桜Ⅱ
ニュースキャスターは近畿地方の至るところで桜が満開を向かえていることを告げる。恩田悟志はカメラが映し出す桜の下を自分がこれからできる彼女と一緒に歩いている様子を想像しながら食パンをかじる。いつもよりほんの少し甘い気がした。隣では姉の曜子が、見様によってはグロテスクにさえみえる量のイチゴジャムをつけた食パンにおいしそうにかじりついているところだ。
今の姉貴を見ているとそんなことは微塵も感じさせないが、彼女はほんの何週間前まで、ことあるごとにため息をつき、何かに悩んでいる様子だった。だが、くさっても唯一の兄弟であるぼくには分かる。今の姉貴は無理をしている、自分を強く保つために虚勢を張っている様子だ。
「ごちそうさまー もう、悟志何ちんたらしてんの。早く食べちゃいなさい、初日から遅刻する気?」
「姉貴は昔から、食うのが早すぎんだよ! 俺のほうが普通なの」
「分かったから、早く食べちゃいなさいよ。わたしは先言ってるからねー」
あいつ、もしかして一緒に登校する気だったのか!? 冗談じゃない!! そんなことすれば、初日からシスコンの異名をほしいままにしてしまう。俺の夢見る憧れの高校生活がパーになってしまうではないか。
「悟志ー 何ぶつぶつ言ってるの。お姉ちゃんもう行っちゃったわよ」
「分かってる。もう行くから」
母親にせかされながら、僕は家を飛び出した。憧れの高校生活に向けて。
さわやかな春の風を体いっぱいに浴びながら、僕は小走りで学校まで徒歩10分の道を行く。学校に近づき、周りにも立館高校の制服がちらほら確認できるようになったころ、ふと見上げると、沿道には満開の桜たちが春風に踊っていた。それはまるで新たに入学してくる生徒たちを祝福してくれているようであった。その優美な姿に目を奪われていると、右隣から聞き覚えのある声が飛び込んでくる。
「よおーっす。今日も元気にしとるか」
「お前のほうは元気そうやな、ヤマ。」
「いやいや、それがそうでもないのよー 聞いてくれる? そうか! 聞いてくれるか!! さっすがー悟志やわー やっぱ持つべきものは友達やな」
お前のそれが元気の基準を満たしてなければ、いったい誰がその基準を満たすというのかと呆れながら僕は答えた。
「いや、まだ聞くなんて一言たりとも言ってないけどな」
「それがさー 今度のリンちゃんのライブ、スタンド席しか取れなくてさー 本間、ファンクラブ会員の意味ないわ」
ヤマは僕のツッコミを華麗にスルーしながら、自分の話を続ける。
「知ってるかお前、会員費毎年5000円もかかるねんぞ! 貧乏高校生の懐は寂しくなるいっぽうや」
「当たり前やろ。リンかリンダか知らんが毎月毎月やれCDや、やれライブDVDや言うてたら金なんてすぐに無くなるに決まってるわ」
「あほか、そうやそうやった。お前にはリンちゃんの良さがわからない、かわいそうな人やったもんなー」
「分かりたくもないわ。そんな金のかかるアイドル」
「ちゃうちゃう これは愛のあるお布施やねん。お前だって神社にお参りしたとき、お賽銭入れるやろ? あれと同じことやねんって」
「もう知らんわ。神社仏閣の人ら全員から怒られてしまえばええねん」
そんな軽口を叩きながら、僕たちは僕らの前に堂々とそびえる、大きな校門をくぐった。
今作はさわやかな感じで行きたいですね。