。
そう思いながらさっさと帰り自宅を始めるめぐみのもとにクラスの数人の男女が寄ってくる。
「ねえ、佐藤さん。私たちこれから新しいクラスの親睦会がてらカラオケ行くねんけど、一緒に来おへん」
「ごめん、私これから用事あるから」
毅然と言い放ち教室を去る。その背中が数人の男子の言葉尻を捕らえる。
ほんと、お高くとまっちゃってよー