ピローズ・マーチ
もう、きっと。
ておくれにちがいない。
「あっつくね?」
「だーかーら! くっついて寝なきゃいいだけの話だと思うんだけど」
ちいさなオレンジの下。
ひかれた布団は、ひとつ。
横になっているのは、あたしとイトコ。
夏も終わりに近づいているはずなのに、いまだ熱帯夜は続いていて。
それなのにも関わらず、親代わりのイトコはあたしを抱きしめて横になっていた。
思春期真っ只中のあたしと。
20代のイトコ。
が、同じ布団で寝るのはおかしいと主張し続けて早数ヶ月。
けれど、一向に別々に寝ようとしないイトコにいい加減あたしも疲れてきたのは否めない。
「暑いんでしょ?じゃ別々に寝たらいいじゃない」
「まだいうか、この小娘は。お前と俺が寝るのは習慣なの。いつものことなの。暑かろうが寒かろうが関係ねーよ」
なんなんだろう。
この俺様方程式みたいな意見。
へんなところでこのひとは子どもっぽい。
幼い頃から一緒に寝てきたためか。
このひとはあたしと寝ることにこだわりをもっている。
それが、あたしにとってはかなりの大問題。
あたしは、このイトコを意識しているのだ。
このひとはそんな気持ちを知る由もなく。
あたしをイトコとして。
いや、こども扱いしているのは間違いない。
同じ布団、腰に回された手。
ぴったりとくっついたからだ。
窒息しそうなほど意識してしかたないのに、無意識無自覚ときたものだ。
むくわれないこの想いが自分でかわいそうになる。
「はーなーしーて! せめて抱きつかないでよ」
「はい、却下。お、お前シャンプー変えたろ?」
「へ、へへ、ヘンタイみたいだよ、というかオヤジっぽい!」
「うるせーな、色気づきやがって。コノヤロ」
髪に顔をすりよせられて、一気に体温が上昇した。
シャンプーのにおいに気がつくなんて、予想外。
自分はたまに香水のにおいをさせて帰ってくるくせに。
このひとはわかっているのだろうか。
意識してもらえない、あたしのこの焦りを。
はやく、オトナになりたい。
同じ位置で、隣で、真横で、あたしをみて欲しいから。
だから、ひとりで寝ようと決めたのに。
誓いは一向に果たされぬまま、あたしは今夜もこのイトコと同じ布団に入っている。
「はあ……。いったい、だれのためだと思って、」
こっそりもらしたため息とつぶやき。
髪に押し付けられた顔がいい加減くすぐったくて、身をよじった。
ところが。
「んー……」
イトコは、もう寝ていた。
呼吸がおだやかになっているから、おかしいとは思っていたけれど。
昔から、このひとは非常に寝つきがいい。
最近は暴れるあたしを静めるために長く起きていたみたいだけれど、今日はもう耐え切れなかったようだ。
「疲れさせてたのかな……、」
首だけを必死にイトコのほうに傾けて、その顔をのぞいた。
まるでこどもみたいな、幼い寝顔。
もう意識はないはずなのに。
がっちりとあたしを抱きしめたまま寝られてしまったこの状況。
なんて、ザンコクなんだろう。
突き放してくれれば、あきらめがつくかもしれない。
これじゃまるで抱き枕だけど。
でもこの手があたしを求めているかぎり、放せない。
いっしょに寝たくない。
でもほんとうは、このままでいたい。
矛盾して、頭のなかをかけめぐって。
首筋をくすぐる寝息。
「ばか」
こんなに近くにいるのに。
胸が痛い。
ぜんぶ、あたしのものになればいいのに。
寝顔もにおいも手も髪も。
なにもかも、ぜんぶ。ぜんぶ。
「ん、んん……」
またさらに力を入れて抱きしめられた。
密着度が増して、鼓動が騒ぎ出す。
髪にうずもれるように顔を押し付けて眠って、苦しくないのだろうか。
というか、あたしが苦しい。
「ちょ、ちっそくす、っ」
「……き」
腰に巻きついたうでを緩めようとした、その瞬間。
耳元でかすめた、耳慣れた声。
――――みつき。
なんで。
なんで、このタイミングで。
あたしのなまえを、呼ぶの。
ほんとはもう、あきらめてしまおうかと思ってた。
見込みのない恋は、先が見えなくて、あまりにも辛い。
けれど。
もうきっと、ておくれにちがいない。
「あたしの夢、みてるの?」
きつく締め付けられた腕のなか。
なんとか反転してイトコと向かい合った。
問いかけに返事はなかったけれど、それでも。
こんなにもうれしい。
きつく抱きしめられたからだを、抱きしめ返した。
今日はいい夢が見られそうな気がする。
「おやすみなさい」
どんな夢をみていたのか、あたしにはわからないけれど。
寝顔が笑っているような気がしたから、きっといい夢にちがいない。
あたしも負けじとこのイトコの夢をみてやろうと意気込んで、静かに目を閉じた。