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  作者: 玉蔓
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桜Ⅲ

  校舎の前に行くと、先生たちがクラスの名簿を書いた紙を新入生たちに配布しているところだった。その姿を視界の隅にとらえながら、佐藤めぐみは自分の下駄箱に向かう。

 あ~あ、私にもあんな時期があったなー そういえば。入学してもう1年か、ほんとなんでこんなに時が進むのは早いのだろう。まるで神様が私たちをせかすみたいに。

 そんなことを考えながらめぐみは自分の下駄箱からスリッパを取り出し、ローファーからそれに履き替える。そしてローファーを下駄箱にしまおうとしたとき、ふと下駄箱の奥に何か入っているのに気づいた。

 またか。 

 心の奥でぼやきながらも中に入っているものを取り出す。取り出してみると、案の定それは顔も知らぬ男子生徒からのラブレターだった。 

 ご丁寧にお名前添えていただいても、誰のことかわかんないしなー

 困惑しながら内容を見てみると、人目見たときから好きでした。付き合ってください的な内容のものだった。

 いやいや、顔も知らない人からの告白を「はい、そうですか」と受け入れれるほどに私は寛容じゃないんだけどなー 

 めぐみは2年生の中で1番と称されるほどの美人だ。鮮やかに染め上げた栗色の髪を肩までまっすぐに伸ばし、すっきりとした目鼻立ちでノーメイクでも一発でその美貌が分かるほどに洗練された美少女である。当然、そんな彼女に魅了される男子生徒は少なくなく、連日のようにアプローチを受ける。

 かばんに見知らぬ恋する純情少年の恋文をしまい、階段を駆け上がる。彼女が通う立館高校には昔、奇妙な風習があり、それは成績の良いクラスが上の階層の教室を使うというものであった。、今ではそういう制度は差別の感情を生むというPTAからの訴えにより廃止されている。だが、その名残なのか圧倒的多数の生徒が上の階層の教室を望むという奇妙な伝統だけが残ってしまっている。ちなみに彼女の所属する6組は教室塔最上階の3階に位置しており、人によってはそれはとても嬉しいことであるらしい。めぐみにはその価値観が分からないが、ただ、屋上に近いということだけは嬉しい。彼女にとって屋上は学校一落ち着ける場所であるし、「あの人」を一度だけ見た場所であった。



 それは去年の2学期の終わりの出来事だった。1年生だっためぐみはクラスの連中のレベルの低さに辟易し、一人で過ごすことがおおかった。しかし、彼女がどれだけ孤独を望んでも、彼女の周りには人が溢れた。彼女の美貌に魅了され、少しでも近づき、あわよくば友達以上の関係になろうと目論む男子や、モテるめぐみの周りにいれば、自然と自分も男にありつけるのではないかと打算する女子、めぐみにとってその全てがけがらわしく見え、下等なことに思えた。だから彼女は1年生の教室塔から離れ、自分のことを知らないであろう2年生の教室塔に向かった。その屋上でめぐみは「あの人」を見たのだ。風に吹かれた黒髪を抑えようともせず、ただぼんやりと外を見つめる「あの人」。その姿は悲しみに包まれていた。だが、それはかえって彼女の魅力を引き立てる香辛料の役割を果たした。その姿を見ためぐみの目には突然、涙が浮かんだ。今、思い返してもなぜあの時、めぐみの目から涙が浮かんだのかはめぐみ自身にもわからない。「あの人」はそんなめぐみの気配に気づいたのか、こちらを振り返る。突然後ろで涙を流す娘を見て少し驚いた様子であったが、すぐに彼女はまるで聖女のように慈悲に満ちた微笑みでめぐみに笑いかけ、めぐみのほうに二、三歩近づき、ゆっくりと彼女を抱きしめた。それはまるでこの世のすべての闇を包み込み浄化するようであった。あの日以来、めぐみの中にはいつも「あの人」がいる。



2階から3階に上がる階段の途中にある踊り場まで駆け上がり、彼女はそこで止まり、一つ深呼吸をする。こうすることにより今日の一日をやり過ごす気合いを入れなければ、めぐみはあの教室で一日持つ自信がない。踊り場の窓から外を眺めると、遅刻ギリギリ生徒たちが遠くのほうからこちらに走ってくるのが見える。視線をずらし校門のほうを見ると桜の木の下で体育教師と清掃員が談笑しているのが見える。体育教師が何かを見つけ駆けだす。めぐみはその様子を自然と目で追う。その瞬間、彼女の心臓は激しく脈打ち、体中の血液が逆流していくような感覚を覚えた。間違えない、見間違えるはずがない。私はずっと「あの人」を思い続けていたのだから。体育教師と何か言葉を交わす「あの人」を見て、私はいつかのように涙をながした。

ついつい心情描写をおおくしてしまいがちな今日この頃。

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