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  作者: 玉蔓
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 タイミングよく満開の時を迎えた桜は、まるでこれから立館高校に入学してくる人たちを祝福しているようだった。この場所で過ごす3年間で少年少女たちは様々なことを学んでいくのであろう。時に傷つき、悲しみ、怒り様々な経験を積んで大人への階段を上っていくのだ。そのペースは3年間で大人への階段を登りきる人もいれば、2、3段しか登れない人もいる。人によっては全く登れないどころか、階段を下りてしまう人もいる。だが、それでいいのだ。人が歩む道など千差万別、違って当たり前なのだ。昔、どこかの歌の歌詞に「3歩進んで2歩下がる」というのがあった気がするが、まさにその通りだと思う。 清掃員の田口俊哉はそんなことを思いながら、毎年この時期の桜と新入生を眺める。彼はもともと商社で会社員として働いていたが、10年前55歳のときに会社を早期退職し、母校の立館高校で清掃員として働き始めた。 

「おはようございまーす」 

 生徒たちの元気な挨拶が響く。この時期は1年生と上級生たちをはっきりと見分けることができる。これから始まる淡い青春の日々にたいする期待に胸をいっぱいにした1年生たちと、学園生活の現実に辟易しながらも毎日を必死にパスしている上級生たち、挨拶の仕方一つで明確に違う。 

 「はい、おはよう」

 キリストが信者たちに微笑むのと同じくらいに、いや、それ以上に穏やかで優しい表情で田口は生徒たちと挨拶をかわした。 

 おや?

 田口の瞳が一人の少女をとらえる。その少女の顔はやつれていて、昔の奥ゆかしさは微塵も感じられない。真っ白な校門をくぐるその顔は案の定、暗く沈んでいる。

 やはり、まだ立ち直れないでいるか。仕方ない、あれからまだ半年も経っていないのだからな。とりあえず学校に来てくれただけでもよしとせねばな。

 「おはようございます」

 その声は申し訳程度のボリュームで、自らの存在を少しでも小さく見せようとしているようだった。彼女は去年度の3学期は丸々学校に来なかった。世にいう不登校というやつだ。だが、友達や担任の先生の必死の説得によって、なんとか学校に来れるまでに回復した。そして本日、3年生の始業式に数ヶ月ぶりの登校となったわけだ。

 田口の視界が2人の女子生徒をとらえる。彼女たちは少女のほうに駆けより、しきりに何か言葉をかけている。さしずめ「大丈夫?」とか、「みんな心配してたんだよ」とかだろう。だがそんな言葉が到底少女の心の闇を消せるとは思えない。むしろその言葉で彼女はますます落ち込んでしまうことだろう。だが、それでも彼女たちは少女を見捨てるべきではない。誰かとつながっているという感覚が無くなれば、少女はあっという間に、深い奈落に落ちてしまうだろう。

「おや、田口さん。おはようございます」

その声に振り向くと、上下のジャージに身を包んだThe 体育教師といった風体の男が、些かしつこいくらいの満面の笑みでこちらを見つめている。

「おはようございます、井上先生。今日も元気そうですね」

「そりゃ今日は始業式ですからね。我々教師も俄然気合いが入りますよ」

 いつもより気合いが入るとなると今日はさらに生徒たちから煙たがられそうだな。 

 そんなことを心のそこでひっそりと思っていると、井上は校舎のほうに向かっていく先ほどの少女たちを見つけたようで、小走りで駆け寄っていく。 

 あらら、彼女たちも私と同じように朝からあのしつこい笑顔を見せられる被害者か。

 同情しながらも田口は校門前の掃き掃除にもどった。

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